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今回はこういうお題でいきます。ひさびさの妖怪談義ですね。
さて、「寝肥」と書いて「ねぶとり」と読みます。
鳥山石燕の作品にはなく、今回も江戸後期の『絵本百物語』から
取り上げました。作者は桃山人、挿絵は竹原春泉斎。

石燕の絵ではないので、おそらく判じ物や仲間ウケにはなってないと
思います。まず絵をご覧になってください。半身裸の女が
夜具に入って寝ていますが、体が相撲取りのように太っていますね。
枕元に屏風と行灯がありますが、特に隠された意味はないようです。

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詞書を読んでみましょう。「むかし みめうつらかなるおんなありしが
ねふれる時は その身座敷中にふとり いびきのこえ 車のとどろくが
ごとし これなん世に ねぶとりといふものにこそ」訳すまでも
ないですが、美しい女がいたが、寝ると体が座敷中に広がるように太り、
いびきの音が車が走るときのようだった。これが寝肥という妖怪である。

いまいちよくわからないですね。普通の体が寝ると太ってしまう
というのは物理法則に反しています。まあ、中身は空気なのかも
しれませんが。で、まず一つめの解釈としては、「結婚して豹変する
女がいる」という、皮肉というか戒めかということ。

結婚前は正体を隠していたが、いざ世帯を持つと、安心したのか
まったく働かない。食っちゃ寝、食っちゃ寝してどんどん太っていく。
そうなってはいけないよ、ということなんでしょう。これ系の
妖怪には、他に「二口女 ふたくちおんな」などがあります。

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あるところにケチな男がいて「飯を食わない女なら嫁にしてもいい」と
つねづね公言していた。で、望み通り「食事をしない女」が
嫁入りをするが、なぜか米櫃の米がどんどん減っていく。
不思議に思い、隠れて見ていると、女は釜いっぱいに飯を炊き、
頭の後ろにもう一つの口ができて、ものすごい勢いで食べていく。

「食わず女房」として各地で民話になっていますが、この正体は、
じつは山姥なんです。男は山姥にとらえられそうになりますが、
すきをついて逃走し、菖蒲の生えた湿原に身をひそめることで、
なんとか逃れることができた。これが由来となって、5月5日の
端午の節句には菖蒲を飾るようになった。

ねぶと(癰)
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だいたいこんな内容です。昔の農家では、嫁はこき使われた
という話もありますが、中には気の強い嫁もいたでしょうし、
また、当時は平均寿命も短かったので、舅、姑もそう
長くは生きていなかったでしょうしねえ。

ただ、女だけが働かないことを責められるのは不公平と言うことも
できます。でも、男でもあるんです。秋田県の民俗行事である
「ナマハゲ」がそうです。ナマハゲは妖怪というより、
神に近いものなんですが、もともとは「ナマミ(ナモミ)剥ぎ」
だったと言われます。

ナマミ(低温火傷)
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「ナマミ」は、冬場に何もせず、囲炉裏にばかりあたっていると、
手足に低温火傷(温熱性紅斑)ができて、だんだんに固くなります。
そうすると山から神が下りてきて、包丁でナマミを剥ぎとり、
怠け者をこらしめるとともに、災いをはらい祝福を与えるというもの
でしたが、いつのまにか子ども向けになった。

やはり労働の重要性が教訓として入っているわけです。ただ、
昔の農家は重労働でしたし、働かずに寝て暮らしていけたら、
という願望を持っていた人も多かったんでしょうね。それが現れて
できたのが「三年寝太郎」系の民話だと思います。

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さて、ナマミが一種の病気(ケガ)であるのと同様、寝肥も
根太(ねぶと)という病気を掛けてあるという説があります。
ねぶとは癰(よう)ともいい、足の毛に黄色ブドウ球菌などの
細菌が感染し、赤く腫れて痛むというものです。

ねぶとは、糖尿病、高カロリー、運動不足の人がかかりやすいことを
寝肥の名が暗示しているとされます。まあ、その可能性も
高いと思います。これって、動かないで、いつも同じ形で
足を組んでいるとなりやすいんですよね。

あと、妖怪寝肥の名は全国的に知られていたようで、上方落語には
「堀越村のお玉牛」という演題があり、かなり色っぽい話で、
夜這いがテーマになっています。堀越村にお玉という、それは美しい
女がいて、恋慕した男が凶器でおどして夜這いの約束を
とりつけます。現代なら犯罪ですが、当時はその程度では捕まらない。

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お玉は父親にそのことをし、父親は一計を案じ、寝床に飼っていた
牛を寝かせておく。男は夜中にやってきて体をまさぐると、
異様にでかい。驚いて「お玉ちゃん、あんた寝肥かい」と言うと、
そこへ父親が踏み込んできて、男を「これでもまだ夜這いに来るか」と
どやしつけます。男はまいってしまい「牛だけに もう 来ません」。

さてさて、ということで、けっこう書くことがありました。
寝肥は怖いというよりは、どっちかというと民話系の妖怪かと
思います。ですから、昔の風習や考え方を反映している面が大きい。
では、今回はこのへんで。

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