俺は木村といって、温泉系youtuberをしてる。軽トラを改造した
キャンピングカーに寝泊まりして、全国を旅して動画を撮ってるんだ。
行く温泉は有名どころではなくて、ひなびた山間地が多いな。
ただ、田舎だけを回って歩いてるわけじゃない。動画の編集をしなきゃ
ならないが、田舎だとネットがつながってないことが多いんだよ。
そういうときは大きな市まで出て、ビジネスホテルに宿を取る。
ゆっくり編集作業ができるし、市内に出ればコインランドリーで洗濯も
できるからな。それに、youtubeだけで食っていくのはけっこう大変なんだよ。
だからそこで、短期のアルバイトが見つかればやることもあるよ。
でな、7月だった。秋田県の男鹿温泉というところに行った。男鹿は
ナマハゲで有名だな。町は過疎が進んでいるようだったが、温泉は
海沿いの鉄泉でなかなかいい湯質だった。でな、次はどうしようか迷ったが、
地図を見て秋田市に出、それから高速で田沢湖の近くに行った。
この近くには有名な乳頭温泉があるが、そこに行ったわけじゃない。
ああいう有名どころはだいたいが半年先まで予約が一杯なんだ。
市の観光課に行って、予約なしでも泊まれるような温泉宿がそのあたりに
ないか聞いた。そしたら職員は迷っていたが、おずおずと「サタガヤ温泉郷」
というのがあります、と言った。その市から青森県との県境近くまで
北上した山の中にあるらしい。「サタガヤ」というのはどういう意味なのかと
聞いてみた。すると女性職員は首をかしげていたが、奥のデスクから
年配の男性職員が「なんでもサタガヤというのは樹木の名前らしいですよ。
インドあたりが原産なのかな。かなり大木になる種類です」
「どうしてその名前がついたんですか?」 「たしかね。明治時代にそこの
町の有力者が香木として苗を輸入したみたいです。丈夫で早く伸びる種類だけど、
やっぱりこっちは気候が寒いですからね。うまく育たなかったようです」
「ははあ」 「だけどそこ、温泉郷という名前になってますが、昭和の時代が
終わってから1軒つぶれ2軒つぶれ、今では赤堀旅館という宿しか残ってないです。
うーん、あの宿もいつまで保つのやらねえ」 「そこ予約なしで泊まれるんですね」
「ええ、大丈夫でしょう。なんならこちらから予約を入れときましょうか」
「ああ、助かります。お願いします」ということで、俺はどんどんと車を
山の中にまで走らせ、その赤堀温泉にたどり着いたんだよ。道沿いの一軒家度で
あたりには他の旅館も、民家さえなし。旅館の裏は小高い丘になっていて、
見上げると、濃い緑の葉をつけた木の先端部分が見えた。
こういう見え方をするというのは、かなり高い木なんだろうと思った。旅館は
古民家のようなつくりで平屋建て。藁葺き屋根を無理やり瓦屋根に直したような
感じだった。駐車場には宿のマイクロバス以外の車はなく、どうやら客は
俺だけなのかもしれなかった。これはちょっと期待外れかもしれないなと思った。
こんな山の中じゃ、たいした食事は出ないだろう。せめて温泉だけでも
源泉かけ流しならいいなと思った。宿に入って声をかけると、ややあって
60代くらいの柿色の着物を着た女性が出てきて「〇〇さんですか?」と
俺の名前を聞いてきた。「そうです」というと、「ああ、役所のほうから電話を
受けとります。ようこそいらっしゃいました」こんなやりとりになった。
通された部屋は10畳の一間で、籐椅子のある縁側つき。畳はかなり陽に焼けて
黄色く変色していた。俺は自分がyoutuberであることを告げ、
温泉を撮影してもいいか許可を尋ねた。女将の答えは「何も問題ない」という
ことだった。「ここの温泉はどんな泉質なんですか?」 「ああ、特には
言うこともない単純泉だよ。ただ・・・」 「ただ?」 「風呂には香木の葉を
何片か浮かべてあるんだ。なんでもインドあたりから来たもんらしい」
「へええ」これは市役所で話に出たサタガヤという木なのかと思ったが、
口には出さなかった。女将が戻ってから部屋に寝転がった。案の定、ネットの
環境はなかった。しばらく本を読んでいたが退屈で、ぶらりと旅館の入口まで出た。
そこにいる番頭に「ここらで何か見るものがありますか?」と聞いたら、
番頭は困惑した顔で「うーん、山の中だからなあ。ああ、そうだ。裏の丘に
大きな木があるよ。サタガヤという名前の木だ。20m近くあるだろう。
外国産で、このあたりの冬を越せなかったんだが、その木だけは生き残った」
って言ったんだよ。それで、外に出てぶらぶらとその丘を上っていったんだよ。
高さは200mもないだろうし、石段があって5分ほどで上に出た。
上は平らで林になっていたが、低木の中に一本だけ高い木があったんだ。ああ、
これがサタガヤなのかと思った。その幹は赤黒く、近づくとぷんといい匂いがした。
香木なのだろうか? それとその木の葉がひじょうに変わった形をしていた。
切れ込みが深く、まるでシダの一種のような感じ。幹のまわりをぐるっと回った。
周囲は2m近くあったと思う。そしてそこに妙なものを見つけた。木から1mほど
離れたところに卒塔婆のようなものが立ってたんだ。古いもので、上のほうの
字は読めなかった。日本語ではないものを無理やり縦書きした感じだった。
ただ、下のほうには明らかな日本の漢字で、「高木優子」と書いてあった。
サタガヤの匂いは強く、頭がくらくらしてきたので俺は宿に戻った。
建物に入って、番頭に「高木優子」のことを聞いてみた。そしたら「うーん、
それね、10年ほども前に行方不明になった人だよ。この旅館に泊まったんだけど、
それから行方がわからなくなった。一人旅の若い人で、特に変わった様子は
なかったけどな。たぶん道に迷ったんじゃないかな。ここの裏は低い丘だけど、
深い山にまで続いてるから。その人はまだ発見されてないよ」ということだった。
部屋に戻ると5時ころになっていた。食事は6時と聞いていたので、その前に
一風呂浴びようと思った。で、ビデオカメラとタオル一本だけを持って温泉に
行ってみた。広くはなかったし、露天風呂もないようだった。ああ、これじゃ
流行らないだろうな。そう思いながら風呂場の戸を開けた途端、ムッと強い
甘い匂いがした。あの裏山の木と同じ匂いだった。見ると、湯船には
透明なお湯が掛け流され、あのサタガヤの葉が散らされてあった。
やや熱めだがなかなかいいお湯だった。サタガヤの葉を手ですくって、鼻に近づけて
みると、薬用シャンプーに花の香りを混ぜたような匂いがした。これは何か
体にいい成分でもあるのだろうか? 客は俺しかおらず、ビデオを撮り終えて
部屋に戻ると、体がホカホカしたし、肌もつるりとした感じになった。それが
温泉によるものなのか、それともサタガヤの葉に寄るものなのかはよくわからな
かった。夕食はごく普通のもので、民宿のような献立だった。そのときに
ビールを大瓶2本飲んだ。それから夜まではテレビでナイターを見たりして
時間をつぶした。9時ころになると女将が布団を敷きにきたが、そのとき床の間に
あった置物も変えた。それまでは茶色い壺だったのが、小さな盆景のようなものに
変えられた。そこに飢えられてあったのはあのサタガヤの幼木だった。「どうぞ
ごゆっくり」女将がそう言って下がると部屋にはサタガヤの香りが広がった。
俺はやることもなく、11時ころには眠りについた。そして・・・眩しい! 俺は
片手で目を遮った。強い光で上から照らされているようだった。それ以外は暗い。
俺は野外に、しかも深い穴の中にいるようだった。ここはあの裏の丘じゃないか?
そして俺の足元にはシャベルが突き立っていた。まさか、この穴は俺が掘ったのか?
だんだん目が慣れてきた。上から懐中電灯で俺を照らしているのは・・・
赤い着物のあの旅館の女将だ。女将は「このあたりは腐葉土で地面が柔らかいから、
掘りやすかっただろう。そうだよ、その穴はお客さんが4時間かけて自分で掘った
ものだ。あんたがサタガヤの匂いで眠った後に暗示をかけておいたんだよ。
この木はね、熱帯原産だからここらでは育たないんだ、普通はね。ただ、
10年に一度くらい人間を肥料にすると枯れないんだよ。これまでは死んだ人を
埋めてきたけど、このあたりも人が減ってなかなか死人も出なくなった。
それで、生きた人をいけてやることにしたんだよ。悪く思うな。このサタガヤの
木は集落の守り神だし、お客さんはこの木といっしょになれるんだよ。
うらやましいようなもんだ。ああ、ここがあんたの墓場になるんだから、
あとで卒塔婆を立てておいてやるよ。名前は宿帳に書いたのでいいんだろう。
・・・あ、それからな、ここの宿は赤堀旅館って言ってるけど、本当は
墓掘り旅館なんだよ」そう言うと、穴の中に俺のビデオカメラを投げてよこした。
「それから、あの車はこっちで処分させてもらうよ。駐在もみな仲間だから、
あんたが見つかることはないじゃろうね」どうやら穴のまわりには、
女将の他に番頭や他の職員もいるようだった。「そーれ!」の掛け声とともに、
あちこちから土くれが落ちてきて俺の足元を埋めた。「助けてくれ!」
