僕は川村と言って、職業は地方公務員。26歳です。市役所の観光開発課に
勤めてます。給料は民間に比べれば多くないけど、それほど忙しくないし、
土日にきっちり休めるのがいいですね。それで、趣味は読書なんです。今どき

読書なんてって思うでしょうが、映画なんかだといまいち集中できないんです。

ベッドに寝っ転がって読書するのが一番没頭するんです。ジャンルは
何でも読むんですが、一番好きなのはホラーです。それも雨の日なんかに
ウイスキーをちびちびやりながら読むのは最高ですね。で、この間、一冊の本を
買いました。「命じよの像」というタイトルで、作者は室田寛人って人です。
何でこの本を買ったかっていうと、この室田って作家、現在行方不明なんです。
1ヶ月くらい前ですかね。突然姿を消して、奥さんが捜索願いを出したんだけど、
いまだに見つかってないんです。それとね、この人が姿を消す3日前、

この人の秘書というか助手のような仕事をしてた女の子が亡くなってるんです。
まだ現役の女子大生だったんじゃないかな。死因は転落死です。遺書もないから
自殺かどうかはわかりません。それで死の状況がおかしいんですよ。この子が
転落したのは〇〇にある団地の屋上から。でもね、その子と この団地の
つながりがまったくわからないんです。住人も一度も見たことがないって言うし、
何でそこを死に場所に選んだのか。死ぬ動機も不明。卒業間近で就職も決まって

たんです。それにその団地の屋上は普段は鍵がかかって出られないように
なっているし、周囲が1,5mくらいの金網に囲まれてるんです。男でも乗り越える

のは難しいような。で、室田氏の失踪ですからね。これは当然疑われますよ。

だから、警察もかなり本気で人員を出して探してるみたいなんだけど、
まったく手がかりはなし。そんな中で遺作として出てきたのがこの本。

買ったその日から、部屋で読み始めました。出だしは、鎌倉に別荘がある主人公が
朝に砂浜を散歩してて、打ち上げられた海藻の中に埋もれた古びた像を

拾ったんです。20cmほどで、仏像には見えない、かといって西洋のものでもない

木彫りの像。像の背中側に奇妙な文字が彫られてたんです。見たこともない

言葉でした。もしかしたら文字ではなく記号なのかもしれませんけど。ともかく、

古いけれど貴重なもののように思えたので、持ち帰ってきれいに洗い、テレビ台の

上に置いておきました。大口を開けて笑った表情に惹かれるものがあったんです。
するとその日の夜から夢を見るようになったんです。山の中の建物に向かっている夢。それはお寺ではないんだけど、とても歴史がある感じで、しかも厳かな雰囲気も

する。おそらく宗教関係の建物ではないかと思える。でね、入口の門をくぐろうと
するところでいつも目が覚めるんです。起き上がると、全身にびっしょり汗をかいて、

口の中には甘いような味が残っている。でね、主人公は日に日に体重が減って髪も
抜けてくるんだけど、体調は悪くないんです。ある夜、主人公はその像を手にとって、
裏をひっくり返したりしながらそこの文字を見ていた。そしたら、突然頭の中に
言葉が響いたんです。「命じよ」と。「え?」と思いました。命じる?
命令するってことだろうか? この像に・・・そこでためしに「テレビをつけて」
って言ったんです。そしたら一瞬おいてパッとテレビがついた。リモコンには触って

ないし、そもそもそのテレビ、電源も入れてなかったのに。それからは毎日

その像を手にとってあれこれと動かしたんです。そしたら裏に彫られた文字の上を

下からなぞったとき、その状況が発動することがわかったんです。面白く、

また不思議に思った主人公は、いろいろなことを像に命じました。そしてそれ、

すべて叶ったんです。・・・と、ここまで読んで、ホラーとしてはありきたりだなと

 

思いました。室田さんのいつもの作風と違うような感じだし。話はこのあと、

主人公が不倫してる相手に結婚を迫られる。主人公はその女性との関係はもう飽きが

きていたから別れ話を切り出したが、こじれてしまうんです。それで像に、その女性を

この世から消してしまうように命じるんです。そしたらその女性、普段は行った

ことのない駅でホームから線路に飛び込んで亡くなってしまった・・・これ、

どう思います? 飛び降りと飛び込みの違いはありますけど、現実の室田さんの事件に

そっくりじゃないですか? 絶対関連してると思いました。で、その後、主人公は

バス停で倒れるんです。すっかり骨と皮になってましたからね。で、そこにいた人に
救急通報されて病院に行くんだけど、血液検査の数値にまったく異常はないんです。
そうして部屋に戻って、疲れてソファで眠ってまたいつもの夢を見た。そしたら

建物に入れたんです。中も真っ黒い木でできてて、黒光りするほど磨かれてる。

薄暗い廊下をずっと歩いていくと20畳ほどの畳の広間に出た。そこには祭壇が
築かれてて、その像が祀ってある。同じ像なんだけど、大きくなっていて、
全体が2mもある。そして像の前には黒い作務衣を着た人が正座して、何か呪文の
ようなものを唱えてるんです。こちらに背を向けているので顔はわかりません。
でね、その人は主人公に気がついたようで、少しずつ、少しずつ主人公のほうを
振り向こうとして・・・で、唐突に話はそこで終わってるんです。編集部からの
注が載ってました。(この小説は未完です。発見された原稿はここまででした。
この続きはどこにも見つかっていません。発刊しようかどうか迷いましたが、
これまでの室田氏の業績を考え、あえてこの本に収録することにしました)
で、この後には室田氏の以前発表した短編作品が何本か載ってたんです。
・・・これ、モヤモヤするような内容ですよね。続きがどうなるのか気になります。

それでね、少し考えてみたんです。まず、本の中に地名が出てくる
鎌倉の海岸に行ってみたんです。僕は神奈川県なので、鎌倉までは車で1時間も
かかりませんしね。でも、落ちてるものはゴミばかりでした。まあ、当たり前
ですけど。あと、話の中で主人公が行った山もどこか考えたんです。ヒントに
なりそうなことはいろいろ書かれてました。例えば、五合目まで登山道があるが、
そこでしめ縄でが張られて行き止まりになってるとか、上に向かって右に水が

湧き出してて、飲むことができる苔むした岩があるとか。でね、ここじゃないか
っていう候補の山があったんです。そこは登山するような人もいない低山で、
1000mもないと思います。人が来るようなとこじゃないんです。もちろん
山の中にも寺社仏閣や古い建物があるとは聞いたことがありません。
でね、翌週の土曜日、その山に登ってみたんです。そしたらやっぱり道中の


描写は小説とそっくりで、水が湧いてる岩もありました。どうしてもこことしか
思えない。でも変ですよね。ここに主人公が行ったのは夢の中、しかも小説の

話なんだし。登山路の行き止まりのしめ縄を乗り越えて先に進みました。

獣道のような細い道が続いてたんです。その山はある山地の一部で、それらは

連なってるので、もしかしたら別の山に入り込んでたのかもしれません。

草で何ヶ所も手や足を切りながら、どのくらい歩いたでしょうか? 前方に

建物が見えてきたんです。これもまた小説の中の描写にそっくり。玄関で声を

かけましたが、誰もいる様子はない。それで思い切って中に入ったんです。

暗かったです。電気が来てなかったのかもしれません。照明器具は

見当たりませんでした。黒く塗られた木の廊下を進んでいくと、
広間に出ました。低い呪文を唱えるような声が聞こえて、祭壇の向こうに

 

像がありました。そうです。2mぐらいの像が。あの、アメリカ先住民の

トーテムポールってありますよね。どこかあんな感じのする像だったんです。
円筒形の像の先端、頭がついてるんですが顔の部分が削られてました。そして・・・
像の前に座っている作務衣の人物。異様なほど痩せこけていました。その人は
ゆっくりゆっくりとこちらをふり向いて・・・それ、本の著者近影で見たことがある
室田氏だったんです。だいぶ人相が変わってましたが。そしてこう言ったんです。
「おお、やっと代わってくれる人が来たか。私はもう限界だ。これ以上この像に
帰依することはできそうもない。だが、あんたが来てくれた。あの話を書いておいて
よかった。わざと場所のヒントを入れておいたから、熱心な読者でここを見つけて
くれる人がいるだろうと考えたんだ」  「室田さんですよね。ここにおられた

んですか。世間では行方不明ということになっています。ご自宅に戻りましょう」

そしたら室田氏の目がぐるんと裏返ったんです。全部が白目になり、座ったまま、
力なくうつ伏せに倒れました。僕は思わず駆け寄り、その伸ばした手を

握ったんです。冷たい、しなびたような感触でした。「しっかりしてください」
そのとき、別に場所を変えたわけでもないのに、僕は像の前に正座していたんです。
室田氏の姿はどこにもありません。「え? え?」僕は何が起きたのか
わかりませんでした。驚いていると、上の方から咳払いのような声が聞こえました。
思わず見上げると、削られていた像に顔が浮かび上がっていたんですよ。
ぶつぶつと呪文を唱えるような声が聞こえてきました。自分の声です。
像はその顔に、なんとも言えない下品な、こちらの心を見透かしているような

笑みを浮かべ、「お前が代わりか。よいとも、何が望みだ。・・・命じよ」と
言ったんです。いや、それ、もしかしたら頭の中だけに響いてきたのかもしれません。