私、宗像と言って、24歳です。派遣会社に登録していて、先月から
大手の通販会社のお客様対応のコールセンターに勤務しています。
はじめての業務だったんですが、こんなにイタズラが多いとは思いませんでした。
かかってくる電話の半分ほどがイタズラなんです。イタズラは大きく
2タイプに分かれるんだそうです。まずは子ども、中学生くらいが多いようです。
この場合は最初からすぐにわかります。「商品が爆発した」などと非現実的な
内容だったり、電話の背後で複数人の笑い声が聞こえたりするからです。
もう一つは、何度もくり返しかけてくるもので、声を変えたりはしていますが、
口調や内容で同一人とわかることが多いです。寂しいお年寄りも多いのだろうと
思いますし、卑猥なことを言ってくる方もいます。それもイタズラなのか
どうかわからないような巧妙な形で。私・・・なかなかそういうのに

上手く対処できないんです。あ、イタズラだ!とわかると胸がドギマギして
しまって。ふだんから気が小さいし、こういう仕事には向いてないんだと
思います。本当は毅然とした態度で応対しなければ行けない場面でも、
謝ってばかりいて、上司に注意されてしまいました。この上司は
三輪さんという20代後半の男性で、背が高く、とても印象のいい人で、
私はひそかにあこがれてたんです。ところが、仕事のときはしょっちゅう
応対に失敗して、保留にして電話を代わってもらうことが多かったんです。
そんなですから、迷惑をかけてばかりで申しわけない気持ちが強く、
いつまでも親しく話をするきっかけが生まれなかったんです。
ある日のことです。仕事のシフトの終わりに、先輩の女子社員から
声をかけられました。「だいぶ苦労してるみたいね。もしかして

自分はコールセンターに向いてないと思ってるんじゃない。大丈夫、
私もはじめはそうだった。でも、なんとかなるものよ」たしかに、
その先輩はいつも毅然とした態度で電話に出ていて、しかも言葉はあくまでも
優しく、非の打ちどころのない応対だったんです。私はため息をつき、
「ええでも・・・どうしたら先輩のようにできるんでしょう」とつぶやきました。
そしたら先輩は「いいセミナーがあるのよ。いつも平静な気持ちでいられる
自己啓発セミナー。お金はかかるけどたいした金額じゃないし、インチキとは
思えないわよ。宗教がかってもいないし、内容は少し変わってるけど、
私もそこで今の態度を身につけたの」こんな話だったんです。それで
「私で支払いできるような金額なら参加してみたいです」と言いました。
すると代金を知らされましたが、最初はお試し価格ということで、けっして

高いものではなかったんです。それで・・・その先輩もいることだし、
参加してみようと思ったんです。先輩と連れ立って出かけたのは午後8時過ぎ、
会場はコールセンターから2駅離れた集合ビルの一室でした。私はお試しコースに
参加したんですが、一般参加者と同室でした。会議室に集まったのは15人
くらいでしょうか。男性も女性も、若い人も年配者もいましたが、みな
会社員のように見えました。まずはじめにセミナー主催者からあいさつがあり、
ピンと立派なヒゲを伸ばした50代くらいの人で、ベストつきのスーツという
古風な服装でした。その後、袈裟を着た60代のお坊さんが出てきて、
「心の平静」という題の講話をしてくださいました。たいへんいいお話だと
思いましたが、これがコールセンターでの活動に生かせるのか疑問も覚えました。
そして次の内容が異様だったんです。まず全員に卓上鏡が渡され、その後

アルミ箔ほどの薄さの銀色の仮面を渡されたんです。仮面には髪はついておらず、
目の部分は穴になっていました。そして、しっかりと一文字に閉じられた口。
講師の先生が出てきて「これは平静仮面です」と言い、続けて「この表情は
心の平静を保つためにぴったりなものをコンピュータシミュレーションで
開発したものです。さあ、みなさんお渡しした卓上鏡にご自分の顔を映されて
みてください。そしてこの仮面の表情を真似するんです。これから1時間は
それを続けてみてください。必ず、どんなときでも冷静に対応できるように
なるはずです。・・・ただ、一つだけ注意点があります。その仮面は実際に
かぶることができるようになっていますが、それは絶対にやめていただきたい。
危険なことがあるんです。いいですか、わかりましたでしょうか?」馬鹿馬鹿しい

と思いました。でもしかし、あの先輩が効果があったと言ってるんだし、

受講料は前払いしているので練習してみたんです。自分の顔の横に
仮面を並べ、同じような無表情になるように試みました。でも、なかなか上手く
できません。どうしても取ってつけたような感じになってしまうんです。
仮面の何も考えてないような無表情さは出てきません。そしてそのとき、
もしかしてこの練習、効果があるんじゃないか、という気になったんです。
1時間はあっという間にすぎ、講師の先生は「この仮面は次回までお貸しします。
ご自宅でも鏡の前、洗面台などで練習されてみてください。きっとできる
ようになります。ただし・・・先ほども言ったように、決して仮面をかぶっては
いけません。このことだけは守ってください。でないと次回のセッションは
受けられないことになってしまいますから」このようにおっしゃったんです。
その夜、寝る前に洗面台の前にあの仮面を持ち出して練習してみました。

でも、何度やっても仮面のような飄々とした表情にはならない。
あきらめて仮面をしまおうと思いました。そのとき、蛍光灯の光を受けて
仮面がギラリと光ったんです。そしてその光を見た途端、私の手がひとりでに
動くような感じでふっと仮面を顔につけてしまったんです。鏡の中には
銀色に輝く私がいました。完璧に無表情な顔・・・そして私は吸い込まれるように
意識が途切れ、その場にくたくたと崩れ落ちてしまったんです。どのくらい
時間がたったでしょうか。私は意識を取り戻しました。すぐに顔を触ってみると、
仮面の感触はありません。立ち上がって鏡を見ても素顔のまま、近くのどこにも
仮面は落ちてなかったんです。なくなってしまいました。でも、そんなはずは・・・
部屋のどこかには必ずあるはず。次のセミナーには持っていかないと。
時計を見るとまだ12時前、倒れていた時間はわずか10分ほどでした。

翌日、コールセンターに出社しました。昼12時からの第2シフトです。
その日もイタズラ電話は何度もありました、でも、気後れすることなく冷静に
対応することができたんです。口ごもることもなく、相手の言葉にも動揺せず、
心穏やかにやりとりすることができました。「ご質問にはお答えしかねます」
「お話の内容がよくわかりませんので、こちらから切らせていただきますます」
定型句もスムーズに口をついて出ました。私はひさびさに満足感でいっぱいでした。
その日、仕事が終了したのは午後8時、私服に着替えてロッカーから出てくると、

エレベータの前に上司の三輪さんがいました。美輪さんはコートを腕に抱え、私を

見るとにっこりとし「やあ、待ってたんだよ。今日の電話応対は素晴らしかったね。短期間でこんなに変わるなんて驚きだよ。じつは心配してたんだ。
けど、この分なら大丈夫だ。お祝いにこれからどこかで一杯やらないかい。

僕がおごるよ。それとも何か予定がある?」やったと思いました。ただ同時に
あまり喜んだ様子も見せられないと思いました。私のすぼめた口から出た言葉は
「・・・お話の内容がよくわかりませんので、こちらから切らせていただきます」
えっ、えっ? 今のは私の言葉? どうして、どうしてこんな心にもないことを!
これを聞いた三田さんは変な顔をしましたが、私の無表情な顔を見て首を振って
くるりと踵を返したんです。私は・・・私は何をやってるんだろう。
しばらく立ちつくした後、うなだれてビルを出ました。トボトボと歩いて
交叉点を曲がり、やや薄暗い路地に入りました。そのとき背後からの光で
近くのビルのミラーになったガラスに私の上半身が映りました。でも、
顔が変でした。人間の顔じゃない。そう、私はあの仮面をつけていたんです。
部屋でなくしたはずの仮面。ただ、それまで見たのと違っていたのは、
結ばれていた仮面の口が耳まで大きく開き、高笑いの表情をしていたことでした。