今回はこういうお題でいきます。アメリカの月面着陸をめざした
宇宙船アポロ11号は、ニール・アームストロング船長と
バズ・オルドリン月着陸船操縦士の2名のアメリカ人が、
1969年7月20日20時17分(協定世界時)に月面着陸に
成功しました。もちろん人類初の偉業でした。で、この着陸をめぐって、
直後からさまざまなオカルトが発生しました。
アメリカで多かったのは、「じつはアポロは月に行ってはおらず、
月面の映像はスタジオ撮影されたものではないか」という
話で、「スタンリー・キューブリックが撮影監督だった」というものまで。
その理由として「月面着陸は技術的に無理だったが、ソ連(当時)の
手前、どうしても成功したように見せたかった」「莫大な予算を使った
手前、国民には成功という結果を示さなければならなかった」
こういう形で主張されたんです。
で、月面着陸がフェイクである証拠として「月面には大気がないはずなのに、
旗がたなびいている」「地平線(月平線)が異様に近い」
「空に星が見えない}「影がバラバラな方向を向いている」
映画『カプリコン1』

「当時のコンピュータ技術では複雑な処理は不可能」「宇宙に存在する
放射線に対し、当時の遮蔽技術では耐えられない」などの説が
唱えられたんです。ただし、これらにはすべて科学を踏まえて
反論することができます。
で、これらに対し、日本ではアポロは「月に行ってない説」はほとんど
出なかったんですね。このあたりから、日米のオカルトに対する
スタンスの違いを考えてみましょう。
まず、アメリカは人口が多く、さまざまな趣味の人がいます。ですから
オカルトもお金になるんです。当時はネットはありませんでしたが、
本を書いたり、機関誌を発行したりして収益化している人がいました。

そういった人たちが、「アポロ11号フェイク説」を主張することが
多かったんです。ある人物などは、オルドリン飛行士の前で
それを主張して殴られたりしています。
これに対し、日本はまだオカルトブームが来ておらず、お金にするのは
難しかったんです。さらに当時の日本ではアメリカの技術力に対する
信頼が高く「NASAが嘘をつくはずがない」という感覚が強かった。
また、陰謀論をどうどうと主張できるようなメディアも育っては
いなかったんですね。このあたり、オカルトというものに
対するスタンスの違いがありました。
さらに、日本ではオカルトは娯楽の一種と考えられており、
「アポロ11号フェイク説」で、科学的なことをいちいち検証するよりも、
「アポロは月に行き、そこで異星人に出会った」とする
オカルトのほうが一般のウケがよかったんです。さらには「月面には
廃墟化した都市があった」「古代の異星人の宇宙船が発見された」
「異星人のミイラがあったが、それが生き返った」
などの話が出て、現在も一部で語られています(必ずしも信じられて
いるわけではない)。こちらのほうが話としては面白く、
ワクワクするものがあるからですね。
月面の都市

ということで、このアポロの話は日米のオカルト文化を比較するための
格好の材料になります。ちなみに、もちろん自分は月着陸を
フェイクだとは考えていません。
自分は「ムーン・チョコ」という話を書いていますが、あれには
当時、月着陸にあこがれた子どもたちの雰囲気がフューチャーレトロに
描かれています。では、今回はこのへんで。



