今回はこういうお題でいきます。ひさびさの妖怪談義ですね。
さて、文車妖妃(ふぐるまようひ)とは、鳥山石燕の妖怪画集
『百器徒然袋』にある日本の妖怪です。
絵を見ると、見開きの2ページにわたって、年老いた女が描かれています。
その他、付喪神のようなたくさんの小さな妖怪が出てきていますね。
そして女は、かなり長めの手紙を持って読んでいるようです。
これはいったいどんな妖怪なのか? 妖妃というからには夫や主人が
いるのか? なんとも謎ですが、石燕は必ず絵の中にヒントを
隠しているので、それを見つけ出さなくてはなりません。
文車

ちなみに文車とは、内裏や寺院、公家の邸宅などで使用されていた
書物を運ぶために使われていた車で、失火などの非常時に備えるものです。
その中にはたくさんの書物や手紙なども収められている。
詞書がありますので、読んでみましょう。「歌に、古しえの文見し人の
たまなれや。おもえばあかぬ白魚(しみ)となりけり。
かしこき聖(ひじり)のふみにこころをときめかしさえ、かくのごとし。
ましてや執着の思ひをこめし千束の玉章(たまづさ)には、かかる
あやしきかたちをもあらはしぬべしと夢の中に思ひぬ」と
あります。意味はよくわかりますが、何を言っているのかは不明。
王仁の伝えた『千字文』

「古にしえの文見し人」というのは、おそらく王仁(わに)のことと
思われます。王仁は「ふみのおびと」の祖とされています。応神天皇の
時代に百済から日本に渡来した百済人で、『千字文』と『論語』を
伝えたと記紀に記述される伝承上の人物です。
現代語訳すると「和歌に、昔の読書人、王仁の魂であった書物
(おそらく『千字文』)かと思えば、汚い虫食い状態の手紙であった。
尊い聖人が読んだ聖典さえ、このような状態になっってしまう。
まして、異性への執着を込めたたくさんの手紙には、このような
怪しい形となってしまったものもあるだろう、と夢の中で思った」
ここで「白魚(しみ)」とは書物の紙を食べる虫のこと。
「千束の玉章」とはたくさんの手紙と訳しました。
酒呑童子

さて、これはいったい何を言っているのでしょう。ここでなぜ、王仁
のことを持ち出してきたんでしょう。自分は王仁(わに)は
鬼(おに)とも読めるのではないかと考えました。
たぶんですが、この妖怪、あるいは主人は鬼だということを言ってる
のではないでしょうか。この妖怪は鬼から来た手紙を見ているのかも
しれません。では、どういう鬼なのでしょう?
はっきりした関連はわかりませんが、自分はこれは酒呑童子のことでは
ないかと思います。こういう伝承があります。平安時代の話で、
大江山の鬼と恐れられた、酒呑童子誕生の異説の一つです。

酒呑童子はもとは外道丸という稚児で、比叡山で修行してましたが、
その姿形は美しく、一目見た女はみな外道丸に恋い焦がれてしまう。
しかし外道丸は、修業中の身のため誰にも心を許さない。
そのうちに女たちは次々に恋の病で亡くなってしまい、外道丸が女たちから
もらった恋文を焼き捨てると、立ち込めた煙に巻かれて気を失い、
次に目覚めたときには見るも無残な鬼の姿になっていた。
しかたなく大江山へと逃げ、盗賊稼業に身をやつすようになった。
石燕の「塵塚怪王」

おそらく石燕はこの逸話を知っていて、妖怪画として描いたのでは
ないかと思います。仲間に対して、これがわかるか? と謎かけしている。
ですから、この妖怪は、酒呑童子(外道丸)に恋文を渡したものの、
顧みられることがなかった女が鬼に変じたもの。
違うでしょうか? ただ、この解釈の文献的な裏付けはなく、もしかしたら
自分の深読みのしすぎということもあるでしょう。読者のみなさんで、
何かご存知のことがあれば、コメントでお知らせください。
では、今回はこのへんで。
