洋と航二は同じk小学校に通う兄弟だ。洋が兄で5年、航二が弟で
2年。両親と大きなマンションに住んでいる。日曜日、3時ころに
家族でモールに買い物に行くことになった。父親はミニバンを持っている。
そこで、それに乗るためにまずマンションの地下駐車場にまで
エレベーターで降りる。駐車場についてドアが開いた途端、「あ、いけない!」
母親が頓狂な声を出した。「スマホ忘れた」父親が「何だ、そんなのいいじゃないか」
そう言ったが、母は「あらダメよ。スマホがないと買い物ポイントが
つかないじゃない。取ってくる。すぐだから待っててよ」 「しょうがないな」
ということで、車までたどり着いて社内で母親を待った。駐車場内は
照明は十分だが、どれも薄緑色でなんだか気味が悪い。運転席の父親が、
急にこんなことを言い出した。「なあ、この駐車場、柱に人が埋められてるって
噂があるの知ってるか?」 「まさか、ドラマじゃないし、そんなこと
あるわけないだろ、なあ」洋はチャイルドシートの弟を見たが、弟は
怖がっているような顔をしてた。父親は笑って「怖いか? 冗談だよ」と言った。
続けて「けど、噂があるのは本当だ。この間マンションの自治会で聞いたんだ。
まあでも、人型の水のシミみたいなんだけどな」 「なあんだ」それから
母親を待ったが、5分たっても、10分たっても戻ってこない。父親が
「母さん遅いな。ちょっと見てくるから、おまえたち車の中にいろよ」
そう言って車外に出て、エレベーターへ向かった。車内には兄弟だけになった。
洋は弟に「怖いか?」もう一度言ったが、弟は口を尖らせ、「べつに!」
とだけ強く答えた。「へえ、じゃあ、この駐車場内を見て回らないか?
その水のシミを見つけてみようぜ」洋が車外に出ると、苦労してシートベルトを
外して弟もついてきた。弟は「迷子にならない?」とおどおどと言ったが、
洋は「だってここ、そんなに広くないし、どっからでもエレベータが見えるだろ。
父さんたちが来たら車に戻ればいい」で、壁伝いをぐるっと回ったが、
どこにも人型のシミなんてない。じゃあ、柱の陰だろうか。一本ずつ後ろに
回って見てみた。出口側の陽光が差しているほうから見ていった。「お、すごいな。
これベントレーってやつだぜ」 「僕、ミニバンのほうがいいや」そして最後の
奥まったほうにシミはあった。人型だが輪郭はブレたようになっていて、
しかも大人の背丈より大きい、足はないが、かえって幽霊のように見える。
異様な迫力を感じたが、やはり水のシミのようだ。どうしてかわからないが、
天井から滲み出してるんだろう。「うえ、気味悪いや」 「いつもこうなんだろうか」
ふと、その影が揺らいだ気がした。「ええ!」そのときエレベーターが開いて
両親が出てくるのが見えた。兄弟はそこで車に戻った。母親は、
「ゴメン、ゴメン、スマホはすぐに見つかったけど、母さんあわてて花瓶を
ひっくり返しちゃったのよ。それで遅くなっちゃって」 「まあ、こんなことも
あるさ」父親はそう言って車を出した。弟は押し黙ったままだったが、
洋はもう、モールで何のお菓子を買ってもらおうか考えていた。
その夜、小学生のうちは、ということで兄弟はいっしょの部屋に寝ていた。
2段ベッドで洋が上段だ。宿題を済ませ、少し漫画を読んだりして10時半には
寝た。寝ればまず朝まで起きない。ところが夜中、大きな声がして目が覚めた。
「黒いシミが来る!」弟の声だ。洋は照明のヒモを引いた。部屋が明るくなり、
そのときベッドの反対側に黒い影が見えた気がしたが、それは残像のように
すぐに消えた。2段ベッドの下の段から弟が半身を出していた。洋は
「夢だよ夢。さっきの駐車場のことを見たんだろ。怖がりなやつだな」
あきれたように弟に言った。弟は照れた顔で笑い、「そうだよね。
ゴメンナサイ」そう言って布団にもぐり込んだ。洋は電気を消した。
翌日の学校、2時間目と3時間目の間の20分間の長休み時間、校庭で
騒ぎがあった。誰かが怪我したらしい。窓から見ていたら、教室に
生徒が走り込んできて、「洋、お前の弟が回旋塔から落ちたみたいだぞ」
と言った。救急車の音が校庭に近づいてきていた。休み時間は終わりそう
だったが、洋は校庭に走った。もどかしくズックをはいて校庭に出ると、
担架に子どもが乗せられて救急車に入ろうとしていた。上半身が真っ赤に
血に染まっていた。弟の航一だった。思わず駆け寄ろうとしたが
教師に止められた。航一は救急車に入る寸前、「シミの人が・・・」そう言うと
目がグルンと裏返った。そしてその日から、洋は一人っ子になった。
その後、地下駐車場のシミは一度だけ見た。例の人型はそのままだったが、
その横に子どものような影が加わっていた。
