今から話しますけど、これねえ、意味わかんないと思うんですよ。

俺自身が意味不明ですら。ただ、もしわかるんだったら、これからまだ

危険があるかどうか教えてもらいたいと思って。まあ、いきさつはこうです。

去年ね、会社で昇進しまして。給料はそんな上がんないんだけど、
責任が増えて忙しくなった。新しくできた部下もあんま使えないやつばっかしで。
だからサービス残業が続いて、疲れがたまってたのは確かです。
ブラック企業? うーんでも、今はどこもこんな感じでしょ。

その日も、終電間際まで残って仕事してたんです。で、駅まで走って

電車になんとか間に合って。その車両は俺以外は2人だったと思います。

どっちもクタッと寝てました。離れたとこに座って、俺も寝るつもりだったんです。
終点じゃないけど40分以上乗るから。乗り過ごしたことはないです。

座ったとたん、あんのじょう意識が飛びました。電車の中は暖房が効いてて、
寝ながら汗かいてました。で、なんか首のまわりがチリチリしたんです。
うーんどう言えばいいかな。毛糸のとっくりセーター着てるみたいな感じかなあ。
すごく痛いってわけでもなかったです。それで目が覚めまして、

薄目を開けたら、真向かいの席に俺が座ってたんですよ。そんときの俺と

同んなじ服着て。「え!」と思ったけど、体がだるくて動きませんでした。

向かいにいる俺はバッグを抱えてうなだれた姿勢で、それも同んなじで。
いやいや、窓に映ってたってことはないです。
それだとぼんやりしてるだろうし、せいぜい頭だけでしょ。
体全体が見えるなんてありえないじゃないですか。なんとか立ち上がろうとしたら、
その向こうの俺の頭がボロッととれて床に落ちたんですよ。

血が吹き出たりってことはなかったんですが、ドンという音がしたのは覚えてます。
でね、俺の首は通路を横切って転がってきて、俺の足元でフッと消えました。
「あ、ああ?」また向かいの座席を見たら、
そのときには俺そっくりの姿はなくなってたんです。
うーん、まあね、これだけだったら夢だと思うでしょうね。実際そう考えて、
マンションに戻るころには納得してたんです。
疲れてるし、仕事のプレッシャーがきついから変なものを見たんだろうってね。
だから翌日は早く帰るようにしたんです。それでも定時を1時間過ぎてましたけど。
あんまり食欲がなかったから、ワイン飲みながらチーズをつまんで、
その後に銭湯に行ったんです。これがねえ、不思議なんですよ。
今のマンションに越してきて、銭湯なんて行ったことないし、

行こうと思ったことさえないんです。でもね、街の中である場所は知って

ましたんで、タオルだけ持ってふらふらと・・・これってやっぱ、誘われたって

ことなんでしょうかね。そこの銭湯は純和風のとこで、風呂自体は広くて気持ち

よかったです。体洗って湯船に浸かってたら、70過ぎに見えるジイサンが

歩いてきて、すぐ隣に入ったんです。白髪の角刈りで、職人というか、若いころは

鳴らしたヤクザ者って感じがしました。肩のとこに肌色の大きな膏薬が貼って

あって、その下に色味が見えたんです。刺青を隠してるんじゃないかって

思いました。だからさりげなく横向こうとしたら、話しかけられたんです。
「ようあんた、さっき体洗ったときに首まわりよく見たか」って。
何を言ってるのかわかんなかったですけど、ジイサンは続けて、
「あんたよう、首取られそうになってるぞ。赤い筋が入ってる」

「え、俺の首ですか?」 「おうよ」でね、もう一度洗い場に行って鏡を見たら、
確かに首のまわりぐるっと、銅線みたいな赤黒い筋が取り巻いてまして。
背中のほうは見えなかったけど、一周してる感じでしたね。

いや、ネックレスなんてしてません。痛みがなかったんで気がつかなかったと

思うけど、前日の電車の中のことはすぐに思い出しました。そしたら

ジイサンがやってきて、「あんたねえ、人に恨まれてる覚えとかねえかい。

首に輪っかかけられてるが、それは悪いもんだ。
最近に、首がとれる夢とか見なかったか?」親身な口調でこう言われたんで、
「ああ、見た気がします」と、電車の中の話をしたんです。
「はああ、やっぱりな。で、恨まれる覚えは。女関係とか?」
「いやあ、ないつもりですけど・・・ 女関係はここんとこまったくないですよ」

「じゃ仕事関係かねえ。あんたもう二度ほども首取れる夢見ると本当に

死んじまうぞ」ぞっとして指で首まわりを触ると、線はちょっと盛り上がった

カサブタみたいでした。ジイサンの言うことを信じたわけじゃないけど、電車で

見た夢がわかるのは不思議に思いました。それで「どしたらいいんですかね?」

って聞いてみたんです。そしたら「ああ、恨みを消すのは大変だが、首を

落とさないのはわけはねえ。◯◯町に☓☓って寺があって、その境内の右手に

不動尊のお堂があるから、行ってお参りして来な。そんときにきちんと手を

合わせりゃ、当座はしのげるだろ」・・・どう思いますか。ジイサンには礼を言って

銭湯を出たんですが、やっぱ信じかねますよね。それで、そのお寺には

行かなかったんです。そしたら2日後、部屋のベッドで寝ててまた夢を

見たんです。ええ、首の落ちる。会社のデスクででしたね。

でね、首が落ちた俺を見て、もう一人の俺がオロオロしてると、
3人の部下がいっせいに立ち上がって大声で笑い出したんです。それで目が覚めて、
風呂に行って首を見ると、赤い筋の幅が広がってるように思えたんです。
前のが治りきらないうちに、その上をナイフで薄く引っ掻いたみたいに。
背筋がスーッと寒くなりました。それで次の日曜は休日出勤せず、
ジイサンに言われたお寺に行ってみたんです。場所はすぐにわかりましたが、
観光とかやってる寺じゃなく、檀家の人しか来ないようなところで、
本当にここかと思いながら入っていくと、言葉どおりにお堂があったんですよ。
賽銭箱があって、すぐ木柵があり、その後ろに坐像の木彫の不動尊。
古びてたしホコリも溜まってましたが、すぐに首のところに目がいきました。
なんでかって言うと、そこがぐるっと彫れてたんです。

素人がナタでガンガンやったみたいに、木像の首のまわりぐるっと。
だから中の褐色の木肌が出て色が違って見えたんですね。それに気がつくと、

俺の首のまわりがちくちくと痛み始めたんです。これはやっぱ何かあるんだと

思いまして、賽銭箱に万札を入れてとにかく拝みました。いや、笑わないで

くださいよ。「首落ちるな、落ちるな」ってですよ。そしたらしばらくして、

首の傷のまわりがメンタム塗ったみたいにスーッとしてきたんですよ。

20分近くそうやってたんじゃないかな。だんだん体の中で潮が満ちてくるような

感覚があり、これで済んだ、と思ったところで合掌を解いて目を開けました。

で、首まわりに触ってみたら、カサブタの感触がなくなっていたんです。
ええ、部屋に戻って鏡を見ても、跡が消えていたんですよ。
やっぱ首が落ちるところだったんでしょうかねえ。

それからは会社ではできるだけ、部下にはきつく当たらないようにしてます。
誰がやってたのかわかりませんが、まあ恨まれるとしたらそこでしょうから。
あとね、あのジイサンに礼を言いたいと思って、あの銭湯には何回も行ったんです。
前と同じような時間に行っても会わないので、やや遅目にも行ってみました。

そしたら、ちょうどジイサンが銭湯から出てくるところで。着流しに綿入れを

着て雪駄はいてましたから、やっぱカタギじゃないのかもしれません。

ジイサンは俺の顔を見るなりケタケタと笑い出しまして、
こっちが何も言わないのに「お不動産に行ったんだなあ。よかったなあ。
あんたの食らった恨み、美味かったぞう」って言ったんです。
「美味かった?」 「おうよ、食わせてもらった」ジイサンは大口を開けて、
ゲラゲラと笑いながら、詳しいことも聞かず飲み屋街のほうへ去ってったんですよ。