最近やっと涼しくなったので、図書館通いはやめ、公園で過ごすことが

多くなりました。退職しまして、やることがないんですよ。
女房とは早くに死に別れまして、子供らはみな独立しています。
幸い健康の問題は今のところないですので、
しばらくはのんびりした生活を続けられそうです。
もしかしたら、わたしの人生の中では一番いい時期なのかもしれません。
なにしろ悩むことがほとんどないですから。
明日の予定が何もない、というのが特にいいんですよ。
好きな時間に起きて、いいものをちょっとだけ食べ、
気が向いたらぶらりと外へ出る。公園でなくても、サウナでも映画でもいいし、
そうしてるうちに夕暮れがくる。年寄りの1日はあっという間ですよ。

ああ、すみません。関係ないことですね。つい3日前、公園でおかしなことが

あったんです。天気がよく、気持ちよい風が吹いてまして、ベンチに座って、
ぼんやり地面を眺めてたんです。そしたら鳩が数羽来てましてね。
餌やりは禁止されているんですが、子どもがこぼしたのか、
あるいは誰かが巻いたのか、パンくずが散らばってまして、
頭を寄せ合うようにしてそれを食べていたんです。そこらの鳩は人に慣れてまして、
足元まで寄ってくるんですよ。「ああ、今日もいい日だなあ」と思ってましたら、
脇の繁みから黄色い霧が出てきまして。それがねえ、ちょっと変わってるというか、
まず地面を這うようにして動くんです。縦が1mで横50cmくらいの細長い

固まりになって。でね、ガスか何かかと思ってよく見ると、その中で無数の

黄色い粉が舞っていました。1mm以下なんでしょうけど、目には見えたんです。

不思議なものだなあと思う反面、毒があるかもと危惧して体をずらしました。
そしたら、わたしのスネの前を横切り、3羽並んでいた鳩にかぶさって

いったんです。最初のうちは、鳩は気にもとめず餌をついばんでいましたが、
やがて1羽が頭をあげると、急に飛び上がって近くの立木に頭をぶつけたんです。
音がわたしのところまで聞こえてきました。鳩はバサッと樹の下に落ち、
羽を立てた状態で痙攣して・・・これだけじゃなく、2羽目、3羽目も同じでした。
飛び立つ方向こそ違え、やはり自分から目指していったかのように木に激突し、
下に落ちてピクピク。怖くなって立ち上がりました。
霧はまだ鳩のいた地面にとどまっていましたが、ゆっくりと動き出して、
わたしのいたベンチのほうに・・・跳んで逃げましたよ。
離れたとこから見ていたら、ベンチの下に生き物のように潜り込んで消えました。


今年のお盆の話です。実家へ墓参りに行きまして。
妻と息子を乗せて、私の車で。ステップワゴンなんです。
それで実家の父母と私の弟も乗せて墓所へと向かったんです。
田舎なもので、墓は集落からも寺からも離れた山の斜面にあるんですよ。
ええ、集落ごとの墓ですから30もあるかどうか。
斜面に竹の棚を据えつけて、そこへお供えの品を載せるんです。
で、墓には子供の頃から何度も来てまして、車だと10分ほどです。でね、山道に

入ってすぐ、林の中に頭を突っ込むようにして、小型のセダンが停まってました。
えーとアリオンでしたか、トヨタのカローラのひとつ上のやつ。
でね、車は木にあたってなかったので、事故ではなさそうだし、
山菜採りの人のかなって思ったんですよ。

ところが、車の全部のウインドウに中からダンボールが貼られてて、それって

おかしいでしょう。で、もっとヤバイのが、マフラーから蛇腹の太いホースを

伸ばして、車の中に引きこんであったことです。これって排ガス自殺?
そう思ったんで車をできるだけ路肩に寄せて停め、自分だけ降りて

近づいていったんですよ。ダンボールはかなり大きめのを貼り付けてて、
覗きこむ隙間がなかったです。エンジンがかかってて、ドアは開きませんでした。
それでとりあえず、アルミテープでとめてあるホースを蹴って、
マフラーから外したんです。それから携帯で警察に連絡しました。110番に

状況を説明して、ウインドウを割ったほうがいいかどうかも聞いたんです。
そしたら、そのままにしててください、って言われて。
でもねえ、中に人がいたらガスを逃して助かるかもしれないじゃないですか。

だから独断で、手近にあった石をぶつけてリアガラスを割ろうとしたんです。
でも表面が欠けるくらいで。これはだめだと思って、自分の車からバールを

出してきて、思いっきり叩きつけました。ガラスにヒビが入ったところに、

今度は真っ直ぐに突っ込んで。そしたら、割れ目から黄いろい霧が出てきたんです。

有毒ガスだと思って身を避けました。それがね、不思議なことに、ガスは

ひと固まりで空中にとどまってたんです。中で小さな黄色の粉がくるくる回って

いました。その粉が集まって、ガスの形になてたんです。リアの割れ目に

バールを入れたとこのダンボールに穴が開いて人の背中らしきものが見えました。
そうしてるうちにサイレンが聞こえてきて、パトカー、救急車がほぼ同時に

到着したんです。ええ、中にいたのは4人、全員死亡です。排ガスの他に

練炭の七輪も使ってたようで、自分が見つけたときにはもう亡くなっていた

ということでした。黄色い霧は、警察と話してて気がついたときには

見えなくなってましたよ。

〇〇の婆
これなあ、人の名前、仮名にしてもいいんだよな、死人が出てるんで。
8月中のさかり暑かった中のことだよ。俺が郵便局へ用足しに行く途中、
畑に〇〇の婆が出てたんだ。これはいつものことで、働き者の婆さんなんだが、
陽気が陽気で、テレビでも連日熱中症の話をしてた時期だから、
「無理しねえで家さ戻れ」って一言かけていこうと思ったわけよ。
道から外れて畑の畦に入って歩いてたら、婆が急に、持ってたクワを放り出して、
阿波踊みてえな動きをし出したんだ。空中に交互に手をあげて引っ掻くような

仕草でな。「ありゃ、やっぱり暑気中りか」そう思って小走りになったら、
なんか様子がおかしい。婆の顔のあたりが黄色く曇ってたんだ。
うーん、何だかわからんかった。わからんかったが、もしかしたら虫の群れかとも。
ほら、蚊柱みたいな羽虫の集団ってあるだろ。それに包まれてるのかと思ってなあ。

近寄ってみたら虫じゃなかったが、なんかのガスみてえなのが婆の顔を

とり巻いてて、それで近くの丈の高い雑草を何本か引き抜いて、
「〇〇婆、大丈夫か?」そう言いながら、ガスの中に突っ込んだんだよ。
そこまで近づいて、ガスは黄色い粉で出来てるってことがわかった。
砂より細かく、かろうじて目で見えるくらいなのが舞ってたんだ。
雑草の束じゃどうにかなりそうもなかったんで、「婆、しゃがめ」って叫んだ。
ガスは顔のあたりにしかなかったからな。だが、婆はこっちの声が聞こえてねえ

みたいで、手を振り回して阿波踊りを続けてる。それで俺が下に潜って、

婆の野良着を引っ張ったんだよ。婆はたわいなく転んで、そしたら黄色い霧は

まとまった形で、畑の島・・・数本、木のかたまったほうへ流れていったんだよ。

「何だありゃ?」そう聞いても、婆は荒い息を吐いてるだけで、らちがあかんと

 

思っておぶって家に連れてった。おぶさった状態で婆の息がおさまってきたから、
「あの霧どっから来た?」って聞いたら、婆はぼそぼそと、「しらね。気がついたら

頭の回り全部が黄色くなってた。でよう、中に仏様がいた」 「仏様って?」 

「わしもわがんねが、お寺にあるありがてえ仏様みてえな金色の体で。
だけんど顔はわがんねがった。いいもんだどは思ったが、息がでぎねえんで、
ひとまず手で払おうとしでたわげさ」こんな調子だったんだよ。婆の家までは

たいした時間もかからねえし、家には孫の嫁がいて赤ちゃんを抱いてた。〇〇婆に

とってのひ孫だな。わけを話して婆を下ろしたら、感謝しきりでな。俺はそういう

のは苦手だから茶も断り、一言二言話して、また郵便局へと出たわけだ。したら

戻ってくる途中、やけにサイレンがうるさくって、店に入って聞いたら、〇〇婆の

家に来てたんだ。後でわかったんだが、婆が鎌でひ孫の喉を掻っ切ったんだよ。