今回はこういうお題でいきます。世界史の話ですね。フランス・
イタリアでは16世紀から18世紀頃にかけて、上流階級では
ひじょうに毒殺が流行っていました。怪しい死が多かった。
どのくらい多かったかというと、フランスでは世間が毒殺で大騒ぎ
している最中、それを調査するはずの警視総監までが妻によって
毒殺されているんです。で、この毒殺に大きく関わったのが
イタリア貴族のボルジア家です。
15世紀の人で、ローマ教皇アレクサンドル6世という人がいます。
この人は法王なのに隠し子がおり、それがかの有名な
チェザーレ・ボルジアです。

アレクサンドル6世はルネサンス期の、狡猾、残忍、打算的な教皇の
代表格で、キリスト教カトリックの頂点に立ちながら、
信じがたいような振る舞いを数々行っています。教皇になったのも、
枢機卿たちを買収したためとされています。
さて、ボルジア家とは、15・16世紀にイタリアで繁栄した
貴族の家系で、何人もの教皇を排出しています。で、じつは
毒殺一家としても有名なんです。
ボルジア家の人々は、代々古代からの毒物の知識を身につけており、
有名な「ボルジア家の毒」を受け継いでいました。
この正体ははっきりとはわからないものの、
美男の呼び声の高かったチェザーレ・ボルジア

伝承では、豚の内臓に亜砒酸を加えたものとされ、それを乾燥して
粉末にしたものは「カンタレラ」と呼ばれて、自分たちにとって
邪魔な人物を次々と毒殺していきました。
ちなみに、この時期は日本では戦国時代ですが、やはり毒殺はあり、
それを怖れて、各大名は独自にお毒見役を雇っていたほどです。
とくに宴会や茶会は他の大名から毒殺される危険がありました。
日本でも使われていたのは砒素(亜砒酸)が多かったようです。
ボルジア家の人々は、一服の毒で殺してしまうことは少なく、
少しずつ与えるなど、毒の量を調節することによって、
相手の死期を自在に操っていたと言われます。
なかなか怖い話ですよね。

上記したアレクサンドル6世の死因は、一般的には熱病とされる
ことが多いんですが、誤ってこの家宝である毒を飲んでしまった
という説があるんです。ただし信憑性はわかりません。
その説では、アレクサンドル6世と息子のチェザーレが、友人の
枢機卿の食事会に招かれたとき、使用人が誤って彼らの
コップに毒を入れてしまったとするものです。
これにより、アレクサンドル6世は2週間ほど苦しみぬいて死亡。
その死体は異常な状態で、口から泡を吹き、体は全体が
ふくれあがっていたとされます。たんなる熱病には見えない。
チェザーレは同母兄

いっぽう息子のチェザーレは一命をとりとめたものの、顔は
醜く変形し、髪は抜け落ち、自慢だったその美貌も
見る影もなくなってしまった。熱病なのに、親子ともども
被害を受けるのは変ですよね。
それとも、マラリアなどの伝染病だったのでしょうか?
ただし、これはあくまでも噂であって、それが真相かどうかは
わかりません。ただ、この時代、どれほど毒殺が流行って
いたかを示すエピソードではあります。
この他にも、ルクレチア・ボルジアなどの有名な毒殺魔がいます。
ただし、彼らのために弁明すれば、サロン活動に力を入れて
いたのも事実で、映画『第三の男』には、
「ボルジア家の悪政はルネッサンスを生んだが、スイスの平和は
鳩時計を産んだだけだ」というセリフが出てきます。
では、今回はこのへんで。

