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今回はこういうお題でいきます。妖怪談義ですね。
「稲生物怪録」はオカルトファンの方ならご存知だと思います。
水木しげる先生や京極夏彦氏なども取り上げています。
ただ、この書名、「物怪」の部分を「もののけ」と読むのか、
それとも「ぶっかい」なのかはっきりしないんですね。

書かれた時代を考えれば「ぶっかい」なのかもしれません。
そのほうが武士の著作らしい感じがします。で、この話、
全体として、現代の実話怪談にそっくりなんです。出だしが、
主人公が祟りのあるとされる場所へ行って肝試しをする
ところから始まっています。

現代の怪談でも、心霊スポット探索から怪異が始まるものは
多いですが、そのはしりと言っていいかもしれません。
しかも、この内容はとうてい信じがたいものですが、
すべて実際に起きたことと言い切ってるんです。

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さて、怪異の体験者は、江戸時代中期の寛延2年(1749年)
備後三次(現在の広島県三次市)に実在した稲生正令(いのう まさよし)、
通称、武太夫という武士です。御歩(おかち)組として
12石4人扶持の広島藩藩士とありますので、
武士としてはそう高い身分ではありません。

で、この人物が16歳、まだ幼名の稲生平太郎と言っていた頃の
体験談です。ただし、「稲生物怪録」には、稲生の同僚が
聞き書きしたもの、平太郎本人が書き留めたとされるものなど、
いくつかの異本があって、微妙に内容が違っています。

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で、この平太郎の境遇がひじょうに複雑なんですね。
平太郎は父親が40歳を過ぎてから生まれた子どもで、人生
50年と言われていた頃ですからね。父親は家督の危機だと
考えて養子を取っていました。それが平太郎の兄にあたる
新八なんですが、新八は病気になって実家に戻ってしまいます。

しかも、両親があいついで亡くなります。そこで、
16歳の平太郎が稲生家の当主となり、後に生まれていた
弟の養育もしなくてはならなくなった。また、武士ですから
格式に合った家臣もかかえなくてはなりません。そういう人生の
転機というか、不安定な時期に起きた怪異なんです。

発端は、1749年、平太郎の隣家に三ッ井権八という    
相撲取りが住んでいて、いっしょに、広島県三次市の比熊山の
祟りがあるとされる場所で肝試しの百物語を行いました。これが
5月のことですが、そのときは特に何事もなかったようですが、

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2ヶ月後の7月1日の深夜から怪異が始まり、怪異は手を変え
品を変えて1ヶ月間続いたんです。そのすべてを書くには
スペースが足りませんので、いくつか興味深いものを抜き出して
ご紹介していきます。まず第一夜、平太郎が寝ていると
金縛りになり、一つ目小僧が枕元に現れた。それと同時に、

家の塀の外から、毛むくじゃらの大男の手が伸びてきて
平太郎をつかまえようとした。第3夜、居間の隅の穴から女の
逆さ生首が現れ、逆さのまま笑いながら飛び歩き、
平太郎をなめ回し始めた。第6夜、老婆の大きな顔が
戸口から平太郎を見つめたので、老婆の眉間に小柄を

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打ち込むが、痛そうな顔もしない。翌朝見ると、眉間に打ち込んだ
はずの小柄が宙に浮き、しばらくして落ちた。第9夜、
まず石臼の化物が現れ、そこに知人の弟に化けた妖怪がやってきて、
名刀で石臼の化け物に斬りつけたが、「刃こぼれし、
兄に申しわけがたたぬ」と切腹し、いつのまにか姿を消した。

第15夜、居間の額から「トントサココニ」(?)と聞こえる。
額の裏にかつて家来がなくした刀の鞘があった。夜になると、
畳もなにもかもが糊でも塗ったかのようにねばつきだし、
平太郎はしかたなく柱に寄りかかって寝た。第19夜、
平太郎は友人の勧めにしたがい、家に罠猟の名人に来てもらって

平太郎を祀る広島市の稲生(いなり)神社
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妖怪に罠をしかけたが、いつの間にか妖怪に奪われ、屋根の上に
投げ捨てられた。罠の名人は「これは狐や狸のしわざではない」
と恐れ入った。第24夜、巨大な蝶が部屋に飛来し、柱に当たると
何千もの小さな蝶になり、飛び回った・・・ざっとこんな感じです。
これだけ見ると、精神に異常をきたした人間の妄想のようですが、

妖怪は平太郎だけでなく、友人の武士や罠師など、他の人間も
見たことになってるんですね。うーん、どういうことなんでしょうか。
で、いよいよ1ヶ月が過ぎる30日目、裃を着た40歳くらいの
武士が部屋に入ってきて、「拙者は山本(さんもと)五郎左衛門と
もうす魔物。そなたのような勇気のある者は知らぬ。

拙者をいつでも呼び出せる小槌を与えよう」と木槌を平太郎に手渡し、
武士は多くの妖怪が担ぐかごに乗り、雲のかなたに消えていき、
これで怪異は終わりです。「山本」は通常「やまもと」と
読むはずですが、「さんもと」となっているところが、
人外の者であることを表しているようです。

平田篤胤
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山本五郎左衛門は自ら魔物と名乗っていますが、天狗や狸の棟梁と
いう説もあります。この話は、江戸後期に国学者であり、怪異事件の
収集家でもあった平田篤胤によって広く流布され、さまざまな形で
展開していきました。昨年5月、絵巻物が発見されています。

さてさて、どう解釈したらいいんでしょう。16歳で部屋住みから
いきなり稲生家の当主になってしまった平太郎の妄想? それとも
お家取りつぶしの危機にあった平太郎が、自分に注目を集めるために
こしらえた狂言? ともかく、興味の尽きない話です。
では、今回はこのへんで。

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