今回はこういうお題でいきます。みなさんがオカルト漫画やホラー映画を
見れば、地縛霊、浮遊霊、霊団、などなどさうまざまな心霊用語が
出てきますよね。では、これらはいつ生まれたものかというと、多くが
昭和の時代なんです。解説していきますが、自分が間違えているかもしれません。
守護霊・・・これがおそらく一番古い。明治の終わり頃でしょうか。
明治から昭和初期にかけて活躍した霊能力者であり、宗教家であった
出口王仁三郎に協力した心霊研究家、浅野和三郎が、
西洋にあった概念「ガーディアン・エンジェル」を翻訳したという説が
最も有力ですね。自分を守り、導いてくれる霊的存在。
ただ、この語はあまり使われてはいなかったんですが、昭和の時代、漫画家の
つのだじろうが1973年に連載開始した作品『うしろの百太郎』において、
百太郎を守護霊として位置づけたことで広まったと考えられます。つのだ氏は
数々の霊能者と交流があり、この他にも多数の心霊用語を産み出しています。
中岡俊哉

地縛霊(自縛霊とも書きます)・・・これははっきり由来がわかっており、
この語をつくりだしたのは、心霊写真研究家の中岡俊哉ですね。彼は、
『恐怖の心霊写真集』などの他、数多くのオカルト本を書いており、その中で
提示したのが地縛霊の概念です。
よく、自殺者は自分が死んだ歳の様子をくり返し演じてしまうなどと言われますが、
こういうのが地縛霊化の原因の一つと言われます。この他にも、強いこだわりが
ある場所に縛られたようになっている霊のことをさします。
浮遊霊・・・これもじつは中岡俊哉発の用語なんですね。居場所を定めず、
ふらふらとさまよい、誰にでも憑いてしまう霊のことをこのように呼ぶことが
多いようです。ただし、地縛霊との違いははっきりとはわかっていません。

次が水子霊・・・もともと、死亡した胎児だけでなく乳児期、幼児期に死亡した
子どもの霊を含む概念だったんですが、1970年に京都化野念仏寺に
水子地蔵が建立されると、水子供養の習慣が広まっていきました。
占い師などが水子の祟りを語って水子供養を売り物にしていきましたが、
その背景には、檀家制度が破綻し経営が苦しくなった多くの寺院が経済的利益の
ために大手墓石業者とタイアップし水子供養を大々的に宣伝し始めたことが
大きく影響していると言われます。
江戸時代においては、口減らしのための子どもの間引きや、遊女の堕胎は日常的に
行われており、水子の霊という概念はほぼなかったと考えられます。
こういった、商売のためにできた用語も多いんです。
水子供養

霊団・・・ある一定の目的を持った霊の集団。神典研究家で画家でもあった
岡本天明が「国常立尊」(国之常立神)という高級神霊からの神示を、
自動書記によって記述し、『日月神示』(ひつきしんじ)という書にまとめました。
昭和19年から27年に一連の神示が降りたとされます。この本の中に霊団が
登場するんですが。これが最初なのかどうかは、調べてもよくわかりませんでした。
読者のみなさんで、初出をご存知の方がいればご一報ください。
霊道・・・霊が通る道筋。これもいまいちよくわかりませんでした。おそらく
ですが、『本当にあった怖い話』などの心霊関係の漫画から出てきたのでは
ないかと考えています。この霊道に部屋などがあると心霊現象が多発します。

残留思念・・・ヨーロッパで18世紀後半から19世紀にかけて流行した、
心霊主義のときにできた言葉だと思います。それが日本語に訳された。
死ぬ間際に抱いた強い思いがこの世に残ったものと解釈されます。
ちなみに、心霊写真も明治期にできた用語ですね。
このように、心霊用語の多くは昭和の時代にできたものなんです。そして一つの
用語ができると、漫画家や心霊研究家など、いろいろな人が使うようになって
その概念が定着していくんです。ということで、今回はこのへんで。
日本最古とされる明治の心霊写真


