私、相馬といって、〇〇証券会社の宣伝部長をしています。48歳です。
先日、会社の8階のエレベーター前でエレベーターを待っていたところ、
後ろからポンと肩を叩かれたんです。振り返ってみると、普段は
出社していないはずの社外取締でした。あわてて挨拶をしたところ、
そのまま空いている会議室に連れて行かれました。何が起きるんだろうと
思いました。もしかしてリストラ? しかし仕事上のヘマはしていない
はずだし、会社全体の業績も上がっている。心当たりはまったく
ありませんでした。その会議室の空いたデスクに座った取締は、カバンから
一枚の書類を取り出し、私に渡してよこしたんです。それには、
「特別プロジェクトの一員を命ず」という文言が大きく印刷されて
いました。「これは?・・・辞令ですか?」 「そうだ。この会社では
ごくたまに特別プロジェクトが行われる。たしか会社が創建してから
これが3度目だったはずだ。君は明日から、今やっている業務を外れて、
このプロジェクトの専任になる。・・・断ることはできない。なに、
君にとってこれはいい話なんだ。このプロジェクトの一員になることは
会社の重役への道を約束されたようなもんだよ」こんな説明をされたんです。
寝耳に水でした。自分にできることだろうか? しかし現場叩き上げの
自分にとってはチャンスだろうとも思いました。「喜んでお受けいたします!」
自分はそう答えました。そこで意外なことを言われたんです。「明日からは
勤務はこの本社ビルではなく、横浜埠頭にある会社が借りている倉庫に
出勤してくれ、住所は後で教える。ただし、絶対にタクシーで来るのはダメだ。
マイカー通勤も禁止、必ず電車で来てくれ。それと出社時間は午後の4時とする。
だいたい夜の10時ころまでだなあ」これ、意外ですよね。午後の4時と言えば
銀行も閉まっているし、あんな港で何をするんだろうと思いました。
翌日、朝は出社せず、午後4時に集合できるように電車に乗りました。
そして倉庫までは歩き。倉庫の中はだだ広く、雑然としていました。
デスクはなく、パイプ椅子が10数個。そしてそこに座っていた面々は・・・
会社の各部署の中でやり手と言われているメンバーだったんです。
総務次長、企画課長、秘書室の男性社員・・・その中に一人だけ、まだ23歳の
若手職員が混ざっていました。名前を村木と言い、去年採用になったばかりです。
痩せてメガネをかけ、まだスーツ姿が似合ってはいませんでした。
こんなやつもメンバーに入っているのか? 役に立つんだろうか? 使い走りの
つもりなのか? 本人もひどくとまどっているように見えました。
集まった全員が無言でパイプ椅子に座っていると、やがてライトの光量が増し、
突き当りの一段高くなったステージに社長が姿を現しました。社長は今年
72歳になりますが、めったに会社では会うことはできません。
社長はステージ上で満面の笑みをたたえ、「やあ、こんばんは。こんな時間に
出勤なんて初めてだと思う。前回のプロジェクトは26年前だったので、
もうあれに参加した人はいない。今回、メンバーが初めて顔を会わせる」
社長はそこまで言うと、用意された水差しの水を一息で飲み干し、
「今日はいささか緊張している。このプロジェクトは絶対秘密の集まりなんだよ。
だからこんな場所でやってる。まず全員が、このプロジェクトの秘密を
守ると誓ってくれ。プロジェクトの目的は人道に外れたことだが、会社の
危機でしかたがない。もしできない場合はこの場から立ち去ってもよい。ただし
それは会社を辞めることを意味する」語気強く、こんなふうに言ったんです。
もちろん誰もその場を去るものはいませんでした。そして社長がポンと手を叩くと、
2人の社員がキャスターつきの大型キャビネットを押してきて、ステージの
中央に据えたんです。そして社長が自らの手で両開きになった扉を開きました。
中には・・・石製の異国の像が入っていました。1m半ほどの大きさで、
半裸、たくさんの首飾りや髪飾りの装飾が施されていました。社長が厳かに
「今回のプロジェクトの目的は・・・ある人物の呪殺だ!!」と言いました。
全員の間にざわめきが起こりました。「その人物は敵対的買収をしかけて、
会社の株を取得している。もう70%ほどまで集まってしまった。こうなるまで
気がつかなかったのはうかつだが、株主の中にはわれわれを裏切ったものがいた。
もはや、その人物にこの世から退場してもらう他には方法はないんだ。

それも、あからさまな殺人ではダメだ。すぐにわれわれがやったとバレてしまう
からな。病気や事故など、疑問の起きない形で消えてもらうしかない・・・」
社長はそこでいったん言葉を区切り、「この像はわが社のペルー支店から探して
もらった。プレインカ時代のいけにえの像だよ。たくさんの現地人の奴隷の血が
この像の前で流されている。これを今回の呪殺に使う。いいか、これから
役割分担を発表する」信じられないような内容でしたが、信じないわけには
いかなかったです。あまりに大掛かりだし、冗談でできることではありません。
それからは、いろいろなことをやりました。まずは大量のカラスです。網や
釣り糸を使って、夕暮れ時にねぐらに帰ろうとするカラスを捕まえたんです。
そしてそれらは、像の前にすえられた大皿に積み重ねられました。
何日もそのままでしたので、カラスの死骸は腐敗して嫌な臭いを放ち、
空調をぶん回してもダメで、お香を焚かなくてはなりませんでした。
そして次にやったのは、ターゲットの毛髪を手に入れることでした。これは
難しかったです。というのは、そのターゲットは身辺を警護するボディガードを
雇っていたからです。それに電車を使っての出勤ではなく、
常に運転手つきの社用車を使っていたからです。ですが、理髪店には行きます。
そこに手を回して、なんとか一束の髪の毛を手に入れることができたんです。
髪の毛は大皿の上のカラスの死骸に振りかけられました。その他にも、
細々とした呪殺のための手筈が整えられ、それには3週間近くかかりました。
そして最後の夜です。深夜の2時をすぎていたでしょうか?
像の前にはドロドロに溶けたカラスの死骸の他にたくさんの供物が置かれ、
そして村木が大柄な2人の若手社員に引きずられてきました。
さるぐつわがかまされていました。社長が登場し「村木くんはわが社のために
その命を捧げることを決意してくれました。みなさん彼の尊い意志に
感謝しましょう。さあ、いよいよ呪殺の最後のピースがはまります」村木は
絶望的な様子でもがいてましたが、木製の大きな椅子に縛りつけられました。
その場にいたわれわれ全員に黒曜石製の鋭利なナイフが配られました。
社長が言いました。「村木くんの自己犠牲の精神に感謝し、全員が一刺しずつ
彼の胸を刺すのです。ただし、すぐに死んでもらっては困るので、心臓は避けて
ください。それはトドメととして私がやります」そしてさるぐつわが外され、
狂ったように叫び続けている村木を全員が一刺しずつ刺したのです。大量の血が
こぼれて、カラスの死骸の大皿に入り、嫌な臭いがむっと立ちのぼりました。
村木は最初は一刺しごとに悲鳴を上げていましたが、やがてその声は
だんだんに弱まり・・・社長が最後に左胸を刺して強くえぐると、がっくりと
頭を垂れたんです。ああ、死んだと思いました。やがてたくさん呼ばれていた
ペルー人たちの詠唱の声が高まり、社長が期待のこもった目で像を見つめました。
そしたら、信じられないことに石製の像の目がぱちりと開いたんです。
目は両方とも鮮やかな黄色をしていました。そして首を回すようにして
社長のほうを見ると、とがめるような声で「このいけにえはわが子孫ではないか」
と言ったんです。口が動いたというより、像の内部から声が響いた感じでした。
「え? え?」社長はそう言い、胸をかきむしると、ばったりとその場に
倒れたました。顔から大皿に突っ込んでそのままピクリとも動かず・・・
倉庫内はパニックになりましたよ。結局、社長は心筋梗塞で即死。
会社はターゲットの人物に買収されてしまったんです。
私は社長派ということで、経営陣刷新の際に会社を辞めることになりました。
なぜ今回の呪いが失敗したかというと、村木のやつのひいひい婆さんの父方の
祖先がペルー人の神官の家系だったんです。村木の家系はしっかり
調査がなされたはずでしたが、そこだけ手落ちになってしまっていたんです。
ペルー人の神官の血がごくわずか混じっていたため、呪いが発動しなかった
だけではなく、首謀者の社長に返ってきてしまったということなんです。
それにしても恐ろしいい体験でした。人二人もが死んでしまったのに、
結局、目的は達成できなかったんですね。呪いなんてやるもんじゃないと
思いましたよ。リストラされた私は再就職を目指してるんですが、
同業他社でどこも拾ってくれるところはありません。それにしても村木には
