山本と言います。今、高校3年生です、よろしくお願いします。
これ、私が中1年のときにあったことなんです。
ええと、あんまり人前で話すのは得意じゃないんで、
あっちこっち飛ばないよう、できるだけ起きた順番に話していきます。
理科で、瀬田先生っていう男の先生がいたんです。
担任を持たないで理科だけやってる。その先生がゴールデンウイーク中、
外国に出かけてて病気になっちゃったみたいなんです。
で、日本に戻ってきて療養してるって、当時の担任がそう話しました。
詳しいことはよくわかりません。結局、その先生は復帰しないまま
学校を辞めちゃったので。担任じゃなかったから、見舞いに行ったって
生徒もいないと思います。それで、理科の時間は自習が続いてたんですが、

6月の始めから新しい先生が来られることになりました。いちおう
みんな注目してはいました。うーん、優しいか厳しいかというより、
気楽に授業を受けられるかです。あと、宿題を出すか出さないかも。
来られたのは、汀先生という女の講師の先生でした。
年齢は、当時はよくわからなかったです。今だったら、たぶん30代と
わかるんですが、汀先生の顔が・・・仏像にそっくりだったんです。
社会の教科書に載ってる中国から来た仏像。ええと、アルカイックスマイル
って言うんじゃなかったかな。口が横に広がった にま~って感じの。
顔にはシワとかはなくて、髪型も仏像に似てたんです。
だから男子はさっそく、仏像ってアダ名をつけてましたが、
そのまんまですよね。授業は上手だったと思います。

話し方もよどみなかったし、とにかく実験、実験でした。
実験は班に分かれてやるんですが、失敗する班が少なかったんで。
前の瀬田先生のときは、上手く行かないことも多かったんです。
怒ったりすることはほとんどありませんでした。見たのは1度だけですね。
うちらのクラスに、タコぼんってアダ名の男子がいたんです。
小学校も一緒でよく知ってるんですが、体が小さくてあんまり物を
しゃべらない、勉強のできない生徒。勉強は私もできなかったんで、
大きなことは言えないんですけど。たしか名前が高志だったはずです。
それで最初はタカぼんと言われてたのが、タコぼんになった。
イジメられて・・・はいなかったと思います。たたかれたりとか、
物を隠されたなんてことはなかったです。

無視ともまた違うんですけど、みんなに相手にされてなかったっていうか。
だって、中学生が興味を持つような話題って何も知らなかったし、
そもそも自分から人に話しかけなかったから。あ、掃除の水くみとか、
嫌な仕事はよく押しつけられてました。やっぱイジメだったのかも
しれません。で、たしか酸性とかアルカリ性とかの実験だったと思います。
ええと、メスシリンダーだっけ、細長いガラスの筒がありますよね。
実験が終わった後、そのグループでタコぼんが全部のそれを
洗うのを押しつけられて、割っちゃったんです。で、グループの
メンバーがタコぼんのことを責めたら、それ見てた汀先生がすごく怒って。
そのグループの全員を正座させ、一人ひとりに自分の役割分担を
言わせたんです。全部をひととおり聞いてから、

「あなたたち、面白そうなことだけ自分たちでやって、大変なこと、
面倒なことは高志君にやらせようとしてたでしょう」って。
そのとおりなので、誰も一言もなかったです。そのときの汀先生は、
口調はていねいで、顔もいつもの仏像みたいなんだけど、
それがかえって すごく怖い感じがして、みんな汀先生の授業は
素直に受けるようになったんです。それで、ここから先は、
いろいろ不思議なことを話しますけど、全部本当にあったことなんです。
汀先生が来て、2度めの授業のときです。理科の準備室から
水槽を出してこられて。大きいものじゃなく、30cm四方くらいのやつ。
水は入ってなく、下にワラが敷かれて木の枝が斜めに渡してあり、
そこに真っ白いマユがついてたんです。大きかったです。

カイコのマユは見たことがありますけど、あの3倍か4倍くらい
ありました。汀先生は、「これ、外国産のチョウのマユなの。
私がこの学校にいるうちに孵化するといいですね。すごくきれいなのよ」
こんなふうに言って、教卓の後ろの棚に置いたんです。
それで、ずっとそこにあったんですが、さっき話したシリンダーのことが
あってから、タコぼんが世話係に任命されたんです。どういう世話を
してたのかは、最後のほうで話します。あと、実験が早く終わって
授業時間があまるときってありますよね。でも、実験だから
準備してなくて次に進むことができない。そういうとき、汀先生は
「みなさんの手際がよかったので、まだ時間がありますね」と言って、
スライムをつくるみたいな簡単な面白実験をやって見せてくれたり、

あと、外国の話なんかもしてくれました。インドネシアという国で、
先生が大学を卒業してからしばらく住んでたみたいです。それで、
1回だけ、これもすごく変なことがあったんです。汀先生は「まだ10分
くらいありますね」そう言ってみんなを席に座らせると、
U字型の磁石に糸をつけたのを出してきて「これをよく見て」と言いながら、
ユラユラ揺らし始めて・・・そこから記憶がないんです。気がつくと
自分の教室に戻ってました。これ、私だけじゃないんですよ。
その後、誰に聞いても、「あれ、磁石が揺れてるのを見て、その後の
ことは覚えてない」って言ったんです。で、その日の給食を全員
残したんです。担任が「今日はみんなの好きなスパゲッティなのに、
どうしてこんなに残るんだ」って不思議がってたのを覚えてます。

はい、マユの話ですね。だんだん白いマユが赤くなっていきました。
きれいな赤じゃなく、赤黒い感じでした。タコぼんは部活に
入ってなかったので、放課後はすぐに帰宅してたのが、
世話係になってからは毎日、帰りに理科室に寄ってるみたいでした。
汀先生は担任じゃないので、給食のときだけ職員室で食べて、
あとはずっと理科室で実験の準備をしてました。あれは、汀先生が来て
2ヶ月くらい後のことです。私はバレー部だったんですが、
練習中に急にお腹が痛くなってトイレに行ったんです。体育館の
トイレだと恥ずかしいので、一番近い理科室のある棟の。で、トイレを
すませて出てくると、タコぼんが理科室に入ってくとこでした。
ドアがピシッと閉められて、でも、背伸びすれば中の様子は窓から

覗けたんです。いえ・・・見たいってわけじゃなかったんですけど、
どうしてなのかな、自分でもよくわからないんですが、ちょっとだけ
覗いてみたら・・・タコぼんが水槽を教卓の上に持ってきて、
上ブタを外しました。それから腕まくりをしたら、左手の手首に
白いものが巻かれてたんです。それをほどいて、カサブタを引っかいてる
みたいでしたが、血がポタポタとマユの上に落ちたんです。
タコぼんは無表情で、そのすぐそばに汀先生が立ってて、あの仏像の
ほほえみで見てたんです。私、そこでとても怖くなって、音を立てないよう
そっとその場を離れていきました。たぶん気づかれなかったと思います。
その後教室で、タコぼんの腕を注意して見てたら、やはり左手首に
テーピングが巻かれてました。これで汀先生の話はだいたい終わりです。

3ヶ月して、汀先生の任期は終わりになり、別の理科の先生が来られました。
その先生は講師ではなく、次の年も学校にいました。マユはドス黒くなってて、
汀先生は「残念ですね。この学校にいるうち孵化にならなくて」そう言って、
持って帰られたんです。最後はタコぼんの話です。背がクラスで一番前
だったのが、その年のうちに急に背が伸びて、2年生になったときには
新しいクラスで最後列になりました。勉強もすごくできるようになって、
どの授業でも発表するし、優等生になっちゃったんです。みんな、その
変わりようにびっくりしてました。でも、テレビとかの話題を知らないことや、
自分から人に話しかけないのは同じでしたけど。で、3年生になって進路を
決めるとき、タコぼんはインドネシアの学校に行くことになったんです。
それ以来一度も会ってないし、もう日本には戻らないのかもしれません。

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