ああ、これは大学のオカルトサークルで心霊スポット探索に
行ったときの話なんだよ。実名にしたくないから、そのときの
メンバーの名前は出さないよ。俺の名前も出さないし、記号で書くことにする。
これには理由があるんだよ。でな、そのオカルトサークルはそんとき
4人しかいなかったんだ。ちょうど3月の話だったんで、4年は卒業、
3年は就職活動のために引退、2年が2人と1年が2人しか
いなかったんだ。でな、そのサークル。サークル室は与えられてたが、
人が少なくなったんで、その部屋を取り上げられるかもしれなかったんだ。
新しいサークルは次々とできるしな。それで、ここではなばなしい
活動をして、新1年にアピールする必要があった。それで動画投稿サイトに
何かを投稿しようということになった。何をやるか決めるために、
サークル室に全員が集まったんだよ。話はすぐに決まった。心霊スポット
探索だ。これなら、嘘か本当かわからない話を語るよりもアピールが
大きいだろうと思ったんだ。で、どこに行くか? あまり有名なところでは
ないほうがいいと考えた。それと、電車を使わなければいけないところは
無理だ。そんな金も暇もなかった。みんなバイトがあるから。
関東近県から探そうということになった。でも、そんな無名のスポット
なんて知らないだろ。しかも怖い動画が撮れるようなところ。それで
ネットのブログをあたったんだよ。ほら、個人のブログで、「心霊
スポット20選」なんてのを載せてあるところがあるだろ。みなで
パソコンを使って見てたら、ちょうどいいサイトがあったんだ。
「関東周辺の最強心霊スポット」というブログ。それにおどろおどろしい
写真や絵を使ってなくて見やすい感じだった。ただ、そのサイト、3年ほど
前から更新が止まっていた。そしてそこのトップに出てたのが、山梨県の
別荘地にあるある廃墟だった。そこの別荘地は、多くはバブルの頃に建てられた
ものだが、日本が貧しくなって、維持費もままならなくなり、ほとんどが
放棄されているということだった。ただし、そのサイトによると、
心霊スポットになっているのは別荘ではなく、その近くにある地元の
民家ということだった。内部の写真も載っていて、昭和の時代から
時間が止まったような感じだった。「お、ここ雰囲気があるな」
「うん、いいいんじゃないか。ネットや雑誌でも見たことがないところだ」
「でもよ、これだと所有者に許可が取れないんじゃないか」 「うーん、
今はそういうの厳しいからなあ。でも、この荒れようだと管理してるやつは
いないんじゃないか?」 「それっぽいな。もしも動画を見たやつが
苦情を言ってきても、許可はもらいましたと言えばわからないんじゃないか」
「そうだな。そうしよう。もしとがめられても、何か持ち出すわけじゃないし、
謝れば済むんじゃないか」ということで、相談はその廃墟に決まった。
ただ、サイトの説明の最後にちょっと気になることが書かれてあった。
「この廃墟、絶対に4人では行かないでください」と。でな、俺たちメンバーも
4人だろ。少し気になったが、他のやつはたいして気に留めちゃいないようだった。
そのときのメンバー4人をA、B、C、Dとしておく。ああ、Aが俺という
わけじゃない。廃墟に向かったのは3月末の土曜日、まあもちろん宿泊する
予定はなかったが、いちおう日曜日もバイトは空けておいた。車で2時間、
レンタカーを借りて運転したのはBだ。もうすっかり雪は消えて、空は青く
太陽は明るかった、しかし気温はまだ低い。そのサイトに出てた地図を
頼りに廃墟まで行った。やはり別荘地の手前にある民家だった。ただ、
他の家とはだいぶ離れた林の中。そこまで古い家ではなく、玄関のガラスなどは
割れていたが、形が崩れていいるということもない。懐中電灯をつけ、
ビデオカメラをCが持って入った。時間は午後の6時すぎで、もうだいぶ
暗くなっていたな。玄関は開いていた。やはり近くで管理している人は
いないんだろう。中の様子はあのサイトで見たとおり、昭和の時代で時間が
止まったような感じでだった。家の中の畳は黄色く、ザシザシと埃が
溜まっていたが、俺たちは土足で入ったので関係はない。居間の壁には
日めくりカレンダーがあったが、その日付は1986年、12月16日で
とまっていた。ちょうど40年前だ。探索の結果、一階は4部屋とバス・トイレ、
2階は2部屋で子供部屋の雰囲気だった。あと、電気も水道ももちろん
止まっていた。それと、特筆すべきは、落書きが一個もなかったことだ。
やはり人に知られていない廃墟なんだろうと思った。缶スプレーを
持ってきたCが、「なんだ、何も描いてないな。俺だけやるのは
ちょっと気が引ける」と言いながら、壁にシューッと赤いスプレーを
吹きかけたが、文字は描かずそれだけでやめた。それでも、壁は真っ赤に
なって、懐中電灯で照らすと不気味だった。ああ、それから言い忘れてたが、
ビデオ係はDだった。写真を撮ったのもD。1年生だ。でな、特別に
おかしなことは起きなかった。出るときをのぞいて。そのことは後で話す。
この探索の最中、まだ1階にいるときに、Aが「トイレに行きてえ」と言った。
「なんだ、大か?」そう聞くと「いや、小便だ」 「それならここの
トイレでしろよ。小便器もあるぜ」 「そうだな。外はもう真っ暗だし」
そう言いながらAがシャーッとやった。少しアンモニア臭がしたが、
それだけだった。あとは・・・考えられるのは、奥の突き当りの和室に
大きな仏壇があったことだ。扉は開いていて、位牌や遺影があるのが見えた。
「その遺影を撮れよ」 「気味悪いなあ」と言いながらDが撮っていたな。
で、このとき、ふざけてBのやつが仏壇にあった鉦をチーンと鳴らした。
空気がよどんでいるせいか、その余韻はかなり長く響いたな。
入ってから40分くらいだろうか。ビデオは撮れたし、けっこう不気味な
ものになっていた。あとは東京に戻って編集作業。そう考えて、入ってきた
玄関から出ようとした。8時ころだが、もう外は真っ暗闇。玄関のコンクリに
降りたとき、玄関の電話台からメモ用紙のような紙が、風もないのに
ふわっと飛んで俺たちの前に落ちた。「ん、何だ?」そう思って懐中電灯で
照らしてみると、紙はメモ用紙だが、まだ新しく黄ばんだ様子もない。
そこに太い黒々としたペン字で、「あなたたちの一人はこの家の掟を
破りました。すぐに命を取ります」こう書かれてたんだよ。「なんだコレ?」
「俺たちのことか?」 「だって誰も人なんていなかったぜ。お前たちも
見ただろう」 「ずっと前からこのメモがあったってことか」 「いや。
それにしては新しい感じがする。玄関から誰かが入ってきて書いたんだろうか」
「わからんな。気味が悪い。用も済んだしもう出ようぜ」ということで、
俺たち4人は逃げるようにして前に停めてあった車に戻り、夜の高速を東京に
向かったんだよ。・・・ここからは何があったかぼかして書かせてもらう。
あまりに恐ろしいことで、思い出したくないんだ。静岡のサービスエリアを
過ぎたときに車内ですごくおぞましいことがあったんだよ。そして1人が
死んだ。このとき、もちろん俺はあの家で最後に見たメモのことを思い出した。
この夜は大変だった。レンタカーの車内は血まみれになるし、警察には
聴取を受けるし。残った3人はなんとか東京に着いたが、相談の結果、
そのビデオを投稿するのはやめることにした。編集もしなかった。
もう関わり合いになりたくないと思ったんだ。オカルトサークルは
新入生を勧誘することもなく解散した。それいいと思った、もうこりごりだ。
世の中にあんなひどいことがあるとは思わなかった。
・・・これが顛末なんだが、これを読んでいるみなさん。
亡くなったのはA、B、C、Dの誰だかわかりますか。もちろん俺ではない。
これ、ぜひ当ててほしい。みなさんの生命にもかかわることだから。
