これ、すげえ昭和の話なんだけど、いいかい。もう40年以上前の、
俺の中学校時代のことだ。当時は、公立の学校は荒れててなあ。
ああ、校内暴力やイジメだけじゃなく、学校同士の喧嘩や
シンナーなんかもあってハチャメチャだったんだ。
原因? さあなあ、日本全国どこもそうだったみたいだから、
まあそういう時代だったってことだろ。高度成長期で、
親たちはガムシャラに仕事してて、子どもに目を向ける余裕が
なかったのかもしれねえな。いや、私立の学校はそんなことはなかった。
だから、俺の中学校の学区では、ちょっと無理してでも私立に行こうって
やつがほとんどだった。だって、公立だとまともに勉強にならんから。
いやいや、授業妨害なんて生易しいもんじゃなかった。

だって、学校の廊下で消化器をぶっ放すやつとか、
バイクに乗ったままで校内に入ってくるやつとかいたんだから。
最初から授業なんか受ける気はねえんだよ。
ああ、中学校のワルの上には暴走族がいたんだ。で、暴走族の上には
地元の組。そいつらがケツ持ちしてるんだから怖いものはねえ。
集金ってわかるかな。例えば、○○先輩の彼女が妊娠したから中絶費用だって、
ワルどもが中学校の生徒から、1人100円とか200円集めたり、
そんなこともあったな。ああ、でな、俺が中3のときに同級だった、
近田ってやつの話なんだ。こいつがあぶねえやつでなあ。
不良のグループとかに入ってるとかじゃねんだよ。
いつも単独行動。ふつうは、そういうやつは気に入らねえって、

呼び出されてヤキ入れられたりするんだけど、近田にかぎって、
そういうことはなかった。一つは、さっきも言ったけど、
本人が何しでかすかわからねえ雰囲気があってな。ポケットにカッターナイフ
何本も入れてて、ヒマなときにはそれを出して、
ニカニカ笑いながら刃をカチカチさせてるんだよ。なあ、やべえだろう。
あと、こいつ、中2のときに鑑別所に入ってるんだよ。
学校外での事件みたいだったから、はっきりとはわからねえが、
噂では大人にかなりのケガをさせたみたいだった。
何で少年院に行かなかったかっていうと、近田の親父が家裁の審判のときに
弁護士を立てたからみたいなんだな。それで、保護観察処分になった。
けど、本人はそんなのまるで気にしてなくて、態度は一つも変わらなかったよ。

でな、近田の親父の話が出たけど、親父も町ではすげえ恐がられててな。
いやいや、ヤクザではねえんだ。砂利採集と生コンの工場を持っててて、
大型トラックがたくさん出入りして、従業員もみな柄が悪くてなあ。
その親父は2回見たことがあるけど、真っ黒に日焼けして、

プロレスラーみたいな体つきだったんだよ。で、俺らの3年の

担任は女の先生だったけど、妊娠がわかって途中で産休に入った。

これ、今から考えれば、俺らの担任をやるのが嫌で、
計画的に子どもをつくったんじゃないかって思う。
で、学年主任が臨時に担任をやることになった。
そいつは体育の教師でやる気もあったが、近田とソリが合わなくてなあ。
まあ、近田が授業に出てるときは、教科書も何も出さないで、

机の上に足、投げ出してるだけだったから。
あるとき、そうやってる近田をその先生が注意したら、
近田はポケットからカッター出して、カチカチさせ始めた。
そしたらその先生が「お前、そうやってると次はホントに少年院だぞ」
って言って。それで近田がキレた。といっても、先生に向かってたんじゃなく、
イスをふり上げて教室の窓を割り始めたんだよ。俺らのクラスのを全部割ると、
授業中の隣のクラスに行ってガチャン、ガチャンって音がし始めた。
まあ、近田なりに、人にケガさせるのはマズイってわかってたんだろうな。
男の教師が何人も止めにいって、近田は暴れるだけ暴れまわって。
で、しばらくして近田の親父が学校に来たんだよ。先生らが連絡したんだろうな。
親父は近田を見つけると、首根っこをつかんでビタンビタン床に叩きつけてな。

それから、ぐったりした近田を肩に担いで家に連れて帰ったんだよ。
その後、2週間ほど近田は学校に来なかった。まあ、俺らは平和でよかったんだが。
休んでる近田の机の中が、配られたプリントでいっぱいになって、
誰かが届けに行かなくちゃいけなくなった。で、近田の家の工場に一番近かった
のが俺だったんだよ。ウワー嫌だなって思った。けどしかたなく、封筒につめられた
プリントを持って近田の家に向かったわけよ。行ったら、呼び出しとか押さないで、
郵便受けにそれを突っ込んでくるつもりだった。で、工場まで来たんだが、
大型トラックがいっぱい停まってて、あちこちにプレハブの建物があって、
人が住んでるのがどこなのかもわからなかった。しばらくうろうろしてたら、
「あうー、あうー」ってくぐもった悲鳴みたいなのが聞こえてきてな。
それ、金属のシャッターが降りてる大きな建物の中からだったんだよ。

で、シャッターには隙間があったから中をのぞいてみたんだ。そしたら・・・
近田がいたんだよ。裸で、グルグル巻きに縛られてた。
そのまわりに、近田の親父と、あと作業服の男が2人、
それから坊さんが4人いたんだ。ああ、黒い衣を着たお寺の坊さん。
あと、大きな犬が一匹いた。何やってるんだろう、
ってずっと見てたよ。そしたら、「あうー」って叫んでる近田が、
縛られたまま転がされて、その上に布団が何枚も何枚もかぶせられてた。
そんときは「ああ、近田、殺されるんじゃないか。それで坊さんが来てるんだろう」
そう思ったよ。布団の下で暴れてる近田を4人の坊さんが取り囲んで、
手に持ってるヘラみたいなのでかわるがわる叩き始めた。でも、ヘラは細いし、
そんな力も入ってないみたいだったんで、あれでケガすることはないと思ったな。

でも、そうしてるうちに布団はだんだん動かなくなり、
代わりというか、棒に短いヒモでつながれてた犬が、それまでおとなしかったのに
キャンキャンと騒ぎ始めた。坊さんらは声をそろえてお経を唱えだしてなあ。

見てた時間は10分くらいだったと思う。終わり頃には犬は狂ったように

跳び上がって、ヒモで引き戻されて、地面に叩きつけられる。で、坊さんらが4人、

そろって布団の上を打つと、犬が「キャゥ~~ン」ってひときわ大きな声で鳴いて、
地面に倒れて動かなくなった。それから、作業服の男たちが、重なった布団を

はがしていったら、うずくまって震えてる近田が出てきたんだが・・・
肌の色が真っ白に変わってた。それから近田は、うずくまった姿勢のまま、
じりじりと親父の前に出てって、土下座の姿勢になった。
んで、女みたいな声で「お父さま、私が悪うございました」って言ったんだよ。

そこまで見て、俺はその場を離れた。それから工場内をしばらくウロウロして、
でもやっぱ、どこが家なのかわからなくて、
人のいないプレハブの事務所みたいなとこを見つけて、戸のすき間に封筒を
押し込んで家に帰ったんだよ。ああ、工場で見たことは誰にも言わなかった。
なんか改めて考えると、実際にあったことだって思えなかったし、
それに怖かったんだよ。でな、それから2ヶ月ほどして、
もうすぐ夏休みってときに、近田が学校に出てきたんだ。
車で送られてきたと思う。でな、教室に入ってきた近田を見て、
クラス中がぎょっとした。まず、頭がツルツルの坊主になってたし、

体もすごい痩せて、色が真っ白くなってた。そんときに、

俺は、ああ、工場で見たのはホントにあったことだって思ったんだよ。


それからの近田は、借りてきた猫みたいにおとなしくなってなあ。
相変わらず、授業で教科書類は出さないんだが、妨害めいたことはいっさいしない。

ただ背筋を伸ばしてイスに座って黒板を見つめてるだけでな。人とは話をしないし、

掃除当番なんかもやらない。学校が終わる時間には迎えの車が来てて、

それに乗って帰っていく。すごく手のかからないやつに変わってしまったんだ。

夏休み後も同じだった。俺らは高校進学が近づいて、だんだんに進路が

決まっていくやつが多くなったが、近田の親父は、家の仕事をやらせるからって

言って、三者面談にも来なかったみたいだ。まあ、これで話は終わり。

・・・なんかなあ、あんときのことを考えると、変な例えだけど、

近田が無理やり脱皮させられたみたいに思えるんだよな。それから、町で近田を

見かけた者はいない。死んでなけりゃ、今もあの工場にいるんじゃないかと思う。