俺は高田洋一といって、大阪の〇〇大学の4年生だった。

就職の内定ももらっていて、卒論もだいたい完成。あとは卒業するだけ
という状態。だから、その年の9月の連休は、バイトも入れずに
実家に帰省してた。俺の実家は、四国の某県にある〇〇という小さな町。
俺はその日、朝からのんびりと部屋で映画を見てた。高校のときまで
使っていた自分の部屋がそのまま残されていたんだ。
するとノックがして母親が顔を出した。母親は主婦だが、週に3日
スーパーにパートに出てる。いつもは怒ってばかりの母だが、その日は
嫌にていねいな言葉遣いだった。「ねえ、今日暇でしょう。だったら
お願いがあるんだけど」これを聞いて、あ、何か用事を頼まれるんだと
思った、せっかく休んでるのに面倒くさい。

「何だよ」  「あのね、ちょっと遠いけど、お葬式に行って香典を
置いてきてほしんだけど。式に参列することはないから。ただお金を
置いてきてくれればいいからね」うーん、まあそれだけならたいした
ことでもない。「あ、いいよ。場所はどこだい?」  「それがね、
川向うの〇〇地区なの」  「え、そんなとこあったかな。聞いたことが
ないし、場所もわからない」  「過疎が進んじゃって、今だと30世帯も
ないようなとこよ。場所はすぐわかるわ。○○橋あるでしょう。あれを
渡ってすぐ右手の坂を河原のほうに降りってったとこだから」  「ああ。
けど、何で自分でいかないの?」ここで母親は少し言葉を濁しましたが、
「かあさんね。あそこの集落苦手なのよ。区長さんがいるんだけど、
その家族と昔、仲違いしたことがあって」  「葬式には出なくていいんだよね」

「ええ。というか、葬式自体は集落の人間以外は出ちゃいけない決まりなのよ。
その後に宴会をやるはずだから、そこに顔を出してお金だけ置いてきて
くれれば」  「わかった、行くよ。何時ころ行けばいい?」  「葬式が
午前10時からって新聞に出てたから、行くなら12時頃ね」  「わかった。
行くから手間賃をくれよ」  「いいわよ」ということで、俺はその頃愛車にしてた
中古の軽で12時過ぎに出かけた。道はすぐにわかった。大きな橋を
渡り切ると、たしかに右手が坂になっていて、その先にいくつか家があるのが
見えた。バラックというほどではないが、どの家も古びていて、築数十年は
たっているように見えた。それにしても、こんな川の近くに家があって、
増水したときに困らないものだろうか。家自体は数えられるほどだったし、
忌中の札があるのは一軒だけだった。表札を見たら田中さんで、母親から

教えられた名字と一致してた。ここだなと思った。インターホンはなかったので、
「ごめんください。高田です。香典を届けにきました」そう大声で怒鳴ったら、
ややしばらくして「どうぞ」という声がかかった。玄関の引き戸を開けると、
上がりかまちに黒い和装の喪服を着た40代くらいの女の人がいた。
その背後からどっと大きな声が聞こえた。酒のにおいもした。宴会をやってる
ようだった。自分が要件を言うと、女の人は「あら、そうですか。わざわざ
すみませんね。今、集落のみなが集まって食事会をやってるんですが、ご香典は
祭壇に供えていただけませんか」そう言われた。そのときまた、家の中で
ひときわ大きな歓声が聞こえた。思わず、にぎやかですねと言いそうになったが、
不謹慎だと思って止めた。俺のそんな気持ちを察したかのように、女の人は
眉をひそめて「レロレロをやってるんですよ」と言った。レロレロ?

何だろうと思ったが、口には出さなかった。案内されたのは客間のふすまを
外して二間続きにした座敷で、十数人の人が集まってた。右手側に棺桶があり、
その前に小さな祭壇が置かれて、遺影と花、供物が供えられえていた。
遺影はぼんやりしていたが、故人はまだ20代くらいに見えた。
ここいらでは葬式の後に火葬をするんだろう。俺が入っていくと、それまで
騒いでいた参会者が黙って一斉にこっちを見た。俺は両膝をつき、
「△△集落の高田と申します。このたびはご愁傷さまでした。母に言われて、
ご香典を届けに参りました」紋切り型の口調でそう言って、みなが注目する中、
祭壇まで進んで香典を置いた。そして、これでいいのかなと思いながら、
手を合わせえて拝む真似をしたんだ。するとそれまで静かだった座内に
わっと歓声が上がった。見回すと男ばかりで、若い人も爺さんもいた。

たぶん女性は台所で働いていたんだろう。座内から「そうかあ、高田さんか、
よう来てくれた」  「だなあ。川向こうの人がこの集落に来るのは珍しいだよ」
こんなことを言われた。俺が退出しようとすると、「何だ? もう帰るのか?
せっかく来たんだから一杯飲んで行けや」俺が「車で来たので」と断ると、
「じゃあ寿司でもつまんでいけ。それに高田さんならぜひにもレロレロを
やってもらわないと」  「レロレロって何です?」  「うん、何と言うか、
この集落に古くから伝わる踊りみてえなもんだ。故人はこのレロレロの
名人でな。誰か、高田さんのために見本を見せてくれるもんはおらんか?」
「あいよ」そう答えて立ち上がったのは、60代くらいだろうか、酒で顔を
真っ赤にした禿げた爺さんだった。「この後、あんたにもやってもらうから、
ようく見てな」そう言うと爺さんは両膝を曲げ、左右に両手を伸ばした

奇妙なポーズを取ると、そのまま体を前後左右に揺り動かし始めたんだよ。
口からは、やはりおかしな節のついた言葉で「レロレロ、レロレロ、
やっさあ、もっさあ」と叫んだ。「さあ、こんな感じだ。どうだ簡単だろう。
さあさあ、故人のためにも一発披露しておくれ」これを俺が? できるだろうか?
よほど断ろうかと思ったが、俺を見つめる視線に期待が込められているのを
痛いほどに感じた。このまま退出するのは不可能だろう。それで思い切って
さっき見たとおりの動きをやったんだ。「レロレロ、レロレロ、やっさあ、もっさあ」
緊張して声が小さくなっていた。しかし、終わったときには万雷の拍手歓声だった。
「やあやあ、よくやってくれた。故人も喜ぶじゃろう」俺は「初めてやったので
下手で申しわけありません。じゃあ私はこれで」そう言ってほうほうのていで
その座敷を出て、車に乗って逃げるようにして家に戻ったんだよ。

家では台所にいた母親に、「行ってきたよ。香典は置いてきた。あの葬式の場で
レロレロというのをやらされた。あれはいったい何なんだい?」  「え、お前、

レロレロをやったのかい」母は驚いたようだった。「ああ、高田さんならぜひ

やってほしいってことだったから」  「そりゃよくないねえ。温泉に行ってお湯を

浴びて体を流してきなさい」  「え、温泉? なんでだよ」  「いいから早く」
この温泉というのは町でやってる公共施設で、せまいけれど露天風呂もあるし
宿泊や休憩もできる。デイケアセンターでも介護士が老人を連れて行ってるようだ。
「じゃあ行ってくるよ」俺はまた車で町営温泉に向かった。それほど家からは
遠くない。時間は午後4時になろうとしていた。温泉はガラガラで、客は
俺しかいないようだった。これでは赤字だろうなと思った。公営だからやって
いけるんだろう。脱衣所のかごにも衣服はなく、やっぱり俺一人のようだった。

まあそのほうが気楽でいい。湯船で泳いだりもできるだろう。温泉は鉄錆色で
湯の中は見えなかった。俺は10分ほど内湯の湯船につかり、頭を洗ってから
露天風呂に行ってみた。そこは野外で、まわりに竹をたてて葦簀を張ってあり、
外の様子は見えない。露天風呂は湯気が漂っていて視界が悪かった。
俺は体を伸ばして長湯をした。10分以上入って、そろそろ出ようかと思ったとき、、
葦簀の外から「レロレロ、レロレロ」という声が聞こえた。さっき葬式で
聞いたやつだ。誰かがふざけてるのかと思った。「レロレロ、レロレロ」という
声はだんだんに近づいてきて、突然、葦簀の継ぎ目から顔が突き出された。
さっき葬式で見た遺影の顔とそっくりだった。「え、あ、あああ?」
俺が驚いて立ち上がると、そいつは裸の上半身を葦簀から中に入れてきて、
両腕を振り回しながら「レロレロ、レロレロ、やっさあ、もっさあ」と言って

ぱっと消えたんだよ。「え? 何だ今のは?。誰かがいたずらでやったのか?
しかし消えたよな。たしかに消えた」怖かったが葦簀に近づいて外を見た。
見える範囲に畑が広がってたが、誰もいない。隠れる時間があったとは
思えなかった。とにかくそれ以上はいられないので、俺は風呂からあがって
体を拭くのもそこそこに家に戻ったんだよ。そして母親に、風呂であったことを
話した。母親は「ああ、それは死んだ人がお前を見に来たんだろうね。
でも、レロレロをやったから、これ以上悪さはせんだろう」声をあらげ、
俺はもう一度聞いた。「レロレロって何なんだよ?」母親はゆっくりした口調で、
「レロレロはレロレロだよ。説明はできんなあ。古くからのしきたりだ。
死んだ人に、祟らず静かに眠ってもらうための」これ以上のことは何も

わからなかった。あとになって、母親はあの川向うから嫁に来たのだと聞いた。