あ、どうも。僕、花木と言いまして。IT関係の会社に勤めてます。
仕事は社内システムの構築とかですね。28歳、独身です。
あ、でも、結婚はしてたんですよ。23歳のときに。大学の同窓生でした。
離婚したわけじゃないんです。亡くなってしまったんです。
結婚2年目のことでした。悪性の骨肉腫と診断されて。あっという間に・・・
まあしょうがないんですけど、やっぱり諦めきれませんよね。
だから当分再婚するつもりはないんです。まあ今は気楽な一人暮らしです。
それでね、最近、一ヶ月ばかり前から同じ夢を見るようになったんです。
それがね、どんな内容かというと、暗い海を小舟に乗って漂っているという
ものなんです。波は穏やかでほとんど揺れません。月は明るく、
怖さもまったく感じない。しばらくオールでゆったり漕いでいると


向こうに島影が見えてきました。岩礁に近いようなかなり小さい島です。
四方が海の上で、あたりにはその島しか陸地は見えません。上陸するしかない。
島には大きな岩に埋もれるように家・・・というか教会のような
建物があり、その窓から黄色い、いかにも暖かそうな明かりが漏れている。
そこに船を近づけていくんですが、どことなく胸騒ぎがするんです。
そこに近寄ってはいけないという・・・でもね、そのままじゃいけないですよね。

意を決して近づいていくんですが、なかなかたどり着けない。
そういう夢を頻繁に見るようになったんです。そうですね、1週間に2回くらい。
しかも内容はいつも同じ。これは気になりますよね。しかし夢を見る
原因みたいなことはまったく思いつかない。でね、会社は〇〇にあるんですが、
いつも地下鉄から出て△△デパートの前を通るんです。で、このデパートの


7階に占いコーナーというのがあって、女子中学生なんかにすごく人気なんです。
客寄せの一環なんでしょうね。料金はどのブースも300円とか、500円とか
安いもんです。いや、今まで占ってもらったりしたことはありませんよ。
お客さんはほとんど女の子ばかりですからね。恥ずかしくって。それにそんなに
信じているわけでもないし。で、そのブースの中にタロット占いというのがあって、
その看板に小さく、「夢占いやります」と書いてるのを見たことがありました。
8階の映画館に行くときに前を通ったんです。でね、あるとき会社が早く
終わった日があったんですよ。予定していた仕事にキャンセルが入って
予定がぽっかり空いちゃったんです。そのときにこの占いコーナーのことを
思い出しまして。この時間だったらまだ学校はやってるはずだし、女の子たちも
少ないだろう。あの夢のことを占ってもらうのにちょうどいいかもしれない。


そう思って。会社に半日年休を申請してそのデパートに行ったわけです。
ウイークデーの2時ですからね、予想どおり、占いコーナーは閑散としてました。
で、意を決してタロットのブースに入ったんです。そこには白布のかかった
テーブルと椅子。その向こうには、紫のベールで鼻の下をおおった女の人。
目が大きく、肌が浅黒い。額の真ん中に大きなつけぼくろ。日本人ではないと
思いました。インドとかそのあたりの人。かけるように勧められ、「何を占って

ほしいか?」とカタコトの日本語で聞かれました。「いや、夢のことなんです」
そう言うとその人はタロットカードを切る手を止め、僕の前に燭台のロウソクが
くるようにしました。「どんな夢です?」そこで僕は夢の内容を話し、何度も

くり返し見ることをつけ加えました。するとその人は鼻の上にしわを寄せ

「うーん、くり返し見るのはよくないね。その夢の中の島、ある画家の描いた

 

絵によく似てる。ベックリンって知ってますか?」首を振ると、
「スイスの画家です。ヨーロッパでは有名。代表作は『死の島』というの」
「死の島・・・」  「はい」その人は僕の顔を下から覗き込むようにして、
「たぶんですが、そこに上陸してはいけないと思います。夢を見たら、その島には
けっして船を着けないで、島のまわりをぐるぐる回ってください。そうすれば
そのうちに目が覚めるでしょう」そう言ったんです。これで占いは終わりの
ようでした。僕が料金のことを聞くと「何もしてないし、たいしたアドバイスも
できなかったので無料でいいです」ということでした。それで、お礼を言って
コーナーを出たんです。その2日後です。また同じ夢を見ました。死の島と
言われた島の近くでボートを漕いでいる。胸騒ぎが強くする。近づいては
いけない。でも、それと同時に近づかなきゃ、上陸しなきゃという気もするんです。


相反した気持ちが胸の中でせめぎあってるんですね。そのうちに船が島の近くまで

来てました。強い潮流が流れてて、それに引き込まれたようです。ああ、岩に

ぶつかってしまう。そのとき、海の中から空色の大きな平たいものが
浮いてきたんです。長さは1m以上。それ、巨大なスリッパだったんです。
そんなバカでかいスリッパがあるわけがないんですが・・・しかも見覚えが
ありました。死んだ妻がいつも家の中ではいていたスリッパ。

妻の火葬のときにいっしょに棺に入れて燃やしました。それがぐっしょり
濡れた状態で自分の行く手をふさいだんです。これ、どういうことだ?
わけがわかりませんでした。そのスリッパは僕の船が島に引き寄せられるたびに
何度も出てきて、岩に打ち上がるのをふせいでくれたんですが・・・

何度目かに背後から巨大な波が来て、とうとう島に乗り上げちゃったんです。

 

海に戻ろうとしましたが、すでにボートは遠くに流されてて、

泳いで行き着けるとは思えませんでした。しかたなく島の建物のまわりを

まわりました。ベージュ色の円形の建物で3階建てくらいの高さ。

大理石製だと思いました。正面には両開きの大きな扉があり、
引いてみると開く。中に入るとホールのようになっていて、天井は吹き抜け。
そこに、じつにじつに意外なものがあったんです。何だと思いますか?
真っ赤なハイヒールの片方ですよ。高さが天井近くまである。光沢のある革製で、
見たことのないものでした。「何だこれは!」そこで目が覚めたんです。
自分の部屋のベッドの上にいました。その日は出勤しましたが、トラブルが
あって遅くなり、退勤は10時を過ぎてました。終電を逃さないよう駅に走り、
そのときは小雨でしたが、なんとか間に合いました。列車が来るという


アナウンスがあり、ホームの前のほうに出ました。そのときに足元が

つるりと滑り、同じく前に出てきた若い女の人の靴のヒールを

蹴飛ばしちゃったんです。赤いハイヒールでした。

夢に出てきたのとそっくり。女の人はバランスを崩して僕のほうに

倒れかかり、その勢いに押されて僕はホームから落ちちゃったんです。
そして轟音とともに最終電車が走り込んできて・・・

 

ベックリン『死の島』