こんばんは、本木ともうします。私は今年57歳で、山梨県のほうで
果樹園を経営してるんです。ブドウ中心ですが、ナシなどもやってます。
でね、これからお話するのは、私が子どもの頃、10歳か11歳のときの
話でして。当時はね、今みたいにテレビゲームなんてなくて、もちろん
スマホもないし、そもそも家に自分の部屋なんてなかったですしね、
子どもはみんな外を走り回って遊んでたんです。で、あれはたしか
夏休み中でしたね。よく早朝に虫取りをやったんです。カブトムシ中心
でしたが、クワガタがいることもたまにありました。ワナを仕掛けるんです。
前の日の夕刻以降にナラの木なんかに手製の蜜をぬっておく。蜜は、当時

貴重品でしたけど、バナナをつぶしたのに砂糖と焼酎をまぜて練った

ものです。そしてそこを早朝、5時ころに訪れてそれにたかっているカブトを
一網打尽にする。昔は農薬もあまりなかったし、20匹も30匹も採れたもんです。

まあ、この方法の欠点と言えば、カブトに混じって大きな蛾がきたりしてること
くらいですね。・・・今はもうカブトなんてめったに見なくなってしまい
ましたが。それでね、その日も早起きして、当時の友だち2人とワナを見に
行ったんです。場所は裏山の近くにある村の氏神神社の杜です。立ち入っても
別に怒られることはなかったですね。で、一目でたくさんのカブトが
たかってるのがわかったんですが・・・その中に白い大きなものが混じって
たんです。ほら、カブトは黒いから白いものって目立つんです。ああ、また蛾か、
やけに大きいな、と思って近づいた友だちが「うわわっ!」と叫んで
飛び退いたんです。何だと思って私も寄ってみたら、それ蛾じゃなかったんです。
人間の手首より先、真っ白い肌をしてたと思います。でね、私らが
立ちすくんでると、その手首、指をまるでピアノでも弾くように動かして・・・

急いで神主さんの家に走りました。神主さんの家はその神社のすぐ近くなんです。
朝早くでしたが神主さんは起きてて、私らの話を聞くと、ジャージ姿のまま、
神社のその木のもとに行ったんですが、すでに手首はいなくなってたんです。
神主さんは「お前ら本当に見たのか?」と半信半疑の様子でしたが、
私らが真剣なのを見てとると、「わかった、わかった信じるよ。この木かあ」
そう言ってぐるっと根元を回り、人の背の高さのあたりまで見てたんですが、
あるところで「ははあ、これだな」と言ったんです。その指し示した場所を
見ると、木の幹にかなり深い穴があいてたんです。神主さんは「これなあ、
おそらく呪いのもんだろう。藁人形かなんか打ったんだろうが、人形は
持ち帰ったようだ・・・この呪いはたぶんうまくはいかんだろう。だが、
邪悪な人の気持に触れてこのあたりの気がおかしくなった。それでお前たちが

変なものを見たんだろうな」と。私が「そういうこと、よくあるんですか?」と
聞くと「いや、こんな田舎の神社じゃ滅多にないことだ。だが、これまでに
なかったわけではないよ」さらに続けて「この気の乱れはしばらく続くだろう。
だが、夜中に見て回るわけにはいかんし・・・そうだ、神紐を使おう」
「どうするんですか?」 「まあ、お前らにも手伝ってもらおう」で、いったん
小さな社務所に入ると、赤と白、紫のまだらになった固そうな紐をひと巻き持って
出てきたんです。そして自分でその木の根元に巻きつけ、「こうするんだよ」
そう言って適当な長さに切った紐を私らに手渡してよこしたんです。
「これをな、今やったようにここの木の根元に巻いてくれ。手間賃はやるぞ」
で、木はせいぜい30本くらいだったんで、一人10本ほどを手分けして
幹の根元に巻きつけたんです。手間賃と言ってたので期待したんですが、
 
もらったのはお金ではなく、その神社で出してるお守りだったんですよ。
少しがっかりしたと言ったらいけませんかね。私が「これどうなるの?」
と聞くと、神主さんは「ああ、おそらく気の乱れがおさまるまで何かが
これらの木にまとわりつくだろうが、神紐の力で動けなくなる。だから、
明日の朝までにはまた、不可思議なものが木に張りついてるだろうな」
仲間の一人が「へええ、見に来てもいい?」と尋ね、神主さんはしばらく
考え込んでましたが「まあ、よかろう。危険はないだろう。だが、
絶対にさわっちゃいけないよ。おかしなものを見つけたらわしに
知らせに来てくれ。今日のように」こんなことがあって、私らはさっそく
翌日の朝方も集まって神社の木を見に行ったんです。そしたら、最初に
見た木々は特に何もなかったんですが、杜のはずれのほうのクルミの木の、
私の目の高さの少し上のあたりにでかい毛虫がはりついてたんです。

それ、長さは10cmちょっとだったと思いますが、大人の親指より太くて、
しかも蛍光オレンジに黒い毛が生えた、見たことがないものだったんです。
毛虫は動けないようで、その場で弱々しくもがいてました。仲間の一人が
神主さんの家に走り、神主さんがやってきて毛虫を見るなり「やはり
気の乱れだなあ。それにしても気味の悪いものに姿を変えた」そう言って、
嫌そうに顔を近づけると、息をふっとかけたんです。そしたら毛虫は、
一瞬で見えなくなったんですよ。その日におかしなものがついてたのは
その木だけでした。仲間が「明日も来るの?」と聞き、神主さんは
「たぶんそうだろうなあ。この手の乱れはしばらく続くから」
そう答えたんです。さらに翌朝、やっぱり仲間と見に行くと、木の一本に
奇妙なものがいたんです。奇妙としか言いようがありません。

そうですね。何に似てるかと言えばタツノオトシゴが一番近いと思いました。
でも、タツノオトシゴって海の中にいるものですよね。それは15cm
くらいの長さで、極彩色をしてました。玉虫の羽みたいな色です。
しかも爪があるようには見えないのに、しっかり木に取りついていたんです。
私等らはまた神主さんに知らせ、神主さんはそれの真ん前にいって
しげしげと観察してましたが、「ちょっと待っとれな」と言って家に戻り、
装束をつけて戻ってきたんです。しかも手には長い、白木でできた菜箸の
ようなものを持ってたんです。神主さんはそれで慎重にタツノオトシゴを
つまみ取ると、腹のほうを裏返して見て「ははあ、やっぱりな」と
言ったんです。「何がやっぱりなん?」と聞くと「ほら」と神主さんは
私らにそいつの腹を見せたんですが、やや色の薄くなった腹には

字のようなものがいくつか浮かび上がってたんです。「それ何?」
「ううむ、名前のようだが、昔の書体で書かれてるんでお前らには
読めないだろう。少ししらべてみるよ」そう言って、家に戻っていったんです。
私らはいったん解散して、昼過ぎにもう一度集まり、神社へ行きました。
神主さんは社務所の中で書き物をしてましたが、私らが「あれどうなった?」
と聞いたら、しばらく考えてましたが「いや、お前らが最初に関わったこと
だから教えねばなるまいな。あれは人の名前だった。それも呪った人ではなく
呪われたほうの」と言ったんです。さらに「まあ、これでだいたいの
事情はわかるだろう。その呪われた人にこれから会いに行くから、
神社は午後から閉めるよ。まあ、呪われたほうには何で呪われたのか

心あたりがあるだろうさ」ということでした。

これで話は終わりです。そのときは、神主さんはどういうことだったかは

教えてくれませんでしたので、これは大人になって人から聞いたことです。
その名前が書かれてた人は村役場の係長で、女性職員と不倫関係にあったが、
別れ話がこじれ、その女性職員が呪いを決行したということだったんです。
そのことは神主さんの骨折りで、なんとか解決したみたいですが。
このあとは特におかしなことはありませんでした。この氏神神社の夏祭りの
ときには何度かお神輿も担がせてもらいましたし、初詣にも行ってます。
ただ、私は高校卒業後に村を出ましたので、その後のことはよくわかりません。
で、この神主さんは70歳を過ぎたあたりで亡くなって、今は別の人が
神主をやってるんですが、家族や親戚ではないようです。しかしあの神主さん、
今から考えると力がある人だったんですねえ。懐かしいですよ。