どうも、山本といいます。歳は29歳。仕事は今は自動車組み立ての
季節工をやってます。まだ独身ですよ。不安定な身分で、結婚なんて
いつできることか・・・それでね、この話、だいたい今から20年も
前のことなんです。当時、僕はもちろん小学生でした。
4年生だったはず。・・・あ、そうそう、このことは最初に言って
おかないといけないですね。両親、小2の妹と僕の4人家族で、
父親は小さな町工場勤務でした。でね、母は入院中だったんです。
その年の始めから頭が痛いと言い出して、病院で検査してもらったら
なんと脳腫瘍だったんです。治すには一か八か手術するしかないって
ことでしたが、その手術も成功する可能性はかなり低いだろうってことで。
で、5月になっていよいよ手術の日程が決まり・・・家の中は重苦しい

雰囲気でしたね。父親は料理なんてできないから、食事は毎日出前でしたし、
妹は髪を編んでくれる母がいなくて、いつもボサボサ頭でした。
でね、手術は4日後の金曜日に決まったんです。でね・・・話は
変わるんですが、学校で新しい遊びが流行ってたんです。学校全体と
いうことじゃなく、4年生の学年の間だけ。その名前が花壇ランでした。
どういう遊びかというと、学校の校舎はコの字型に建っていて、
その中心に中庭があったんです。さらにその中央には高い木があり、
そのまわりを囲むように花壇が作られてたんです。花壇に植えられてるのは
スミレ、グラジオラス、サルビアなんかで、冬以外の1年中どれかの花が
咲いていました。でね、花壇は円形で、円周はせいぜい30mくらい
だったと思います。それで花壇の縁は円筒形の茶色いレンガになってたんです。

花壇ランというのはこのレンガの上を、踏み外したりしないよう
できるだけ早く走り抜けることでした。でも、それって難しいですよね。
スピードを出せば出すほど落ちやすくなる。レンガから足を内側に
踏み外すと花壇の花を踏んでしまうんです。一度だけやってるところを
校務員さんに見つかって怒られたことがありました。あとスピードは、
最初は口で「1,2,3・・・」と数えてたんですが、ずるしてわざと
ゆっくり数えるやつがいて、ケンカになりそうになったんで、
家からストップウオッチつきの安い腕時計を持ってきたやつがいて
それで測ってました。一人3回を人数分走って、合計タイムで勝敗を決める。
1度足を踏み外したら-3秒です。まあ勝ったからって賞品がもらえる
わけでもないんですが、一時期盛り上がってたんですよ。

今思うと花壇の世話をしてる校務員さんには、たまったもんじゃなかった
でしょうね。この遊びは昼休みにもやりましたし、放課後、学校に
残ってやったこともありますよ。面白かったのは、ふだん駆けっこが速いやつが
必ず勝つわけじゃなかったことです。バランス感覚も重要で、足を踏み外す回数が

少ないのことが重要だったんです。でね、僕は母親の手術のことがあったんで、
いつも重苦しい気持ちでしたけど、この花壇ランをやってるときは
そのことをいっとき忘れることができたんです。それで、母の手術の2日前です。
その日も花壇ランをやってたと思います。妹はいっしょに帰ることにしてたんで、
ヒマそうに僕らがやるのを見てましたね。で、その日も出前のピザを食べて、
10時過ぎには寝たと思います。その頃はまだ妹といっしょの部屋でした。
でね、夢を見たんです。最初に目に入ってきたのは赤と黒が混ざったような


不気味な空です。キャンプで炭火をおこしたことがあるんですが、それと
同じような色合いでした。でね、僕は夢の中ですごく高い杭の上に立ってました。
杭は木じゃなく、もっと硬い感触がしました。で、その杭は30mくらいに
何本も隣り合って円を描いてたんです。学校でやってる花壇ランのレンガを
長く伸ばしたような感じです。ただし、踏み外すとどのくらいの高さかも
わからない下に堕ちてしまう・・・始めに、なぜこんなとこにいるんだろう。
そう思い、すぐに これは夢なんだなってわかりました。ああ、嫌な夢だ。
どうやったら覚めるんだろう。そう考えたとき、頭の中に声が聞こえてきたんです。
「さあ、学校の花壇ランのようにここを走りなさい。できるだけ速く。
歩くのは反則だ」でも、怖いじゃないですか。こんなとこを
走って足を踏み外したら下に落ちてしまう。「嫌です」と言ったつもりでした。


そしたら、「ダメだ。どうしてもやらなくちゃいかん。このレンガの下は
地獄に続いてる。だからもし落ちたら現実世界のお前は死ぬだろう」
「・・・・」  「たがそれだと、お前に何もいいことはないか。そうだ、
今度お前の母親が頭の手術することになってるだろう。もしお前が走って
ここを落ちずに一周できたら、お前の母親の命が助かるようにしてやろう。
それでどうだ」この言葉はかなり効きました。それに・・・少しは自信も
あったんです。学校では最近はレンガを踏み外さずに走り抜けられることが
多くなってましたから。それで思わず「やります」って言ってしまったんです。
声は「よしよし、それでこそ男だ」と面白がってるような調子で言い、
「じゃあ行くぞ。ようい、ドン、そら走れ!」僕は出発したんですが、
やっぱり学校でやるのとは勝手が違います。目がくらむような高さですからね。


少し抑え気味に走って、あと3歩か4歩というとき、曲がりきれずにズルっと
落ちちゃったんです。「わああ」叫び声を上げながら落ちて落ち続けて・・・
永遠に続くような感じでしたが、ドフッと柔らかいものに尻もちをついた感触が
あったんです。目を開けるとそこは自分の部屋ではなく、僕は服を着てソファに

座ってたんです。「え?え?」隣には妹と父がいました。それから母の兄・・・

親戚の伯父さんも。そこ、病院の手術室がある階のロビーだったんです。
いつの間にか2日がたっていて、母の手術の日になっていたんです。
今でも信じられませんよ。だってその2日間の記憶はまるでないんですから。
あれ・・・僕、夢の中で花壇ランに失敗して高いとこから落ちたはずじゃ
なかったんだっけか。わけがわかりませんでした。やがて数分して父のスマホが

鳴り、それは母の執刀医からで、手術が終わって現在は麻酔が覚めるのを

 

待っているとこだって話だったんです。みなで手術室に向かいました。

それから40分ほどして、可動ベットに乗せられて母が出てきました。
母は意識はありましたが、まだ朦朧としているようでした。頭はターバンのように
白い布でくるまれ、そこにネットが被せられていました。執刀医は、
「手術はまあ成功しました。腫瘍は残さずきれいに取れたと思います。ただ・・・
これからが本番といっていいでしょう。本人の気力が大切です」こんなことを
言ったように思います。それにしても、僕は夢の中で花壇ランに失敗して
落ちちゃったのに、母が助かったのはどうしてだろうと不思議に思いました。
もちろん父と妹は素直に喜んでましたよ。まあ、こんな話なんです。
そこから母はぐんぐん回復して、20日ほど後に退院したんです。
特に後遺症もありませんでした。でね、学校では花壇ランはまだやってたんですが、


ある日教頭先生に見つかってこっぴどく怒られ、禁止になっちゃったんです。
まあしかたないです。でね、これは関係あるかどうかわからないんですが、
いっしょに花壇ランをやってた仲間が、その1ヶ月後、真新しいピカピカの
スポーツ自転車に乗ってたんです。当時でも20万以上するようなやつ。
「それすげえじゃん。買ってもらったのか?」って聞いたら、「家にそんな金は
ねえよ。夢の中で高い杭の上のようなとこにいて、花壇ランで落ちずにこの上を

回ったら、欲しいものが手に入るって言われたんだ。それで何とかうまく回った。

そしたら、何日か後、前に出してた懸賞に当たったって知らせが来て、
その賞品がこの自転車なんだ」みたいなことを言ったんです。「ええ?」と
思いました、そいつは成功したからもらえたのかもしれないが、じゃあ落ちて
しまった僕の母親が助かったのはどうしてだろう? そう思ったんですよ。