今回はこういうお題でいきます。妖怪談義です。
これ、じつはあんまり取り上げたくなかったんです。
理由はおわかりだと思います。手がかりがほとんどないからです。


ですから、この記事でも、はっきりしたことは言えないと思います。
さて、石燕の絵をご覧ください。『画図百鬼夜行』からのもので、
これは石燕の妖怪画集の中でも最初に刊行されたもので、
創作妖怪や仲間ウケをねらったものは少なく、

「犬神と白児」
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実際に全国に伝承のある有名な妖怪がほとんどです。
ですから、白児も何らかの伝承があったんだと思いますが、
残念ながら現代には伝わってません。波を描いた屏風の前に
神職の正服をつけた犬が座っていて、御幣を手に持っています。
ですから、この犬は神主なんでしょう。

その前に稚児髷の子どもがいて、筆を持って冊子に何かを
書いています。それと、この子ども、顔は男の子のように見えますが、
着ているのは振袖にも見えます・・・ うーん、わからない。
で、この子どもも犬なのだろうという解釈は昔からありました。

大坊主と白ちご
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というのは、作者不詳の『化物づくし』という妖怪画集に、
「大坊主と白ちご」という題のものがあり、こちらは明らかに
子犬の姿で描かれています。ただ、大坊主とあるように、神道ではなく
仏教になっていて、大きな寺院には稚児(剃髪しない少年の修行僧)
がいるのは普通でした。

あと、上で「稚児髷」という言葉が出ましたが、髪を頭上で2つに分け、
輪の形にして束ねた髪型で、これが犬の耳に見立てられてるんだろうと
思います。この白児について、現代の妖怪本では「犬神の家来、門人、
弟子として従っている妖怪だとされているほか、犬に噛み殺された
子供が転生した存在で、犬神の部下として命令を忠実にこなす」

稚児髷の牛若丸
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などと出てきます。ただこれ、あまりにもありきたりの解釈で、
もっと深い意味が隠されているのは間違いないだろうと思います。
さて、少しお寺の稚児の話をします。大規模寺院には何人もの
稚児がいて、古典作品にも出てきますよね。

稚児にも種類があって、皇族や上位貴族の子弟が行儀見習いなどで
寺に預けられる「上稚児」、頭の良さを見込まれて世話係として
僧侶に従う「中稚児」、芸道などの才能が見込まれて雇われたり、
腐敗僧侶に売られてきた「下稚児」がありました。

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ご存知のように、僧侶は女色が禁じられていました。ですから、
上稚児はのぞいて、男色、少年愛の対象とされることが多かったんです。
特に天台宗において、稚児は観音菩薩と同格とされ、色欲の対象外と
考えられ、およそ100人の稚児と関係を持った高位の僧侶もいたんです。
このあたりのことを皮肉ってできた妖怪である可能性があります。

ここからは現代では考えられない話ですが、江戸時代には「子供屋
(陰間茶屋)」というのがあって、性愛の対象にするための10~13歳
くらいの男児(歌舞伎子と言います)を貸し出す商売です。えーっと
思いますよね。これらの子どもは、客に遊郭などに連れて行かれ、遊女を
含めた複数プレイなどが行われていたようで、春画も残っています。

男色の浮世絵
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まあねえ、江戸時代(それ以前も)には、男色、衆道はダブーでは
なかったんです。男色が禁忌とされたのはキリスト教で、
その価値観が明治以後日本に入ってきました。それと児童ポルノが
厳禁となったのも、ここ30年くらいの話です。これら子供屋の
歌舞伎子の多くは孤児や迷子だったでしょう。

上田秋成
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さて、『画図百鬼夜行』は1776年の刊行ですが、これは、
読本作家、上田秋成が『雨月物語』を出したのと同じ年です。
で、石燕の妖怪画とは内容が響き合っているフシがあるんです。
『雨月物語』には、「青頭巾」という話があり、自分は、
「吉備津の釜」の次に怖かったです。

筋は以前ご紹介しましたが、ある里の僧侶が稚児を寵愛していたが、
その稚児が死んでも埋葬せず、毎晩添い寝し、遺体が腐ってくると
骨をなめ、食い尽くしてしまった。やがて僧侶は鬼と化し、
山に籠もっては時おり降りてきて村人を襲う。そこへ訪ねてきた
旅の僧(室町時代に実在した改庵妙慶禅師)が話を聞き、

人肉を食べる青頭巾
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その青頭巾の鬼を成仏させたという内容です。これと石燕作品は
何らかの関係があるのかもしれません。さて、最後に、この絵で
白児が書いている文字に注目してください。普通の平仮名や
漢字には見えません。これ、神代文字と呼ばれるものに似ています。

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神代文字は、漢字が伝来する以前から日本にあったとされる文字で、
仏教のお経は梵字と漢字ですが、神代文字は神道の側から存在を
主張されることが多かったんです。また、江戸後期、国学の
隆盛とともに、日本には固有の文字があったとして紹介されましたが、
ほぼすべて後世のでっちあげです。

さてさて、このあたりのことも白児と関係があるのかもしれません。
『化物づくし』で仏教僧の犬神が、石燕作では神職姿になってるのは
意味があるんだろうと思いますが、残念ながら浅学の自分には
ここまでですね。では、今回はこのへんで。

神代文字の一種
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