※ 長いです。
今となっては昔のこと。兵衛佐である平定文という男がいました。あだ名を
平中(へいちゅう)といいました。家柄もよく、男前で服装もきらびやか、
立ち居ふるまいも優雅な感じで、話も面白かったので、この当時、
平中にかなう男はだれもいないとまで言われていました。こんな男なので、
人妻や娘、まして宮仕えをしている女たちは、この平中に心を寄せない
ものはいませんでした。
その当時、本院の大臣、藤原時平という人がおられました。その家に侍従の君
という若い女房がいました。顔かたちはたいへんすばらしく、才気煥発な方でした。
平中は、その本院の大臣の館にいつも出入りしていたので、この侍従の
すばらしい様子を噂で聞きおよび、つねに会いたいと手紙を送っていました。
しかし侍従は、平中の手紙に返事も書きません。平中はため息をつき、しかしまた
恋文を出します。「ただ手紙を見たのというだけでも、お返事をください」と、
泣くばかりに書き送りましたが、その使いが今回は返事を持って帰って
きましたので、平中はうれしさのあまり、物にぶつかりながら転がり出て、
その返事を引ったくるように見ますと、自分の手紙の「見た」の2文字だけを
破って、薄い鳥の子紙にはりつけてよこしたのでした。平中はこれを見て、
ますますつらくなり、彼女への思いをつのらせるのでした。
これは2月の末のこと。平中は「もういい。これで止めにしよう。これ以上悩んでも
どうしょうもない」と悟って、その後は手紙も出さずに過ごしていたのですが、
5月の二十日ばかりになって、梅雨の降り続く闇の夜、平中は「今夜のような日に
忍んで会いに行ったなら、想う心がどれほど強いものかを感じて、
彼女はなびいてくれるかもしれない」と計算高く考えまして、夜もふけて、
雨音も止まずに降り続く中、先も見えない闇の中を、内裏から
無理やり本院まで出掛けていきました。
本院に着くと、局(つぼね)に、以前から取り次いでくれていた女の童子を呼んで、
「想いあまってこのようにやってきました」と伝えさせた。するとその女の童子が
帰ってきて、「ただ今は、殿様のお前におりまして、他の人々もまだ
ご寝所に下がられておりませんので、お逢いすることはできません。
もうしばらくお待ちください。皆さんが寝静まったら忍んでまいりましょう」
と言ったと答えました。これを聞いて、平中は胸を高鳴らせ「ああ、うまくいった。
こんな夜にわざわざ出て来た男を憎く思うはずがない。よくぞ出て来たものだ」
と思い、暗い戸の蔭に隠れて待つ間、何年も経ったような気がしました。

2時間ばかり過ぎて、人々がみな寝る音がして、座敷から人がやってきて、
引き戸の掛け金をそっとはずしました。平中はうれしさに遣り戸を引きあけると、
簡単に開きます。夢心地で、これはどうしたことかと思いながらも、
うれしさに身の震える思いでした。けれどここは冷静にと、頭を冷やしながら
そっと室内に入ってみると、薫いた香のかおりが部屋に満ちていました。
平中は部屋の中に進み、寝床と思われるところを手探りしてみますと、
女はなよやかな一重の着物を被って寝ていました。頭や肩のようすを
手探りすると、頭は華奢な感じで、髪は氷のようにひんやりと手に触れます。
平中は、うれしさに有頂天になって、思わず手も震え、何かを
言い出すこともできませんでした。

そこで女が言うに、「たいへんなことを思いだしました。部屋の障子戸の
掛け金をかけないできてしまいました。今行って掛けてまいります」と。平中は
「そうか」と思い、「じゃあ早く帰ってきてくださいね」と言うと、女は起きて
上に着ていた衣を脱ぎ置いて下着の単衣と袴だけの姿で出て行きます。
その後、平中は衣を脱いで準備万端で待ち伏していましたが、障子戸の掛け金を
掛ける音は聞こえ、もう戻ってくるだろうと気持ちははやるのに、足音は奥のほう
に去っていくように聞こえ、こちらに来る音はとんとしません。怪しく思って
起き出し、例の障子戸のそばに行って確かめてみると、掛け金はちゃんとあります。
それを引いてみると、向こう側から掛けて奥へ行ってしまったのでした。

平中は、言いようもなく悔しく、地団駄踏んで泣けてくるのでした。ぼうぜんと
その障子戸のそばに立ち尽くしていると、流れる涙は、降り続く雨にも負けない
くらいでした。「こんなに部屋にまで入れて自分をだますとは、何と憎らしいことだ。
こんなこととわかっていれば、いっしょについていって掛け金を
掛ければよかった。自分の心を試そうとして、こんなことをしたにちがいない。
どんなばかなやつと思われているだろう」と思うと、
会えなかった場合よりもさらに、憎らしく悔しい気持ちになりました。
そこで「夜が明けても、この局に寝ていてやろう。自分が通ってきたことが
知れるのもいいだろう」と思ってもみましたが、夜明けが近くなると、
人々の起き出す音がしてきたので、冷静になって「この姿を見つかってしまう
のもいかがなものか」と考えなおし、夜の明ける前に急いで抜け出したのでした。

さて、その後、「どうにかして、あの人の悪い噂を聞いて、興ざめになって
みたいものだ」と思うものの、そんな噂はまったくなく、平中はこの女への想いで
身を焦がす日々が続きました。そこで思うには「あの人がこんなに美しく
すばらしい女性であったとしても、毎日便器にするうんこは、自分らと
同じものだろう。これを目の前に見れば、興ざめになるだろう」と思いついて、
便器の箱を仕える女の子が始末しに行くところを奪い取って見てやろうと
計画しました。そこで、そんな気配を見せずに、例の局のそばにやってきて
様子をうかがっていると、歳のころ17,8ばかりの、様子は
なかなか美しく、髪は腰に少し足りないほどの長さ、涼しげな重ねの薄物の
を着て、濃い紅の袴を無造作に引き上げて、丁子(ちょうじ)で
染めた薄紅色の薄物の布で
便器の箱を包んで、赤い色紙に絵を描いた扇をかざして顔を隠して局から
出て行くのを見つけました。「よし」と、ほくそ笑んで、見え隠れに後をつけて、
人の目につかない所で走り寄って例の箱を奪い取りました。この女は
泣いて抵抗しましたが、無情に奪い取って走り去り、人のいない建物の中に
入り内側から掛け金をかけてしまったので、例の女の子はその外に
立ちつくして泣いていました。

平中はこの箱をじっくり見ると、金漆を塗った立派なものです。この箱を見ると、
開けることもひどく気の毒に思えて、中に入ったものはいざ知らず、まずその包みと
箱の有り様が、他のものとはあまりに違ってすばらしいので、それを開いて中を
見て嫌になるのも心惜しくなり、しばらくの間開けずに、感心して見ていましたが、
こんなこともしていられないと、われに帰って、恐る恐るその箱の蓋を開けますと、
丁子の香りがかぐわしく漂ってきます。予想を裏切られ怪しんで中を覗いてみると、
薄黄色の液体が半分ばかり入っている。また親指ほどの大きさの黒っぽい黄色の
物体の、7、8cmばかりの長さのものが3切ればかり丸まってゆれています。
「きっとうんこだろう」と思って見ていると、漂ってくる香りが何ともいえず
芳しいので、そばに木切れがあるのを取って、それに突き刺し鼻にあてて
匂いをかぐと、この上なくかぐわしい黒方という名前のお香の匂いでした。
すべて予想もつかないことで、「これはただの人間でなかったのか」と思い、
これを見てからというもの、ますますこの人を手にいれたいと、心も狂うように
なってしまいました。その箱を手元に寄せて、その液体をすすってみると、
丁子の香りが心に染み込むようだ。またその木切れで刺したものの先を
少し舌でなめてみると、口に苦くまた甘い。芳しいことは例えようもありません。
平中はよく頭のまわる者でしたので、考えてみると、「尿に見えたのは
丁子を煮て、その汁を入れたものだ。また、うんこのほうは、山芋に練り香と
甘葛(あまずら)に練り合わせて、大きな筆の軸に入れ、それから出してきたものに
ちがいない。これくらいのことは誰でも思いつき実行もするだろう。
しかしどうして、自分がこれを奪い取って見るだろう、ということを予測できた
のだろう。あきれるほど、何もかもたいした気のまわり方だ。とても人間わざとは
思えない。何とかしてこの女と会いたいものだ」と、思い続けるうちに、
平中は病の床に着いて、そのまま もだえながら死んでしまいました。なんと
つまらないことでしょう。男も女も何と罪深いのでしょうか。そういうことで、
女にやたらに心を寄せるものではないと、世間の人々は噂しあったということです。
(現代語訳 bigbossman)
この話は、原文がひじょうに回りくどい書き方をしてあって、訳すのは一苦労
でした。主人公の「平中」は、平安時代中期の歌人、平貞文(たいらのさだふみ)
を指していると言われます。
ちなみに話の中に出てくる、藤原時平という人物は、菅原道真を左遷した
張本人であり、最終的には、その怨霊の祟りで39歳で
死んだということになっています。実際はよくわかりません。
藤原時平




