私、今村と言って今年二十歳になります。都内にある某私立大学の
2年生です。それで、私大学で都市伝説研究会というサークルに
入ってるんです。子どもの頃からその手の話が大好きだったもので。
その日も最終の講義が終わった午後3時ころ、サークル室に
顔を出しました。サークル室はプレハブで、他のサークルといっしょに
なってて大学構内の北側の隅にあるんです。そしたら3年生の
先輩が2人いて、平行世界についての話をしていました。並行世界と
いうのは、日常生活で何かを選択しようとするとき、AとBで迷うような
場合は、Aを選択した世界とBを選択した世界に分かれてしまう。
そういうふうな話なんです。そして、そういう選択の機会は
無数にあるので、並行世界もやはり無数に存在する・・・
「でな、平行世界同士はお互いに行き来はできないんだけど、それだと
つまんないじゃん。だから、その世界から別の並行世界に行くことができる
方法があるって言われることが多いんだ」 「例えば、どんな?」
「うーん、寝る前に飽きたという文字を紙に赤マジックで書いて枕元に
置いておくと、朝、目が覚める頃には自分が平行世界の自分と
入れ替わってるとか」 「えー、それ本当にあるわけ? 自分が並行世界に
来たってどうやってわかるのよ」 「それは・・・違いはいろいろだよ。
例えばそのときの総理大臣の名前が元の世界と違ってるかもしれないし、
もっとつまらない、自分の妹の服の好みとかかもしれない」 「えーでも、
妹の服の好みが違ってるなんて気がつかないよね、普通」
「うん。だから、自分が平行世界に来たことに気づかないまま一生を
終える可能性もあるんだよ」 「他に並行世界に行く方法ってどんなのが
あるかな」 「並行世界エレベーターってのもあるらしいよ。それは
どこにでもあるごく普通のエレベーターなんだけど、ある特殊なボタンの
押し方をすると、目的の階に着いた時は平行世界になっている・・・とか」
「そのエレベーターってどこにあるの?」 「それはわからないんだよ。
外見的に変わったところはないんだ。ただの変哲もないエレベーターだしね。
一つの街に一つくらいはあるって言われてるけど」・・・私はこの先輩たちの
会話を黙って聞いてたんですが、面白いなと思いました。そんなエレベーター、
本当にあるんだろうか。あるのなら乗ってみたいとも思いました。
べつに今の世界に不満があったわけじゃないんですが・・・
で、ですね。私、放課後はアルバイトをしてたんです。
居酒屋で注文を取ったり料理を運ぶバイトですね。週に3日、4時間ずつ
でしたが、お小遣いの足しにはなっていました。それで、上記の
並行世界の話を聞いてから1ヶ月ぐらい後のことです。そのときには、
もうすっかりこの会話の内容は忘れていました。それで、アルバイトが
変わったんです。正確には同じ店で働いてるんだけど、働く場所が変わった
んです。それまで入ってたのは駅前のビルでしたが、再開発のための立ち退きで
場所を移動したんです。新しい店は前の店よりもやや港に近いところに
ありました。で、その初出勤のときです。8時ころでした。場所は前もって
わかっていたので、新しい店に行ったんですが、そこ、雑居ビルの6階だったんです。
その日の2番シフトの時間でした。店に行くには、まず階段でそのビルの
地下まで降りて、そこからエレベーターで6階までいきます。
で、初めて乗るエレベーターだったんですが。作りは普通だったと思います。
そのときに階数ボタンの6を押すはずだったのが、前の店が4階だったので、
最初に4を押しちゃったんです。そこで、あ、違うと気がついて、あわてて
2度押ししました。そうすると消えるので、あらためで6を押し直したんです。
で、店の前に出たのでバックヤードに入ってハッピに着替えました。
それから店長にあいさつをしました。店長は「ああ、場所わかったよね。新しい
店でもよろしく頼むよ」と言ってました。で、さっそく新しくお客さんが
来ました。サラリーマン風の4人連れ。注文を取りにいくと、生ビールが
3つとウーロン茶割りが1つ。それから焼き鳥などの単品のつまみでしたが、
一人が「あ、俺、ニグヴェナの煮つけね」って言ったんです。
初めて聞く料理の名前でしたので、聞き返してしまいました。
「え? ニグヴェナ??」 「そう、ニグヴェナ。今が季節だし脂ものってるよね」
聞いたこともないし、店のメニューにもあった気がしません。わからなく
なりそうなので、メモ紙に「ニグヴェナ」と書いて厨房に持っていきました。
そしてそこで聞いたんです。「ニグヴェナの煮つけって言われましたけど、
そんなのこの店にありましたか?」 「何を言ってるんだ。ニグヴェナはこの店の
名物だし、稼ぎ頭じゃないか。知らないとかありえないだろ」
「えー、でも・・・」料理係はイライラしたようで、「ほらこれだよ」と言って
赤黒い汁に浸かった煮つけの皿を持ってきて見せたんですが、その皿に
のっているのは、蛸とシャコが混ざったような不気味な生物だったんです。
で、こんなことがあってバイトの時間が終わり、「お先に」と帰ろうとしとき、
店長に呼び止められたんです。「何でしょうか?」 「いやね、厨房の人から
聞いたんだけど、君、ニグヴェナを知らなかったんだって?
いやいや、責めてるんじゃないし、怒ってるわけでもない。じつはこの店、
ここの街の平行エレベーターの拠点になってるんだ。これは秘密なんだから、
人には言わないでね。君はたぶんエレベーターに乗るときによけいな操作を
してしまったんだと思う。だから元の世界に戻ったほうがいい。
戻るには地階の前に4の数字を一回押してから、もう一度押して取り消すんだ。
それで元の世界に戻れるから」何を言ってるんだろうと思いましたが、
半信半疑で言われたとおりにしたんです。ええ、着いたのは普通の世界で、
特に違和感なく部屋に戻って、これまで生活しています。
ちなみに、ニグヴェナというものは、
