さて、今回も妖怪談義をしつこく続けます。取り上げるのは、
「百々目鬼 どどめき」。これ、自分はほぼ完璧にわかりました。
ここまで読み解くことができるのは珍しいんですが、たくさんの内容が
何重にもかけられています。まず、下の石燕の絵をごらんください。



川べりの道のようなところに、布を被った人物が立っていて、顔はわかりませんが、
着物からすると女のようです。左の袖をたくし上げて腕を出していますが、
その左腕にはたくさんの目が並んでいます。あと、画面の左上に鳥が
2羽飛んでいますが、これらにはすべて意味があります。

詞書は、「函関外史(かんかんがいし)云(いわく) ある女 生れて手長くして
つねに人の銭をぬすむ 忽(たちまち) 腕に百鳥の目を生ず 
是(これ)鳥目(ちょうもく)の精也 名づけて百々目鬼と云(いう)
外史は 函関以外の事をしるせる奇書也 一説に どどめきは 東都の地名ともいふ」

訳してみると、「『函関外史』という本には、ある女が、生まれつき手癖が悪く、
いつも人の銭を盗んだので、腕に百鳥の目ができてしまった、とある。
これは鳥目(江戸時代の銭)の精である。その名を百々目鬼と言う。
この『函関外史』は、箱根の関所の外のことを書いた珍しい書物である。
一説には、東のほうの地名に「どどめき」というのがあるらしい。」

鳥目(寛永通宝)


『函関外史』の「函関」は箱根の関所のことです。この名前の本は現存して

おらず、石燕が、わざわざ「奇書だ」と断っているあたりが怪しいですよね。
他の妖怪研究家もそう思ったようで、この本自体が、
石燕の創作である可能性が指摘されています。
自分も、これは洒落でこしらえた存在しない本だと思います。

さて、「百々目鬼」の正体の一つ目は「盗癖と刑罰」です。だめだと

わかっていても、ついつい人の銭を盗んでしまうのが盗癖。現代でも、

お金は十分持ってるのに、スーパーで万引きしてしまうなどという話は

よく聞きます。一種の精神的な病気で、窃盗症という病名がついています。

江戸時代の銭は、真ん中に四角い穴が空いていて、
それが鳥の目に似ているので、鳥目(ちょうもく)と言われました。
江戸時代の窃盗は、ご存知の方もおられるでしょうが、10両以上を盗むと死罪、
それ以下は、入れ墨の上に追放となる場合が多かったようです。

入れ墨の刑罰


で、この腕の目は、窃盗犯の左腕に入れられた入れ墨を表している可能性が

あります。また、わざわざ『函関外史』という本を出してきたのは、盗みをした

者は箱根の外に追放、所払いになるという意味があるのかもしれません。
ということで、人の銭を盗んだらそうなるんだよ、といういましめの内容です。

次に、「百々目鬼」の正体の2つ目は「皮膚病」です。
石燕の絵の上部に飛んでいる鳥は、目=眼(がん)=雁(がん かり)
なんじゃないかと思います。で、そのものずばり
「雁瘡 がんかさ がんそう」という皮膚病があるんですね。

「月に雁」歌川広重


これは湿疹性のもので、治りにくく、ひどいかゆみがあります。
渡り鳥の雁が飛来するころにでき、去るころに治る(癒える)ので、この名が
つけられました。俳句では「雁瘡癒ゆ がんそういゆ」というのは、秋の季語です。
「 雁瘡を 掻いて素読を 教へけり 」(高浜虚子)腕に鳥の目のように

皮膚病ができて、痒くて掻いている様子を表しているわけです。

まだあります。「百々目鬼」の正体の3つ目は「土留 どどめ」。
土留は、江戸時代だと、ゴロタ石を積んで、崖や岸辺などが崩れないように
するためのものでした。石燕の絵で、川べりが舞台になっているのは、
まず間違いなく、この土留を意識してのことです。

下に画像をあげておきますが、土留の丸石が並んでいる様子が、絵の、

腕に並んだ目に似ていると思いませんか。石燕は、詞書の最後に地名の話を
出していますが、「百々目鬼 どどめき」という地名の場所は、
この「土留」があることからきている場合が多いんです。

現代の土留


さてさて、ということで、「百々目鬼」とは、
「盗癖」 「皮膚病」 「土留」が複合した意味を持つ妖怪です。
石燕の妖怪画は、「さあどうだ、お前に これがわかるか?」という謎かけですので、
いわば、江戸の妖怪絵師と時空を隔てた勝負をしてるようなもんです。ですから、

かなり明快に読み解くことができると気分がいいんですね。こういうことが

あるから、石燕の妖怪研究は楽しいんです。では、今回はこのへんで。