これ、お話をする前に、私の見たことは犯罪にあたりますので、その秘密は
守っていただけますでしょうか? え、大丈夫だって? そうですか、じゃあ
話をしていきます。あ、はじめにまず、自己紹介をするんでしたね。
私は山田と申しまして、今年で48歳になります。特に仕事はしておりません。
主人は銀行に勤めておりまして、地方の小さな支店で副頭取をやっております。
子どもは2人ですが、姉のほうはとうに嫁に出ておりますし、弟はこのあいだ、
大学を出て就職が決まりました。ですから、今家にいるのは私と主人だけ
なんです。いえ、寂しいということはありませんよ。主人の銀行のみなさんの
奥様方とは親しくおつき合いさせていただいてますし、それに、茶道やヨーガ、
合唱などの会に所属して、充実した生活を送らせていただいているつもりなんです。
ええ、自分では何不自由ない生活だと思っていたんですけど・・・

この間の日曜日のことです。主人は休みの日でしたが、ゴルフに出かけて
ました。接待もあるんでしょうが、本人も好きで楽しみにしてたんです。
ええ、いつも土日はほとんどゴルフで出かけることが多いんです。
私はその日、珍しく特に予定はなく、午前中に洗濯を済ませると、
あとはのんびり配信の映画を見ていたんです。そしたら玄関のチャイムが
鳴ったんです。インターホンで「どなたでしょうか?」と聞くと、
「あ、どうも。私、ふしあなのセールスです」という答えが帰ってきました。
「え、ふしあな? 節穴?」聞き間違いかな、不思議なものを売ってるなあ
と思いました。いつもなら訪問販売のセールスはお断りしてるんですが、
そのときは、どういうことだろうという好奇心に負けて、
セールスマンを玄関に入れてしまったんです。その人は中背のやせた

男性で、齢は30をいくつか出たくらいだと思いました。「ああ、どうも
入れていただいてありがとうございます。どうも門前払いされてしまう
お宅が多いんですよね」その人はそう言って、ニヤリと笑ったんですが、
その顔がふと人間ではないもののように思えて、背筋がぞっとしたのを
覚えてます。その人は小脇に黒い小さなアタッシュケースを大事そうに
抱えており、それに商品かカタログが入ってるんだと思いました。
私はさっそく「さきほど、ふしあなっておっしゃいましたよね。
それってあの木の塀なんかにある節穴のことですか?」と、思わず
疑問に思ったことを口にしたんです。そしたら「もちろんそうですよ。
節穴って他になにかあるんですか」と逆に聞き返されてしまいました。
「でも、そんなもの、どうやって、何のために売るんです?」

そう口にするとセールスマンは、「みなさん初めはそうおっしゃいます。
これからお見せいたしますよ。あ、心配なさらないでください。当方では
これ、いっさい料金はいただいてないんです。後であれを買え、これを
買えということもございません。そもそもこの節穴はのちほど回収させて
いただきますので、しばらくお貸しするというものなんです」 「はあ」
「今、現物をお見せしますよ」その人はそう言ってアタッシュケースの
フタをカチリと開き、そしたら中には、5cmくらいのプラスチックの
ケースがたくさん入っていて、その一つを開くと、黒い色の直径2~3cm
くらいの丸いフィルムのようなものが入ってたんです。確かにそれは
塀などにある節穴にそっくりでした。「これ、どうやって使うもの
なんですか?」 「なに、簡単ですよ。どこでもいいので、家の壁に

目の高さで貼りつけるだけです。そして中をのぞく。これだけなんですが、
頭がおかしいと思われかねないので、他に人がいるときにはおすすめしません」
「何か見えるんですか? ただの壁なのに」 「それが見えるんです」
「まさか!」 「お疑いになるのも当然です。ですからこの節穴、一枚お貸し
しますよ。そうだなあ・・・もうだいぶ熟してきてるから、3日後くらいに
回収にきます」そう言ってフィルムを私に押しつけるようにして帰って
いったんです。で、不思議なので、すぐに試してみたくなり、座って
のぞける高さのリビングの壁にフィルムを押しつけると、ねばついたりして

ないのにそれはピッタリとくっついたんです。節穴にしか見えませんでした。
そしておそるおそるのぞき込むと・・・中は明るかったんです。どこかの
家・・・立派な家です・・・のキッチンが見えたんです。たくさんの調理用具が
 
そろってました。「え?!」見えるはずがないのにと思いました。自分より
若い、まだ30代前半と思える奥さんらしい人がキッチンに向かってました。
何をやってるんだろう、と思った途端、視界が変わって、その奥さんの手元が
見えたんです。茶色いものです。最初は何かわかりませんでしたが、
それ髪の毛だったんです。奥さんはカールした茶髪をひとつかみ、細かく
ハサミで刻んでたんです。それとカッターも使ってその髪の毛を1mm以下に
細かくすると、ビーフシチューのような料理の鍋に入れたんです。それから、
戸棚から銀色のラベルのない缶を出して、白い粉を耳かき半分くらいの量、
やはりそのシチューに入れたんですよ。そしてサラダ、ご飯、紅茶、
何かお豆腐の料理と合わせてお盆に乗せると、それを持ってしずしずと
キッチンを出て、せまい階段を上がっていったんです。これ、不思議なことに


場面が変わっても、その節穴からは見えるんです。まるで節穴のフィルムが
カメラの目で、奥さんについて移動しているみたいでした。で、行った先は
2階の子供部屋のようでした。ドアを開けると、

太った男の子がベッドに寝そべっていました。

中学生くらいでしょうか。たぷたぷした体でTシャツ、
短パン姿。部屋の中は散らかっていて、床には漫画とゴミが散乱して
いたんです。奥さんは「お昼ご飯持ってきたよ」と言い、それから大きな
ため息をつくと「これじゃ健康に悪いわよ。少しは部屋を片付けないと」
するとそれを聞いた中学生は半身を起こして「うるせえババア、口を
出すなよ」と怒鳴ったんです。ええ、声もなぜか聞こえたんです。
奥さんはしようがないといった顔で「またそうやってゴロゴロしてばかり

いるのね。他の子は受験も近いし、学校で真面目に授業を受けてるのに」
すると中学生は飛び起き、「うるせえって言ってるだろ。飯を置いたら
出ていけよ」そう言って漫画本を奥さんに投げつけて・・・それから
2人は揉み合いになり、中学生はどんどん奥さんの体を押していって廊下に
出たんです。廊下で もみ合いはさらに激しくなり、中学生は2,3回奥さんの
背中を強く叩きました。奥さんは顔をしかめ、大きく中学生を両手で
突き飛ばして・・・そしたら、太った中学生はよろよろとよろけ、廊下の端
まで行ったんです。そして体勢を立て直そうとふんばったとき、片方の足を
階段側に踏み外し、そのまますごい勢いで階段を転げ落ちていったんですよ。
階下に横たわった男の子の顔のクローズアップ。目は閉じられており、
ピクリとも動きませんでした。頭の下にみるみる血溜まりが広がって・・・

ここまで見たとき、急にシャッターが降りたように節穴が真っ黒くなったんです。
ええ、もう何も見えなくなったんです。私は目を離して・・・まだ心臓が
ドキドキしていました。あの様子だと、男の子は亡くなっただろう。これから
どうなるんだろう。気になりましたが、それからいくら待っても何も見えず・・・
こんな話なんです。それから2日後、あのセールスマンがまたやってきて、
節穴の回収だと思いました。いろいろと質問したいことがあったんですが、
セールスマンはそれをさえぎり「いかがでした節穴は。面白かったでしょう。」
「あれ、どこかで本当に起きたことなんですか?」 「さあねえ、どうだか。
あ、そうそう。その節穴、お宅にしばらくお貸しすることになったんです。
お宅もだいぶ熟してきましたからね。しまい込まず、どこでもいいので目立たない
とこに貼っておいてください。一枚で家の中すべてカバーできますから。

お金はもちろんいりません。かえってこちらから謝礼をさし上げますよ」

そう言って、少なくない金額と節穴を置いて帰ってしまったんです。
これ、どういうことなんでしょうか。魔法か何かなんでしょうか。それとも
大がかりな詐欺? ただの黒いフィルムなのに、どうしてあの家の中が見えたのか、
あんなことが起きると知っていたのか? わからないことばかりなんです。
それに、どうして私の家に節穴を置いていったのか?? ここのみなさんなら
何かわかりますでしょうか。え? 家庭内で不和はないかって? ・・・今は私と
主人の2人暮らしなんですが、じつは、主人のパソコンを拭いてたとき、
これは浮気じゃないかって画像を見つけたんです。主人と若い子が・・・
もし浮気なら許せません。たぶん銀行の窓口か何かの子なんでしょうけど。
まあそれはこちらの家庭内の話ですが、この節穴、どうすればいいんでしょうか?