今回はこういうお題でいきます。昔やっていた「銭形平次」の番組で、
おかみさんが、出かける平次の後ろで火打ち石を
カチカチと打ち合わせていました。

あれは実際にあった風習で、「切り火」と言って、魔除けの一種
だったんです。職人や花柳界の人びと、鳶職や火消しなどに就いている人々が、
これから仕事に出かける際に、切り火をして出かけていきました。

古来、火の神は家を守る最高神とされ、火には、呪術的な魔除けの力が
あるとされていました。切り火は、邪をはらい浄化するための行為と
考えられていたんです。

 

火打袋



大昔は木を摩擦して火を起こしていたと考えられますが、
あれは大変な作業で、弓のようなものを使用しても数十分かかって
いたと考えられます。現代でもアウトドアで火起こしの技術がありますね。

また、出かける際だけではなく、神棚の前で火打ち石を使うことで、
空間の浄化や祈願の意味を込めることもありました。
ここで誤解されやすいのは、石と石を打ちつけるのではなく、

石と金属だったことです。

火打ち石で火をつけるのは、硬い石を鉄の一種で打って火花を出し、
それを油を染み込ませたモグサに飛ばすんですが、まず火花を出すのが
難しい上、うまくモグサに飛びません。ですから、
雨の日など、湿度が高い日は何十分も時間がかかりました。

 

これはすごくたいへん 手がマメだらけになるでしょう



現代人がこの方法にチャレンジした記録がありますが、1時間は
かかっていました。江戸の当時は、慣れた人でも10分ほどかかったそうです。
かなり大変だったんですね。しかし、いくらリアリティを追求すると言っても、

さすがに時代劇でそんなシーンを長々と見せるわけにはいきません。

日本では、江戸時代になると、火打袋というセットが家庭で広く
使われるようになりました。特に水戸地方で生産された「水戸火打」は

その品質の高さから有名だったんです。

火打袋には、火打石(硬い石)と火打金(鉄の一種)、そして火口(ほくち)と
呼ばれる燃えやすい素材が含まれていました。上で書いたように
油を染み込ませたモグサが使われることが多かったようです。

 

火打石と火打金



火打袋は持ち運びが便利なだけでなく、装飾品としても凝ったデザインの
ものが多かったそうです。江戸時代の旅人たちは、腰につけて
持ち歩くことが一般的でした。今でも骨董品として収集している人がいます。

ですから、すぐに火をつけたい場合は種火を用いていました。
煙草盆などがそうですね。また家庭のかまども、火打ち石で度ごとに
火をつけるのは、忙しい朝には大変です。

そこで、かまどの隅に灰にうずめた火種を残しておくのが一般的でした。
ですから、大地震などがあると、かまどが壊れて、その火が
燃え移って大火につながることがあったんです。

 



この火打ち石の技術は現代でもライターに使われていますよね。
発火石を擦って火をつけるものが多かったんですが、今では電気
エネルギーを使って火をつけるものが主流になっています。

明治時代になって、マッチが普及しましたが、マッチも基本的には
摩擦熱を利用しています。擦ることで燐を化学変化させて
火を起こしているわけですね。では、今回はこのへんで。