これは、俺が中学2年のときの話なんだ。いまだに何が起きたのか
わけがわからねえ。あ、俺は友田といって、仕事は配送業だよ。
大手の運輸会社から下請けで仕事をもらっている。で、今から話すのは
中学校の夏合宿のときのことだよ。剣道部だったんだ。中総体が
終わって、新しいメンバーになった夏休み中、8月のお盆過ぎのことだ。
4泊5日で合宿した。行った先はお寺、顧問の先生は学生のうちは
ずっと剣道部で、高校の時の剣道部の仲間が住職になっているお寺という
ことだった。この計画を聞いたときは、お寺で合宿ったって、まさか
本堂で稽古をするわけじゃないだろうと思った。先生に聞いたら、
そのお寺は、すぐ近くに剣道の道場があって、住職が地域の子どもを集めて
教えてるってことだった。体育館の三分の一ほどの広さがあって、
稽古をするには十分ということらしい。ほら、うちの部は3年が引退して
人数が少なくなってたからな。そのときはたしか、2年が4人、1年が5人の
計9人だったはず。それと顧問を入れて10人。あと、心配したのは
お寺だと食事で肉が出ないのかもということだったが、そこは禅宗ではなく
浄土宗で、トンカツでも焼き肉でも問題ないということだった。
でな、出かけてみたら、かなり広い寺で、隣には道場、それに保育園まで
付属していた。保育園は住職の奥さんが経営しているらしい。で、それが
起きたのは合宿の3日目の夜だった。お寺の住職も防具をつけて稽古を
つけてもらったが、この人は強くて、俺たちは毎日へとへとだった。
で、大広間で夕食を食べて、その後に住職の講話を聞いていたんだ。
その日は、ある高段者の話で、その人が全日本選手権に出て、
自分よりも格上の選手と対戦した。これは勝てないだろうと本人も
考えていた。案の定、一本を先取され、しかもじりじりと追い詰められて・・・
そのとき、突如左肩の上のあたりから「コテ」という声が聞こえたと
いうんだ。で、そのとおりに打ったら見事に一本になった。さらに
2本目も声の指示にしたがって取ることができた・・・こういう話だったんだよ。
どういうつもりで住職がこの話をしたのかは聞きそびれた。そのときに
部屋の箪笥の上からサイレンが聞こえたんだよ。「ウー、ウー、ウー」
「大変だ!」そう言って住職が立ち上がった。「まさかこんなときに。
もう4年以上起きてなかったのに」どうやらサイレンはスピーカーからで、
その地域の有線放送だったようだ。スピーカーからは男の声で、
「こちらは〇〇地区有線放送、ざんくしの山に青い光が立ちました。
みなさん、すぐにシェルターに入ってください。くり返します・・・」
という内容、何が起きたのかはまったくわからない。青い光?
しかし、住職の様子からただごととは思えなかった「さあ、みなさん、
こちらにいらしてください」住職の言葉にしたがい、俺たちは靴をはいて
外に出、寺の横を通って裏に回った、そしたら、そこにコンクリ造りの
四角い建物があっただよ。「これがシェルターです。さあ入って」
住職は暗証キーを押して、そしたら正面の鉄の扉が開いたが、その厚さは
20cm近くあった。顧問の先生もわけがわからない様子だった。
中に進むと、明かりはついていて、住職の家族がいた、奥さんと2人の子ども。
つまり全部で14人がシェルターに入ったんだが、さすがにせまく、
座ったりするのは難しそうだった。顧問が住職に「これどういうこと?」
と聞いたが、住職は「すみません。わけは言えないんです。この地域の昔からの
決まりごとで」 「青い光って?」 「それも詳しくは言えないんですが、
チェレンコフ光というものだそうです」シェルターの中の壁は、鈍い色の
金属で顧問がさわってみて「これは鉛だなあ。放射能関係の事故でも起きたのか?
でも、ここらには原発などないはずだよな」 「ともかく、太陽が昇れば
大丈夫なはずです。今が10時か・・・日の出は5時ころだから、あと
7時間ほどか。せまいですが、眠らないほうがいい。何が起きるか
わからないですから。あいつらはこの仲間では入ってこれません」と住職。
分厚いコンクリの壁の中だから、外の音はまったく聞こえない。シェルターの
隅には水のペットボトルや食料。防災用品などが積み上げられていた。
あと、エアコンなどはなく、夏場なので中はかなり蒸し暑かった。
そして奥の壁の高いところにはスピーカー。これも有線のものだという
ことだった。スピーカーが鳴った。「こちらは〇〇地区有線放送、
山のものは西浦地区に入ったようです。でも、全員避難ずみで無人と思われます。
朝まで絶対にシェルターから出ないでください、日の出まであと6時間ほどです」
俺たちは全員、コンクリの壁にもたれて待つしかなかった。住職の下の子は
5歳くらいだろうか。隅で体育すわりをし、こっくりこっくりとし始めた。
有線の放送は30分おきくらいに入り、「山のものは〇〇地区に
向かったようです。あと〇〇時間です」という放送を定期的にくり返した。
で、2時頃だろうか。扉が振動したんだよ、かすかにドンガ、ドンガと
蹴りつけるような音も聞こえてくる。あの厚い扉越しだから、かなりの
強さで叩いているのだと思った。その音が聞こえてくるたびに
住職の家族はビクリと身をふるわせ、俺たちも壁から離れて緊張していた。
しかし、20分ほどでその音は聞こえなくなった。こんな感じで、
永遠とも思える時間が過ぎ、やがてスピーカーから「ああ、今、
日が昇ります。念のため、あと30分はシエルターの中にいてください」
そして30分後、住職が施錠を解除し、俺たちは外へと出た。扉の前は
砂利の道だったが、何か重いものを引きずったかのように数cmくぼんでいた。
住職がシェルターから機械のようなものを持ってきて砂利に向けて、かざした。
顧問が「それは何です?」と聞くと「ガイガーカウンター」という答え。
かなり明るくなっていて、時間は5時半すぎ。全員が寺のほうに戻った。
何が起きたのか住職に聞きたかったが、聞いても答えてくれるよな
雰囲気ではなかった。寺の勝手口まで来たとき、道を一台の軽トラックが
猛スピードで近づいてきた。あわてた様子で50代くらいの男が降りると、
住職に向かってこう言った。「和尚、韮崎地区の幸三がやられた。野良に
出かけていてシェルターに戻る途中で山のものに出会ってしまったようだ。
倒れていたのを回収してきた。まだ息はあるがもうすぐ全身がやられてしまう。
なんとかできないか? 煮るとかして」 住職は「わからん。どれほど
やられてしまったのか? 幸三と言ったな。今どこにいる?」
「軽トラの荷台だ」見ると、そこは全面ブルーシートがかけられていたが、
人型に盛り上がっていた。住職は「見せてくれ」と言い、
軽トラの男は俺たちが見ているので、ためらった様子だったが、
荷台の後板を寝かせて、ブルーシートをめくった。まだ若い男がうつ伏せに
寝かせられていたが、半袖から出ている腕、それにズボンがブサブサに
破れた両足は異様に膨れ上がり、指はなくなっていて、先細りするように
尖っていた、全体として、四肢は山芋のようになっていたんだ。
「うむ、これは相当やられたな。助かるかどうか・・・やってみるから、
本堂に運んでくれ、それから妻に大鎌に湯をわかすように伝えてくれ」
こう言ったんだよ。まあ、これで全部だ。結局、詳しいことは何も
わからなかった。合宿はこの日で中止になった。ただな・・・
俺たち剣道部は、この秋の県の新人戦団体で優勝したんだよ。
なあ、あんたらなら、これ、何が起きたのかわかるかい?
