今回はこういうお題でいきます。純オカルトの話ですね。まず、概略を

説明すると「古代のインド(モヘンジョダロの頃、紀元前2500年
から紀元前1800年)で、核戦争があったのではないか」とする説です。

まず、これが本当だとしたら。2つのことが考えられます。一つは人類
自身が古代において核兵器を開発していた、モヘンジョダロ以前から
存在している文明があった、という解釈です。これは
超古代文明説・文明ループ説に近いものですね。

もう一つは、宇宙文明の関与によって、古代インドに核兵器などの
超技術が授けられたという解釈で、古代宇宙飛行士説の一環
ということになります。

 



さて、この説がいつ出てきたかというと、1380年代の初頭ですね。
D・W・ダヴェンポートという人物がその著書で主張を始めたんです。
ちなみに、ダヴェンポートは考古学などの何らかの専門家という

わけではありません。作家的な立ち位置の人です。

その根拠は主に2つ。一つはモヘンジョダロを実際に訪問しての発見
からです。ダヴェンポートは、発掘対象からはずれていて、現地民が

「ガラスになった町」と呼んで近付かない場所を訪れたと報告しています。

彼によれば、そこは、黒いガラス質の石が、周囲約800m四方をおおい
つくしているという場所で、これらの石片は、高熱で溶けた砂が再固化した
ものと判明しており、その正体はテクタイトであるとされます。
(ダヴェンポートは核爆発由来で生じたものとしてトリニタイトと呼ぶ)

 



この付近では、ほかにも溶けてくっついたレンガや、ねじ曲がったり
気泡が混じるなどしてガラス化した壺の破片等の遺物も見つかっている
と述べています。まあ、一般的には

大規模な火災や火山噴火等の諸条件が偶然重なって起きるまれな現象

なんですが、ただ、モヘンジョダロ遺跡のあるインダス川流域において、

それほどの大規模の火山活動の痕跡は確認されていません。

ただし、ダベンポートの主張も怪しさ満点で、インダス文明の本格的な
研究者は、このガラスになった町について「モヘンジョダロは何度も

訪れたが、見たことも現地で話を聞いたこともない」とコメントしています。

 

ダベンポートの著作



さらに、ダヴェンポートの発表当時とは違い、現代ではGoogle Earthで
モヘンジョダロ周辺の衛星写真を簡単に閲覧できますが、約800m

四方もの広さのある(とされる)「ガラスになった町」らしきものは、
まったく確認できていないんです。

「ガラスになった町」が実在しないのであれば、そこから発見された
という遺物の信憑性も失われることになります。ダヴェンポート自身が、
「その町の場所は明かすことができない」と述べており、
これは怪しさ爆発、疑われてもしかたがないですよね。

 

連発式の弓矢として説明がつきそうです



ダベンポートの2つ目の主張は、古代インドの文献に、核戦争らしい

記述が見られるというものです。たしかに、紀元前10世紀ごろに

起きた大戦争を語り伝えた「バラタ族の戦争を物語る大叙事詩」、

『マハーバーラタ』をはじめ、古代インドの叙事詩『ラーマーヤナ』、
『リグ・ヴェーダ』には、この大気圏内核爆発を想像させる
ような記述が描かれています。

例えば、・ アシュヴァッターマンの怒り  戦車の上で神器アグネーヤを
発射し、無数の矢が空を覆い、炎に包まれた。この描写は、

現代の核爆発の効果に似ているとされています。 

 



・ ブラフマーストラ 破壊神ブラフマーの力を持つとされるこの武器は、
巨大なエネルギーを放ち、周囲を焼き尽くす様子が描かれていて、
これも核兵器の使用を思わせる記述です。 

ただ、物証がない以上、それは古代人の想像である、と反論されても
しかたがないわけで、水掛け論になってしまうんですね。まさに、
「信じるか信じないかはあなたしだい」、ということなんです。
では、今回はこのへんで。

 

古代インドの乗り物?