俺は吉田といって、これは公立高校の1年生だった頃の話。で、弟が一人いるんだ。
まだ、小学校の6年生で、当時12歳だった。この弟が暗いやつでな。
まず、外出することをしない。人と遊ぶのが嫌いみたいなんだ。
かといって、スマホで映画を見たり、ゲームをするわけでもない。
スマホなんて電話でしか使ってないんじゃないかな。じゃあ、何をやってるのかと
いうと、プラモデルづくりだよ。弟はこれが大好きで、休みの日は
ほとんどの時間を使ってる。しかもすごく腕がいい。なんとかという
プラモデルの雑誌で、全国的な賞を取ったことが2回もあるんだよ。
1回なんかは東京まで行って表彰され、どっさり商品をもらって帰ってきたんだ。
商品はほとんどプラモデル制作に使うものだよ。弟は色塗りも得意で、
ロウソクの煤とか、いろんな材料を使って、時代がかったような塗装が

できるんだ。それだけじゃなく、キットにない部品なんかも、自分でプラ板を
削って作り出すこともできた。だから、弟の部屋はプラカラーの入った小瓶や、
電動工具なんかでいっぱいだった。それらは作業台の近くに整然と置かれてたよ。
弟がつくってるのは、主に建物のプラモで、それも各地の有名神社が多い。
社殿の前には小さな白い玉砂利が敷かれ、そこをミニチュアの神官が
掃いたりしてる。緋の袴の巫女さんもいる。どうしてそういうものを好んで
作っているかはわからなかった。だって、子どもだったら戦車とかガンダムとか
つくりそうなもんじゃないか。いや、弟に聞いてみたことはないよ。
兄弟の会話なんてほとんどなかったんだ。俺と似てるのは学校の成績くらいだ。
どっちも中の下というところだったよ。それとな、弟の部屋には神社の
御札のようなもの、絵馬や藁人形まで置いてあった。

そんなのプラモデルに関係ないと思いだろ。だから一度弟に聞いたことが
あったんだよ。そしたら、「プラモをつくる関係で、神社のこともいろいろ
調べてるんだよ。それはそれで面白い」こんなふうに言ってたな。
で、話は変わるが、その日 俺は顔を腫らして家に戻った。田崎っていう
不良に殴られたんだ。そいつは学校にはあまり出てこないで、街でヤクザの
手伝いみたいなことをしてるやつだった。単位不足でもうすぐ退学になるって
噂だった。で、俺、こいつと因縁がついてしまって。学食でパンを買って
食ってるときに、たまたまテーブルの近くを通りかかったそいつの靴に
牛乳をこぼしちゃったんだよ。そしたら田崎はカーッとなって、俺の
胸ぐらをつかんで立たせ、殴りつけてきたんだよ。しかも弁償だと言われて
3万円請求された。高価な靴だったらしいんだ。

しかし、3万円なんて金、あるわけがないだろ。親や先生にチクったりしても、
そのことがばれたらますます殴られる。田崎のバックについてるっていうヤクザが
出てくるかもしれない。困ったなと思いながら洗面所でタオルを冷やしてると、
たまたまそこを弟が通りかかったんだよ。弟は俺の顔を見て「兄ちゃん、それ
どしたの?」って聞いてきた。俺はこいつに話してもどうにもならないと
思って黙ってたら、弟は大人びた口調で「困ってることがあったら、なんとか
できるかもしれないよ。最近、いろんなことがわかったんだ」それで、
恥ずかしかったがダメ元と思って、弟に簡単に事情を話したんだよ。
「不良に目をつけられたんだ。3万円持ってこいって言われてる」弟は少し
考え込んだような顔になり「3万円か・・・僕の貯金を下ろしてもいいけど、
どうせ1回払えばつぎまた持ってこいっていわれそうだよね。あ、そうだ、

その不良の家に入ったことある? 兄ちゃん、間取りとかわかる?」って
聞いてきたんだよ。もちろん田崎とはぞれまでつき合いはなかったから、
家になんて行ったこともない。そう言うと弟は「じゃあ、どっか別の
場所を使わなくちゃいけないね、うーん、〇〇にある空き家なんていいかも」
「どういうことだ?」  「兄ちゃん、その不良の髪の毛とか爪とか手に入れる
ことができる? もしできるならなんとかなると思うよ。それから、
今から僕とその空き家に行こうよ」なんとかなるという言葉を信じたわけじゃ
なかったが、弟があまり自信たっぷりだったので言われたとおりにして
みることにした。その日は7月で、時間は6時ころだったがまだ明るさは
たっぷり残ってた。それで、〇〇の空き家に弟と行ったんだよ。
場所は家から2丁目ほど先で、時間にすれば10分程度。

空き家になってもう2年近くたつ。地方都市にはそういう家は珍しくなかった。
家の玄関には鍵がかかってたが、草ぼうぼうの庭に回ると、1ヶ所だけ
サッシの鍵が開いてるところがあった。そっから弟と縁側に忍び込んだんだ。
弟は手に鉛筆と小さなスケッチブックを持っていて、すごい勢いで
その家の間取りをスケッチし始めた。一階だけだったが、2時間ほどで
それは完成し、弟は「うーん、けっこう広いなあ。これだと作るのにかなり
時間がかかる。明日は無理だね、明後日、そう、明後日までお金をつくるから
待ってくれって明日その不良には言ってよ。この家で払うってごまかして。
それから兄ちゃんはそいつの髪の毛とかをなんとか手に入れてきて。そうすれば
きっとうまくいく」弟はこんなふうに言い、最後に奇妙なことをつけ加えた。
「ここの家、女の子の幽霊がいるね。僕、その子に協力してもらえるように

頼んでみるから、兄ちゃん、先に帰っててよ」で、翌日、俺は学校に行って
田崎にまた脅された。「3万円、早く持ってこないとどうなるかわかんねえからな」
「・・・明日払うよ。ただ、用意するまで時間がかかるから少しだけ待って。
あと、金は〇〇の空き家で払うから」  「なんでそんなところで?」
「金を渡すところを見られたらマズいだろ」  「まあ、帰り道だからいいけどよ」
そしてくるっと背中を向けたんだけど、パーマのかかった抜け毛が一本、
肩のあたりにくっついてのが見えたんだ。俺はそれを気づかれないように
つまみあげた。で、家に戻ってみると、弟は屋根のない形で住宅のプラモを
完成させていた。1階だけだったが、あの空き家と同じ間取りだった。
「兄ちゃん、髪の毛、手に入れてきた?」  「ああ」  「じゃあ僕にちょうだい。
それと明日、不良に金を渡すと言って、ここの仏間に連れてきて。で、女の子の

 

手が不良の足をつかんだら全力で家から逃げて」  「え、どういうことだよ」
「いいから言われたとおりにして、壊れるのはその部屋だけにしたつもりだけど、
もしかしたら家ごと倒れるかもしれないから」・・・わけがわからなかった。
「でも、3万円なんてないぞ」  「もう払う必要はなくなるよ」翌日の放課後、

俺は金を払うと言って田崎をあの空き家に連れて行った。「へえ、中に入れるんだな。意外にきれいだ。仲間のたまり場として使えるかもしんないな」こんなことを

言ってる田崎を仏間にまで連れ出したが、俺は金なんて持ってないから
どうなるか気が気ではなかった。仏間に足を踏み入れたとたん、そこがとても
ひやりとしていることがわかった。「さあ、早く金をよこせ。3万だぞ」
そう言って田崎が手を出したとき、床の畳の中から小さな手が出てきて

田崎の足首をがっちりとつかんだ。「え? うわわわ! なんだよこれ?」

田崎がそう言ったとき、俺は襖を蹴飛ばして全力で逃げた。そしてそれと同時に
仏間の床が崩れた。俺はスマホで警察と救急に連絡した。田崎は死には
しなかったが、大怪我をして足が立たなくなった。いい気味だと思う反面、
少し気の毒だっような気もした。俺は空き家に無断で入ったことをさんざん警察に
怒られたが、田崎のケガとは関係はなく、床の崩落は家が古くなっていた

せいにされた。田崎が見たという床から生える手の証言は無視された。

そんなことがあるはずはないからな。まあ、こういうことがあったんだよ。

家に戻ったら、弟があの空き家の模型を見せてよこしたが、田崎とおぼしき

ミニチュアの人物が仏間にいて、床から生えた手にしっかりと足首を

つかまれていた。弟はそれ以上なにも言わず、ただニヤッと笑っただけだった。
何がどうなってるのかわからないが、それ以来、俺は弟が怖くなった。