私は、前田と言って、中学3年の女子です。今年、受験があるんですが、
あんまり勉強はしてないです。それで、明日からの2日間、7月の17日と
18日にかけて地域の山王神社の夏祭りがあるんです。17日が宵宮、
18日は本宮で、どちらの日も夜店がたくさん出ます。20日をすぎれば
夏休みで、その直前に行われるんですが、楽しみでしょうがないんです。
それは、今年お祭りに着ていく浴衣を新しく仕立てたせいもあるんですが、
それだけじゃなく、カレとの初めてのデートでもあるんです。        
カレは私と同じ中高一貫校で、高等部の2年なんです。あ、さきほど
受験があると言いましたが、それは今の一貫校以外の高校を受けた場合で、
中等部から高等部に進むには試験はありません。ただし。一定以上の
成績をとってないといけないんです。それと素行面も見られます。

翌日の宵の宮の日を楽しみに、その晩は早目に眠りにつきました。そして
夢を見たんです。夢の中で私は、お祭りで着るはずの新しい浴衣を
身につけ、両側に石段がある坂道を一人で登っていました。夜です。
あれ? この町にこんな坂道があったっけか? でも、その道はどこか
懐かしく、今までにも通ったことがある気がしました。そして、
坂を登りきったところにポツリと明かりが見えます。どうやら一軒だけ
夜店が出ているようです。でも、私以外にその道を登る人はいないし、
商売になるのだろうか? そう思いました。近いていくと、その店は
お面屋さんのようでした。木の台に並べられた昔風のお面が、裸電球の
光に照らされています。お面の数は多くはありません。1列に8つほど、
それが上下3段。ところどころに朱色と金が入ったキツネのお面、

真っ黒な色でお釈迦様のような頭の形の面、鬼のように角を突き出し、
額の真ん中にシワを何本も寄せた女の人の面・・・キツネの面以外は
見たことのない怖い感じのするものばかりでした。私が立ち止まって
ぼんやりとそれらを見ていると、台の陰からぬっと人が出てきました。
背は低く、私と同じくらいでした。でも、年齢も、どんな顔かもわかりません。
黒い毛糸の帽子をかぶり、首にマフラーを巻いて、顔の半分あたりまで
ずり上げ、目だけしか出してなかったんです。こんな真夏なのに、暑くないの
だろうかと思いました。その人はくぐもった声で「お嬢ちゃん、どの面が
気に入ったかい? 一つ貸してあげよう。え? お金を持ってない?
まあ夢の中だからね。そりゃ持ってないだろう。べつにただでいいよ。
どれがいい? 遠慮しないで。どのお面も不思議な力を持っているんだ」

私は・・・こう言われて、断りきれず借りることにしたんですが、一番
なじみがあるのはキツネのお面です。それで「これ。借ります」と
言ったんです。するとその人は「ははあ、おキツネさんか。それをかぶると
キツネのままでもいられるけど、自分とは別の人間に化けることができるんだよ」
私は手渡された面をおずおずとかぶってみました。両耳にひもをかけ、
目の位置を穴に合わせました。そして、顔を上げるとそこにはお面屋の
屋台はなくなっていたんです。ただ、石垣の影の濃い暗がりがあるだけでした。
私は怖くなって、お面をかぶったまま草履の足で坂を駆け下りました。
すると、平地に出た途端、そこは見知った場所になっていたんです。
山王神社の裏手の道です。もうお祭りは始まっているらしく、
かなりの数の人が出ていました。そして・・・視界に違和感がありました。

いつの間にかお面がなくなっていたんです。それと、私の背が高くなっている
感じがしました。いつもと見えているものが違います。どういうこと?
表通りに出て、商店のガラス戸に姿を映してみました。そこには。髪を
金色に染め、お化粧ばっちりの大人の女の人がいたんです。これが自分!?
そしてカレと約束していた神社の鳥居の前まで来ると、カレが一人で
鳥居にもたれ、アイスクリームを舐めていました。私はさりげなくカレに
近づき、よろけたふりをしてアイスクリームを手で払いました。そしたら、
まだほとんど食べられていないアイスの部分だけが地面に落ちたんです。
「あら、ゴメンナサイ」自分のものとは思えない艶めかしい声が出ました。
そして・・・その日の夢はここで終わったんです。翌日、宵の宮の日に
なりました。私は学校が終わるとすぐに着替え、いそいそとカレとのデートに

向かいました。そのときに、あらためて前夜の夢の内容を思い出したんです。
・・・あのあとどうなったんだろう? そこまで考えて考えるのをやめました。
あれは夢なんだし、私が別の大人の人に変わるなんてありえない・・・
その晩の初デートはあまりうまく行きませんでした。何かを話そうとしても
うまく言葉が出てこず、思っていることの3分の1も伝えられなかったんです。
カレが気を使って話を盛り上げようとしてくれているのはわかりました。
でも、どうしても最後まで私がよそよそしい態度で・・・結局、何か所か
夜店に寄り、ヨーヨー釣りをやったくらいで、あとは2人でお宮にお参りした
だけで終わってしまったんです。まあ・・・中学生の初デートなんてこんなもの
かもしればいとも思いましたが、なんとなく失望した感じがありました。
もっとロマンチックな展開を期待していたんです。

その日はそのまま家に戻り、浴衣を着替えると部屋にこもり、そのまま
音楽を聞きながら眠ってしまったんです。そしてまた夢を見ました。前日の夜と
同じ坂道です。ぽつりと夜店が出ているのも同じ、あのお面屋でした。
前に立つと、また同じ主人が出てきて、「やあ、また来たね。キツネ面は
どうだった? 別の自分になれただろう」私はそれに答えず、角の出た
怖い顔のお面を手に取りました。「ああ、それは般若面というんだ。嫉妬に狂った
女が、まだ鬼にはなりきれない姿と言われている。それをかぶると、自分が
見たくないものが見えるんだよ。それにするかい」私は無言でお面をかぶり、
するとまた、前夜のようにお面屋自体がなくなってしまいました。もう場所は
わかっていたので、私はゆっくりと坂道を降りました。もうお祭りは
始まっているらしく、人の声がガヤガヤと聞こえてきました。

これはいつなのだろう? 今日の宵宮? それとも明日の本宮? 私は表通りまで
まわりましたが、お面はなくならずそのままのようでした。鬼の顔ですが、
通る人は私がふざけて面をかぶっていると思っているらしく、誰も
怖がったり、とがめたりする人はいませんでした。そして・・・
カレと約束していた神社の鳥居前まできていました。じつは宵宮での別れ際、
本宮でも同じ時間、同じ場所で待ち合わせる約束をしていたんです。
そして鳥居について見回しましたが、カレの姿はありませんでした。
おかしい、時間が違うのだろうか。でも、カレはそこにいたんです。
鳥居の後の林の中、ただし一人ではありませんでした。前夜キツネの面を
かぶった私が化けた大人の女の人、その人と強く抱き合ってキスしていたんです。
・・・その後のことは勘弁してください。言いたくありません。これで終わりです。