今晩は。わたくし、三輪と申しまして、地図作成の会社に勤務しております。
ずっと測量部に所属して転勤族だったんです。ですが、上の子が
今度高校に上がることになり、さすがにそろそろどこかに
居を定めたほうがいいだろうと考え、開発部に移動させてもらいました。
地図閲覧ソフトのデータベースの開発です。今はほら、カーナビだけじゃなく、
スマホ等でも見られるデジタルの地図ソフトの需要って多いんです。
そっちに変われば、定年までとはいかないにしても、かなりの長期間、
移動なしで生活することができます。で、開発所勤務になったんですが、
これが地方都市だったんです。ええ、今は一流企業でも、研究所などを
地方においているところが多いんですね。データはどこからでも
一瞬で送れますし、テレビ会議に出ることもできます。

ですから、土地代の安い地方都市のほうがいい。
引っ越した先は、人口40万人ほどの某市です。
場所は勘弁してください。ひじょうにさし障りのある話なんです。
その県の県庁所在地の次に大きい市で、人口は20万人台、
昔は30万人を超えてたときもあったんですが、過疎化が進んで。
転居にあたって、まず不動産屋に行って中古住宅をあたりました。
そしたら、過疎地ですからもともと安いんですが、その中でも、
かなりの出物があったんです。1千万かからずに土地と一軒家が手に入る。
もちろん、それなりに改築の手を入れなくちゃなりませんけど。
その家は、築30年ほど。前の住人は老夫婦で、いよいよ体が利かなくなって
息子一家のところに住むことになり、売って出ていった。

つまり、よく言われる事故物件などではないってことです。
その家では、誰も亡くなった人はいない。2階家で、総部屋数は5つ。
うちは4人家族、わたしたち夫婦と、中3の兄、小4の弟。
広さ的には十分です。あと、家を買うにあたっては、会社から退職金を
前借りしたんで、ほぼ借金なしでした。改築は、
そもそも老後用に建てた家ですから、不便な部分がいろいろありました。
まずオール電化にしてもらって、内装も今風に変えたんです。
10年ちかくも人が住んでなかったにしては、中はきれいでしたよ。
あと、家の周囲は生垣に囲まれてたんですが、のび放題で不格好だったんで、
すべてとっぱらって、モルタルの塀に変えることにしたんです。
工事は、近くの地元の工務店にお願いしました。

そのときにね、変なことを言われたんです。家の裏手の塀、そこだけ
高くしませんかって。でも、そんなことをする意味がないですよね。
理由を聞くと、そちら方面からの風が強いという話でしたが、
わたしは納得できませんでした。方角としては南東にあたり、
強い風が吹くとは思えなかったんです。ほら、わたしはこれでも地図の
プロですから、地形を読むのは得意です。そう言ったら、
近所を案内されまして。家の裏側に回ると、両隣、それと道をはさんだ
後ろの家々も、その方角だけ塀が1mほど高くなってたんです。
うーん、と考えざるをえませんでした。やはり風があるのか。
にしても、特定の季節だけだろうし、アンバランスになるので、
そのときは断ったんです。それが、まさかあんなことになるとは。

あとね、工事の最中、ときたま見て回ってたんですが、家の裏の
塀をつくるときに、面した道路の側溝のコンクリ蓋を全部あげたんです。
どうしてそんなことをするのかと思ったら、工務店の人は
みな手ぬぐいで顔を覆って、黙々とドブさらいを始めて・・・
そしたらですね、いくつもいくつも白い骨があがってきたんですよ。
「何ですか、それ?」思わず聞くと、「犬猫のものです」こう言われ、
それ以上の言葉はなかったんです。でも、不思議ですよねえ。
あの重いコンクリ蓋だし、動物が入れるすき間があるとも思えない。
側溝には藻もほとんどなく、水は飲めるかと思えるくらい澄んでました。
まあこうして、新しい生活が始まったんですが、下の息子が妙なことを
言い出しまして。弟の部屋は2階で、兄のと並んでるんですが、

その部屋の窓は南東向きなんです。ええ、家の裏手が見える。
「夜に勉強してて窓を見ると、裏の森の上に青い火が上がってる」って。
家の裏は2列ほどの家並みがあって、その後がちょっとした森になってます。
青い火というのは信じられなかったけど、ある日曜日に、
ぶらっとそっちに散歩に出てみたんです。それが異様で・・・
まず、木のほとんどは松でしたけど、その下にヒイラギがたくさん生えてて。
でも、自然のヒイラギって珍しいですよね。人の手で植えないかぎり
まず平地に自生はしません。やっと人が通れる道を進んでいくと、
頑丈な鉄パイプを組んだ柵にいきあたりました。その奥にかろうじて見えたのが、
古民家です、藁葺き屋根の農家。もうボロボロに朽ちてました。
おそらく築百年以上でしょう。何でこんなものが残っているのか。

どうして柵で囲まれてるのか、わからないことばかりでした。
地域の史跡なんだろか・・・ で、興味を持ちまして、本社の資料部に個人的に
調査をお願いしたんです。ほら、うちは地図会社でしょ。江戸時代以前からの
古地図や、地方史なんかが かなりそろってるんです。資料部のキャップは
わたしと同期で、頼みやすかったですし。こうして1ヶ月ほど、
何もないまま過ぎ、その間に、わたしは町内会の会合に出席したんです。
みな、よさそうな人で親切にしてくれました。そのときに50代の町会長さんに、
あの森の中の家について尋ねたんです。そしたら、少し言葉を濁してましたが、
「太平洋戦争中の記念史跡で、いちおう市で保存をしている」という
答えでした。それ以上の説明はなく、聞きにくい雰囲気でしたね。
それで、話は変わりますが、息子たち2人が、

犬を買いたいって言い出したんです。これはわからなくもありませんでした。
ずっと転勤族だったので、ペットは飼えなかったんですよ。ただ、
少し意外だったのは妻もそれに賛成してたことで、結婚以来、
動物は好きじゃないと思ってたんです。せまいながらも庭もあるので、
それなら番犬にもなる中型犬を飼おう。そう考えて、息子たちと休日に
ペット店に行き、子どもたちがいいというので、ビーグルという種類の
犬を買ってきました。高かったですよ。日曜大工で犬小屋を作りました。
可愛い犬で人なつっこく、ただほとんど吠えないので番犬としては
役に立ちそうもなかったです。息子たちは交代で朝に散歩に連れてってました。
裏手の森のほうです。それから1ヶ月くらいたち、わたしが晩の8時過ぎに
開発所から戻ると、家が真っ暗で妻も子どもたちもいなかったんです。

その時間に人がいないのはおかしい、どうしたんだろうととまどってると、
町会長さんがみえました。そして「奥さんたちが犬を連れて森に向かうのを
見た。止めないと大変なことになる」そう言われて、わけがわからないまま、
会長さんの後に続きました。森の中までは10分もかかりません。
あの家の柵の前まで来て、会長さんが持ってた大型懐中電灯で照らすと、
光の中に妻と息子2人がいたんです。3人はそれぞれ向き合って立ち、
真ん中にビーグル犬がいました。「ああ、生きてる。間に合った」
会長さんはそう言うと、走り寄って妻の手を押さえました。
「何を?」 会長さんが妻から取り上げたのは、台所にある包丁でした。
3人とも呆然とした様子でしたが、会長さんが強く肩を揺すると
正気に戻ったようになりました。後で聞いたところでは、

自分たちが何をしていたのか、まったく覚えてなかったそうです。
会長さんは事の次第を説明してはくれず、そのかわり、
「家の後側の塀、もっと高くしたほうがいいです。でないと、またこういうことが
起こりますよ」と。ここからは後日談です。本社の資料部から連絡が来て、
その民家には出征兵士の家族3人、母親と年頃の娘2人が疎開に来ていたが、
ある夜に娘2人が殺され、母親はその後自殺したということだったんです。
なにぶん戦争中ですから、犯人は見つかっておらず、捜査もまともに
行われたかもわからないという話でした。それで・・・それ以上考えるのは
やめたんですよ。郷に入っては郷に従え、ですね。また工務店にお願いして、
他の家と同じ高さに、後ろの塀だけつくり直してもらいました。え、犬ですか。
いや、元気ですが、息子たちが飽きたので、朝の散歩はわたしがやってます。