私は田崎と言いまして、今年53歳になります。仕事は小さな工務店を
経営してます。家のリフォームで屋根を直したり、階段に手すりを
つけたりする、そういう小さな仕事ですね。で、これから話すのは
今から30年以上前、私が某私立大学の2年、二十歳だった頃の話です。
大学の夏休みですね。仲間の男3人で、隣県の海岸に遊びに行ったんです。
海なし県に住んでましたからね。海までは車で2時間近くかかりました。
車は友だちの一人が出したもので、たぶん家の軽自動車だったと思います。
行った先の浜辺で6時ころまで遊んだんです。それから飯を食って、
帰路に着いたのは7時ころですかね。だから夜にはなっていたけど、
そんなに遅い時間ではなかったはずです。せいぜい8時ころ。
峠道を超えるトンネルの多い国道を通っていたんです。
ただし、遅くはないので、通る車はそこそこありましたね。怖いなんて
まったく感じてはいませんでした。それで1時間ばかり走った頃、
仲間の一人がトイレに行きたいって言い出したんです。「そこらに
車を停めるから、そこでしろよ」運転してたやつが言いました。
でも、なかなか停められそうな場所がなくて、道の両側は山と林が
続いてたんです。それでも10分ほど走ると、無人のドライブインが
見えてきたんです。コンビニは街中にはあったものの、そんな
郊外の場所ににはなかった頃です。ドライブインは、駐車場に車を
停めてみると、トイレとその横にサッシ張りの小さな建物。
中は無人で、自動販売機がずらっと並んでおり、簡素なテーブルにイスが数脚。
で、一人がトイレに行ってる間、中に入ってジュースを買って
テーブルで飲んでたんです。奥にはテレビがあって、その前の席に座って
見ている人が一人いました。白いTシャツを着た40代くらいの男でした。
ほどなくして仲間がトイレから戻ってきましたが、妙な顔をしていて、
「ここな、トイレに行く通路で でかい白い蛾が翔んでたぞ」って言ったんです。
「夏なんだから蛾くらいいるだろ。蛍光灯の光にさそわれてきたんだろ」
そう言ったら「でもよ、その蛾、異様に大きかったんだよ。ありえないくらい」
「どんくらい?」 「遠くの夜空を翔んでたから、遠近感がおかしいかも
しれないけど、人間くらいあるように見えた」 「何、馬鹿なこと言ってるんだ。
そんなのいるわけねえだろ。見間違いだよ」こう言い返しました。
そしたらそのとき、テレビを見ていた男が急にこっちを振り向いたんです。
そしてこう言いました。「え、兄ちゃんたち、でかい蛾を見たのか? そら
マズいなあ。それ幽霊だぞ」でも、さすがにそんなことはあるわけないんで、
冗談を言って からかってるんだろうと思ったんです。だから私がおどけた調子で
「またまた~」と言うと、男は「信じないんならいいよ」と、またテレビの
ほうを向いたんです。そしてテレビを見たまま「ここいらな、4年くらい前に
若い女が2人行方不明になってて、まだ見つかってないんだ。たぶん死んでるんだと
思う。だからその幽霊が出るんだ」でも、そんなの信じてませんでした。
蛾なんてどこにでもいるし、大きさは見間違いだろうし。そんなことがあって、
そのドライブインを出ようとしやとき、ザーッという音がして土砂降りの雨が
落ちてきたんです。「あ、すげえ雨だな」 「車にもどるとき、濡れちゃうなあ」
ということで出るのを躊躇してたら、いつのまにか出口の扉のサッシ越しに
白いものが見えたんです。一瞬、蛾なのかと思いましたが、そうではなく
どうやらビニール傘をさした人みたいだったんです。女性みたいでした。
「え、あの人どうして入ってこないんだろ」 「中が男ばっかりだから嫌なんだろ」
「じゃあ、俺らは出るか」そのときには雨も少し小降りになってきてました。
で、3人そろって入口のドアを開けたんですが、透明な傘をさしてサッシに
もたれかかってるのはやっぱりTシャツを着た女性だったんです。
俺らと同じくらいの年頃に見えました。で、すれ違うときに軽く頭を下げたら、
向こうもコクンという形に少し頭を動かしたんです。で、雨の中を走って
車まで戻り乗り込んで発進させたんです。車の中で「さっきのやつ、幽霊とか
言ってたよな」 「俺らを怖がらせようとしただけだろ。そんなの怖いわけ
ねえじゃねえか」 「だよな。けど、あの男、なんか雰囲気が悪かったな。
それに、あのドライブインの入口に女の姿があったときはちょっと
ドキッとしたぜ」 「でもよ、あの男、行方不明になった女は2人と言ってただろ。
だけどあの女は一人だけだったし、たぶんたまたまそこにいただけだろ」
こんな会話になりました。まあ、これだけの話で、不思議なことは何もなかったん
ですが、じつは後日談が2つあるんです。その当時は携帯はあったけど、
出始めでカメラ機能なんてついてなかったし、写真は当時流行ってた写ルンです
というインスタントカメラで撮ってたんです。だから現像に出さなくちゃ
いけない。で、できてきた写真を集まって見たんですが・・・海の写真には
特におかしなものは写ってなかったです。ただ、最後にフイルムがあまってたので、
帰りの車中を撮ったのがあるんです。私が助手席に乗ってて後部座席を写したやつ。
それがね、後ろの席には友だちが一人だけだったはずなのに、その隣にひっそりと
黒いTシャツ姿に見える女の姿が写ってたんですよ。はっきりとではないです。
うっすらと透けるような感じで、注意して見ないと気づかないくらいの感じで。
しかもそれ、あのドライブインの入口にいた女とは明らかに別人なんです。
ドライブインの女は髪が長かったけど、その女は短髪で、ピースサインをしてる
友だちの横にぎこちなく無表情に座ってたんです。その写真ですか? 気味が悪いんで
破いて捨てましたよ。今だったら神社やお寺に持っていったかもしれませんが、
当時は金も、そういう知識もなかったんで。それともう一つあるんです。この2年後、そのドライブインがあった近くの山で、女性2人の白骨死体が埋められてるのが
見つかったんです。暴行された跡があり、殺人事件と判断されました。
でね、犯人はそれから数カ月後に逮捕されたんです。その殺された女たちの
所持品が男の家から見つかったみたいで。でね、逮捕されるときの様子がテレビに
出たんですが、それね、なんとあのドライブインにいた男だったんですよ。
