bigbossmanです。じつは自分は競輪を趣味にしていまして、たまに
競輪場に行くんですが、その帰りに一人で居酒屋に寄ったんです。
そこの隣の席に40年配の自由業のような髪型の人がいまして、
ふとしたことがきっかけで話をしたんですが、その人、若い頃、
大学を卒業しても就職はせず、バックパッカーのような形で
インドから東南アジアを2年ほど放浪したということでした。
自分は興味を惹かれまして、いろいろ質問をしたんですが、そのときに
聞かせてもらった話です。「なるほどねえ、いろいろ体験
なさってきたんですね。ところで、自分はブログで怖い話を
書いてるんですが、その旅の途中で何か怖いことってありましたか?」
「うん?  怖いというのは幽霊とかのことか?」  「まあそうです」

「うーん、ないなあ。インドなんかはあまり幽霊ってのは信じられて
ないんだよ。日本とは違って、輪廻の思想が広まっているから、死んだら
すぐに転生する。あまり幽霊としてふらふらさまよってるとは考えない
みたいだな」  「ははあ、やはりそうですか」  「うん、それに、
あの国はほんとうに人の命の価値が安いんだよ。ほら、ついに人口で
世界一になっただろ。たくさん人が死ぬ国だが、その分生まれる数も多い」
「なるほど」  「だから幽霊とかの怖い話はないよ。人が怖いって話なら
なくもないけどな。あと、そうだなあ、不思議な体験ならある」
「ははあ、不思議な体験ですか」  「そうだ」  「どんなことです?」
「うーん、インドの行者に関することだな。苦行をしている」
「うわあ、面白そうですね。ぜひお聞かせください。一杯奢りますよ」

「まあいいけどな。でも、信じられないような話だぞ」  「いいですよ」
「俺はそのとき、ムンバイって街にいたんだ。わかるかな」
「場所はわかりますが、行ったことはないです」  「そうか、で、そこの
バスの中でバッグを盗まれたんだよ。気がついたときには青くなった」
「うわ、で、どうしました?」  「幸い、携帯と財布は身につけてたんだ。
だからそれは盗られちゃいないが、悪いことにバッグにはパスポートが
入ってた」  「で?」  「俺はいつも、どっかの国に行く場合は、
日本大使館の電話番号を携帯に入れてるんだよ」  「用意周到ですね」
「まあな。だけど、日本大使館はニューデリーにあって、ムンバイとは
離れている。まあでも、とりあえず電話をかけて、事務の人に事情を説明した」
「それで?」  「そしたら、その人が言うには、ムンバイには日本領事館の

支所があるということだったんだ。話を通しておくからまずはそこに行けと
言われた」  「で?」  「しかたなく、タクシーを拾おうと思ったが、
見つからない。そこで大きな通りに出ようと思って、公園のような場所を
横切ったんだ。そしたら・・・」  「そしたら?」  「そしたら、そこの
大きな木の下に行者のようなじいさんが座ってたんだ。齢はよくわからなかった。
痩せて皺だらけで、色が黒くて、ボロボロの衣のようなものを着ていた」
「で?」  「俺がその前をとぼとぼと通りかかったら、若いの、どうした?
と声をかけられた。それが、アクセントは変だったんだが、日本語だったんだよ。
俺は奇異に感じて思わず立ち止まり、日本語わかるのか? と聞いたんだよ。
そしたら、そのじいさんは少し笑って、戦争中は北インドにいて、そこで
旧日本軍の雑役をやってて、簡単な日本語を習ったと言う」  「で?」

「じいさんは俺に、何か困ってる様子だが? と聞き、俺は話をしても
このじいさんに何かができるわけではないと思いながらも、パスポートを
置き引きされた話をしたんだよ。そしたらじいさんは、悪いやつがいるな、
と言い、日本語を話したのは久しぶりだ。懐かしい。バッグは自分が
取り戻してやろうか、と言ったんだよ」  「ははあ」  「でもよ、
それは無理だろうと思った。だが、じいさんはそれほど時間はかからん、
と言い、俺をそこの木の下に呼んで、両方のまぶたの上と触れ、
それから額の真ん中にもさわって、ピーッと鋭い指笛を吹いたんだ。
そして、少し待てと言う。で、そのままそこにいたんだが、なんだか
馬鹿らしくなってきた。それで、やっぱりじいさんと別れて領事館へ
向かおうと思い、そう言いかけたときに・・・」  「何があったんです?」

「その木の上空、高い空の雲間からでかい鳥が飛んできたんだよ。
あれは何だろう? 鷲の大きいものに見えたな。で、その鳥はクチバシに
バッグを咥えていて、俺の足元にぽとりと落とした。それ俺のバッグ
だったんだよ。じいさんが目でバックのほうを示したので、俺は
拾い上げて中を確かめた。そしたら、中にはちゃんとパスポートが
入ってたんだ」  「不思議な話ですね」  「だろう。俺がじいさんに
礼を言うと、じいさんは  いやいやと手を振り、そして、おおかたバッグを
盗ったのは子どもだろう、と言ったんだ。バッグだけが戻ってきたのは
それほど心が悪に染まってないからだとも」  「どういうことです?」
「俺も意味がわからなくてじいさんに聞いた。そしたら、もしも根っからの
悪人が盗ったのなら、あの鳥はそいつの腕ごとバッグを落としてったろう、
と言ったんだよ。信じられないだろうけど、本当にあったことだ」