今、高校3年で来年就職予定です。
これは約1ヶ月前のことなんだけど、農業用の溜め池で事故があった。
事故というか、自殺ということで決着したんだけど。
その溜め池は大きくて、周囲は3kmくらいはあるんじゃないかな。
まわりはそんなに高くない堤で、自然の池を改修したものらしい。
堤はサイクリングロードになってて、
ほとんどの場所を水田が取りまいてるんだが、
一区画だけ、林にかかるところがあるんだ。
なんでその林を残したのかわからないけど、クルミや楢の太い木が多くて、
うっそうと暗い感じなんだよ。
自転車で通る人も、夏場なんかは涼しいのに、


その一画を過ぎるときはかえってスピードをあげるんだ。
なんだか薄気味が悪くて。
これは、そこが心霊スポットと呼ばれるのを知ってるからなんだと思う。
コンビニで前に売ってた「全国心霊地図」というムックに載ってたりしたんだ。
で、あんまり大きな声で言っちゃいけないかもしれないが、
そこが心霊スポットとされたのは、俺に原因があるかもしれないんだよ。
小学校のとき、たまにそこを通ったりすることがあって、
いつも不気味な雰囲気だったんで、学校で幽霊を見たって話をしたんだ。
堤を池側に下りると10mほどで水際なんだが、
ススキが生えてて岸までは近づきにくかった。そこで夕暮れ時、

池から顔を出している泥だらけの男を見たってクラスで話した。


泥まみれの手をあげて、こっちに向かっておいでおいでをしたって。
もちろん嘘なんだが、俺の他にもそんな話を作ったやつがいたのかもしれない。
その林の木では何人も首吊りをしてるって話もあったから。
そうやって尾ひれがついて、町中に少しずつ広まっていったんだと思う。
そして本に載って一気に有名になり、わざわざ訪ねてくる人まで出てきた。
でもじいちゃんは、昔からそこで亡くなった人なんて聞いたことがないって

言ってた。で、亡くなったのは40代くらいの男性で、民間会社の人。
なんでもその溜め池が小水力発電に使えないか、
町からの以来で調査してたそうなんだ。
それが臨時に借りてたアパートに戻ってこず、
早朝ウオーキングの夫婦が林を通りかかったとき、


その人がうつ伏せで水面に浮いてるのを見つけたんだ。
こっからは噂話だけど、警察はまず事故の線を消した。なんでかというと、

その人の自転車がきちんとスタンドをかけたままで立っていたから、
誤って落ちたのではないだろうってこと。
それと、溜め池の林の近くに住んでいる人から証言があったらしい。
夜7時過ぎくらいに、「嫌だ!嫌だ!」と大声で叫ぶ声を聞いたって。
これはうちの詮索好きの母親がその人に直接聞いてきたんだから間違いないよ。
そのことはもちろん警察に話していて、それで殺人事件の可能性も考えたみたい。
だけど男性は溺死で、その他に体の傷はなかったし、
ポケットに遺書らしきものが入ってた。これも母親の話だけど、
小さいメモ帳をちぎったのに「もう嫌だ」と書かれてあったらしい。


それと、男性が倒れてた場所は深さが50cmもなかったんだって。
・・・俺が小学生のときの、泥だらけの頭が出てたってのは違ったことになるな。
で、結局自殺ということで決着したんだ。
それから2週間くらいして、友人と2人でその場所を見に行ったんだよ。
もちろん暗いと怖いから日曜の昼間に。
林に入っていくと昔から知ってるとおり暗くて、夏なのに肌寒ささえ感じたんだ。
もう立ち入り禁止ロープとかはなかったが、サイクリングロードの脇に

花束やジュース缶が供えられていて、場所はすぐにわかった。
下まで見にいったけど、水は泥色でどのくらい深さがあるかもわからなかった。
そのとき、友人が「あれ、なんか白いものが沈んでる」って言った。
見ればたしかに、けっこうな大きさの白いものが泥に埋まってたが、


水が濁ってて何だかわからなかった。
「おーい、君たち」背後から声をかけられてドキッとした。
ふり向くと、30歳くらいの男の人が立ってた。
その人は自分はルポライターだと名乗り、「心霊スポットと言われる

場所で亡くなった人が出たと聞いて取材に来た」と言った。
それから、その場所のうわさ話なんかいろいろ聞かれたが、
自殺した人については噂以上のことは話せなかったな。
俺が「水の中に白いものが・・・」と言うと、「ああほんとだ、何だろうね」と、
林の中から長い木の枝を拾ってきて、俺らが片手を引っぱり、
ライターの人が身を乗り出して枝を下にこじ入れて持ち上げた。
上がってきたのは、白い発泡スチロールの箱のフタだった。


港で魚を入れるようなやつ。
「なんだ、ゴミか」と俺は思い、ライターの人も枝を抜こうとした。
そしたら枝の上でくるりとフタがひっくり返り、
裏の側に赤い大きな字が書いてあるのが見えた。字の一つが15cmもあって、
「嫌 だ」と書かれていたんだ。
ライターの人は「うっ」と息をのみ、フタは水に落ち、沈まないで浮いていたんだ。
そっからなんとなく言葉少なになり、俺らはあいさつしてライターの人と別れ、
その後友人と遊ぶこともなく、家に戻ったんだよ。
その夜、就職が決まって勉強することもないんで、11時過ぎには寝た。
「ガッシャーン、ドン」と大きな音で目が覚めた。
通りに面したガラス窓が割れたようだった。


2階まで誰かが石を投げ込んだんだと思った。
割れた窓から怒鳴り声が聞こえてきた。
最初は何を言ってるかわからなかった。また石を投げられないように、

部屋から出て暗い廊下の窓から下を覗いた。街灯の下に

真っ黒な人が立っていた。そいつは白い板を両手に持って振り回しながら、
「嫌だー、嫌だー」と大声で怒鳴っていた。昼に見た

池の発砲スチロールのフタじゃないかと思った。怒鳴り声はしばらく続いた。
「何だあんた、警察を呼ぶよ」下で父親の声がした。縁側から叫んでるんだと

思った。そいつは弾かれたように板を投げ捨て、走って逃げていったんだよ。
階下に降りると、親父が外に出て板を拾ってたんで、俺も続いた。
間違いなくあの池で見た発泡スチロールで、「嫌 だ」と書かれていたが、


昼とは違って、字は両面に増えていたんだ。
スチロールの一方の両端が、強い力で握りつぶされていた。
結局警察を呼ぶことになった。俺の部屋からは20cm大の石が見つかり、
通りから投げ込んだのなら、信じられない力だと思った。石もスチロールも

警察が押収して持っていき、朝まで警官が一人家に前にいてくれた。
その朝、あの溜め池の同じ場所で男の水死体が見つかった。
前の人とまったく同じ死にかたで、俺らが話をしたライターの人だったんだよ。
どうやら「全国心霊地図」の出版社から派遣されてきたみたいで・・・

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