私立の中高一貫の学園の副校長をしております。
学校名はもちろん言えませんが、先日幽霊騒ぎがあったんですよ。
音楽室・・・私たちの学校は、吹奏楽部と合唱部がありまして、
どちらも全国的に活躍しておるんですが、
その活動のために音楽室が第一、第二と二つあるんです。
そのうちの第一音楽室に幽霊が出る、という噂が広まったんです。
最初に訴え出たのは、高等部の女子の合唱部員でした。
7時過ぎに解散し、その後忘れ物に気がついて取りに戻ったところ、
暗い音楽室の中に白い影が見えた。
それでも実際の人間だろうと思って入って電気をつけたら、
白い影は部屋中をぐるぐると飛び回って消えた・・・


そのときは私も校内におりまして、騒ぎを聞いて駆けつけました。
突っ立ったまま叫んでいるその生徒をなだめて保健室に連れていきまして、
女性教諭に聞いてもらったところ、そんな話だったんです。
まだね、そのときは幽霊なんて信じていませんでした。
何かを見間違えただけだろうって・・・
ところがね、同様のことが何度もくり返されたんです。
音楽室の中で白い人影を見る、暗い部屋の中のはずなのに、
外からガラス越しに見るとぼうっと光る人が佇んでいるように見える。
コーラスの一部が聞こえてきたのに、音楽室に入ると誰もいない・・・
こんなことが何度もあって、学校中に噂が広まりました。
いや、校内だけじゃなく保護者の一部の間にも伝わって、


特に合唱部の親の会からは校長に正式に問い合わせがきたりもしたんです。
これはほってはおけないということになりまして、校長が決断をしました。
どうしたかというと・・・霊能者を呼んだんです。
保護者の中の市の有力者の方から紹介していただいたんだそうです。
夕方、その霊能者が来校することになりまして、部活動は中止にしました。
立ち会ったのは、校長と私、校内の管理主任と音楽担当の教師が2人です。
時間になって校長室に現れたのは・・・
太いストライプの入ったベージュのジャケットを着て、
奇抜な髪型をした30過ぎの男性で、テレビで見たことがある人だったんです。
私たちの市は、街おこしの一環として駅前にパフォーマンス広場というのを設置し、
様々な大道芸人を呼んで芸を披露してもらっています。


それで観光客を呼び込もうというわけなんですが、
来られたのは、その芸人として地方番組で紹介された一人だったんです。
あのほら、巨大なシャボン玉を作ったり、
サンダルや布団叩きでシャボン玉を作る芸がありますよね。
それをやる大道芸人で、バブラー山本と名のっておられる方でした。
私もその番組は見ておりまして、見事な芸に感服しておったんですよ。
バブラー・・・と呼ばせていただきます。
校長室で事情を説明しまして、バブラーとわれわれが第一音に入ったのが、
5時を少しまわったあたりでした。バブラーは室内を見回すと窓をすべて閉め、
私たちを入口の戸の後ろまで下げ、大きなカバンを開きました。
取り出したのはごく小さなガラス瓶で、


中には水に見える透明な液体が入っていました。それを細く

短いストローにつけて吹き始めました。直径1cmもないような

シャボン玉がたくさん出てきて、教室の中に漂いました。
バブラーは部屋の四隅をまわり、そこでもシャボン玉を吹きましたので、
もう室内はシャボン玉だらけですよ。
それはもう夢幻的な光景でした。
太陽がもっと強ければ、虹色に光って見えたんでしょうが、
夕暮れの光の中では、無数のガラス玉が中空を埋め尽くしている

ようでした。その中でバブラーの姿も見え隠れしていましたが、
「今から気流を起こします。中に入らないでください」こういう声が聞こえ、
無数のシャボン玉がゆっくりと渦をまき始めました。

その中でバブラーの姿が切れ切れに見え、どうやらカラフルな扇を

両手に持って、部屋の空気を撹拌しているようでした。
部屋一杯の小さなシャボン玉は、昆虫の群れのように動き続けていましたが、
やがて黒板とは反対側の壁に、ぽっかりとシャボン玉のない

空間ができました。そしてそれは人の形に見えたんです。
「位置を特定しました」バブラーが落ち着いた声で言い、
それが聞こえたかのように人型は動き始めましたが、
その中にはシャボン玉が入っていかないので、どこに動いても

場所がわかりました。バブラーはしゃがんでカバンを開け、
中から細めのロープと大きな皿状の容器を取り出しました。
さっきとは別の小瓶を取り出し、中の液体を皿にあけると、


手に持ったロープを円状にして皿につけました。そのロープを持って、

渦巻くシャボン玉を払いながら人型に近づいていきました。
人型はその動きに応じて、スススと位置を変えましたが、
バブラーは素早い動きで回り込むと、ロープを持った手を大きく回し、
直径1m、高さ2m以上もある巨大なシャボン玉を作り、人型にかぶせました。
巨大なシャボン玉の中に人の姿が浮かんできました。
・・・女子生徒です、うちの学校の制服を着ていました。

手をシャボンの壁にあて、苦しそうに顔をゆがませていたんです。
「ロックオンしました」バブラーの落ち着きはらった声が聞こえました。
「これは生き霊ですね。ですから成仏させることはできません。私の

仕事はここまでですが、この子の身元はみなさんのほうでわかるでしょう。


それと、あなた方の中にどうやら心あたりのある方が

おられるようですが」バブラーがこう言ったのと同時に、
一緒に来ていた音楽教師の若い方の一人がその場に膝をつきました。
「あ、あ、あ」と声を出し、真っ青な顔になって全身が震えていました。
バブラーはそっと、女子生徒の入ったシャボン玉を窓際まで運び、
サッシを開けて外に出してやりました。そしてバブラーが指をパチンと弾くと、
室内に漂っていた無数のシャボン玉は一瞬で消えたんです。
私たちは校長室に戻り、さきほどの生徒を顔写真名簿で調べるとともに、
音楽教師を別室に連れていって事情を聞きました。
その生徒は合唱部に所属して寮生活していたんですが、2ヶ月ほど前から

不登校になり、今は休学して実家に帰っていることになっていました。


音楽教師のほうの話は・・・これは学校の恥になることですので、
これ以上は勘弁してください。バブラーは道具をカバンに片づけ、

硬い顔をしたまま帰っていきました。礼金はかなりの額になりましたが、

どういう名目の支出にすればいいのかわからず、
もう一度学校に来ていただいて、体育館で生徒の前でパフォーマンスを

披露していただき、その謝礼ということにしました。
そのときには、別人かと思うほどの笑顔で演じていただきましたよ。

『Samsam Bubbleman』