今晩は、武藤ともうします。よろしくお願いします。あの、
まず最初に自己紹介をさせてもらいます。現在、主婦をしています。
以前はスーパーのパートに出てたんですが、2番めの子どもが
産まれまして、今、2歳です。それで、子育てに専念してる
ところなんです。上の子は小3で、どっちも男です。
夫は建設業で、現在は工務店で働いてますが、もうすぐ独立して
室内インテリアの会社を始める予定で、その準備も進めてます。
それで、一連のことが起きたのは2週間ほど前からです。
きっかけは、夫が仕事で古い造り酒屋の改築に行ったときに、
大きな大黒天の像をもらってきてからなんです。
そうですね、高さは50cmくらいで真っ赤に塗られているんです。

それを夫が車から下ろして居間に運び込んだときは、思わず
「なに、これ?!」って言っちゃったんです。部屋にはまったく
合わないし、置き場所もとるので。「いや、もらってきたんだ。
施主の酒屋の親方が、それはもう役目が終わったようだから、
もし欲しい方がおられれば、差し上げますって言ったから」
「えー、誰も欲しがらなかったでしょ」 「何言ってる、会社に
持ってきてから皆が欲しいって言ったんで、抽選になったんだぞ。
そこの酒屋はな、地酒ブームにのって新し酒造場を建てたんだ。
そういう酒屋をずっと守ってきた大黒様だから、間違いなく
縁起物だよ。だからみんな欲しいんだ。俺が新しく自分の
店を立ち上げたら、これ飾っとけば成功間違いなし」

夫がそう言ったので、そのときは、そんなものかと思ったんです。
大黒様の顔はいかにも福々しく、表情もにこやかでしたから。
ただ、全体が赤く塗られてることだけは気になりました。それで、
「どうしてこれ、赤いの」って聞いたんです。そしたら、
「いや、それはわからん。もともとじゃないみたいだな。何か
いわれがあるのかもしれんが、聞かなかった。まあ、
たんに古びたからかも」こういう答えが返ってきたんです。
うちは賃貸マンションの4階で、リビングとダイニングが間仕切りで
つながってます。その大黒様はどこに置いてもじゃまなので、
キッチンの電子レンジの上にのせました。そしたら、大きな頭が天井
近くまできたんです。それから1週間は何事も起きませんでした。

電子レンジはあまり料理に使わないほうなので、像のことは気に
ならなかったです。月曜日の午後ですね。まだ長男が学校から戻る時間
ではなかったし、テレビを見ながらウトウトしてました。
2歳の次男はソファの上でオモチャで遊んでたと思ったんですが、
「ママ!」という声がして、そっちを見ると、次男がキッチンの出窓の上に
立ってたんです。そして窓は全開。出窓の前には棚があるんですけど、
小さいので、それくぐっちゃったんです。思わず息を飲みました。
人って、ほんとうに驚いたときって声が出ないんですね。それでもなんとか、
「動かないで!!」と声をふり絞り、手を伸ばして息子のほうに
駆け寄ったんですが、ぐるん、と前回りするような形で落ちてったんです。
下は駐車場と通路になっていて、アスファルトです。

そのとき「助けよう」という声が横のほうからしました。気が動転してて、
どんな声かはっきりしませんが、男の声ではあったと思います。
とにかく出窓にすがりついて下をのぞくと・・・信じてもらえるか
わかりませんが、息子が頭を下にした形で宙に浮いてたんです、
ちょうど2階のあたりで。そこからゆっくり、スローモーションの動きで
半回転し、足からトンと地面に下りて、そこで転んだんです。
走って下に行きました。息子は泣いていたものの、どこにも見えるケガは
なかったです。4階から落ちたのに、ありえないですよね。抱き上げて
部屋に戻り、出窓を閉めました。ロックしてあったはずなのに・・・
息子が外したとも考えにくいんです。大人の私でも固かったですから。
そうしてるうち、長男が帰ってきて「おやつ!」と叫び始めました。

その子も連れて病院へ行ったんですが、転んだと言ってCTを撮ってもらっても、
やはり何の異常もなかったんです。・・・次男が出窓から落ちたってことは、
夫には言いませんでした。一つは、私がぼんやりしてて後ろめたかったからで、
それに、ケガ一つしてないなんて信じてもらえないと思ったんです。
まして空中で止まってたなんて。それで、さっき話した「助けよう」という
声。幻聴かもしれないと思ったんですが、電子レンジの上の
大黒様のほうから聞こえたようにも。像を確かめると、位置が変わってる
わけでもなく、置いたままの状態でした。ただ、もしかしたらと思い、
それまで何もしてなかった大黒様の前に、お水とコンビニで買った和菓子を
お供えするようにしたんです。夜になって戻ってきた夫がそれに気づいて、
「ああ、お祀りするのはいいことだな」と言ってました。

その2日後です。朝、長男が血相を変えてキッチンにやってきて、
「ハムちゃんがいない」と言い出しました。はい、息子がケージで飼ってる
ハムスターです。ペット禁止のマンションですが、水槽や小動物は黙認
されてたんです。「えー、おがくずの中までちゃんと探した」
「どこにもいない」長男は半べそ状態でした。部屋に行って見ると、
たしかにいませんでした。でも、そのときはベッドの下とかに這い込んだん
だろうくらいに思ってたんです。「ママが探しててあげるから、
学校行く準備をしなさい」なんとか夫と長男を送り出し、次男を抱いて
子供部屋を探したものの、ハムスターはどこにもいませんでした。
長男が学校から戻ってそのことを言うと、泣いたので、私も「あんたが
ちゃんと見てないからでしょ」と怒ってしまいました。

その晩、大黒様のお水を取り替えようとしたとき、大きなニンマリした
口の端から何かがポロッと落ちたんです。小指の爪の先ほどのもの。
白い毛が生えたピンク色の・・・今にして考えれば、ハムスターの
耳だったんだと思います。その夜、夢を見たんです。
薄暗い異国風の部屋にいました。ダン、ダン、ダンと単調な太鼓の
音のようなのが聞こえていたと思います。何か、そう大きくない
ものが激しく踊っている後ろ姿が見えてきました。
それは、踊りながらだんだんとこちらを向き、次男だと思いました。
けど体が真っ赤で、それと、額のところに縦になったもう一つの
目がついてたんです。ダン、ダン、ダン、踊りながら息子は外国語の
ような言葉を発してたんですが、急にそれが意味のあるものになり、

こう言ったんです。「この子の命を助けたかわり、この体をもらう」
「!?」そこで、大きな声がして目が覚めたんです。
寝室にベビーベッドを置いて寝かせてある次男が、立ち上がって
手すりにもたれ、えずいてたんです。ゲッ、ゲッ、ゲー、
まずその日の夕食を吐き出しました。ぐずっていてあんまり
食べなかったんですが。それから・・・思い出したくないんですが、
口から、どろどろになった白いものが出てきました。
それには小さな目がついていて・・・ハムスターの頭だったんです。
次男を抱きかかえ、夫を起こそうとしました。でも、夫はベッドの中で
目を開けてました。そして冷静な声でこう言ったんです。
「おお、大黒様がおつきになったか。それはめでたい」って。

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