漫画ムックの編集者をしてるんです。おわかりになるかどうか。
あの、よくコンビニに置いてある少女マンガ系の厚いホラー漫画誌。
この仕事ってけっこうたいへんなんですよ。
漫画家さんと一緒に神社やパワースポットと言われるところを訪問したり。
中には心霊スポットもありました。その中でいろいろ奇妙なことは

体験しています。でも、今回みたいなのはさすがに初めてだったんです。

2週間前ですね。昼過ぎに駅にいました。そのときは、

仕事でお世話になっている霊能者さんのお宅へ伺うところでしたが、

体調が悪かったんです。恥ずかしい話ですが、

ダイエットをしていまして、ええ食事制限中心です。1日に1000cal

以内に抑えていました。だからそのせいもあったと思うんです。

 

それと、あの日は真夏日になったんですが、ホームにいるときも

日差しがギラギラまぶしくて、熱中症気味だったかもしれません。

ええ、平日の日中でしたから、人はぱらぱらとしかしませんでした。
眩暈がして、ベンチに座り込んだ瞬間にフーッと気が抜けちゃったんです。
いえ、その・・・幽体離脱っていうんですか、

あの状態になっちゃったんです。体が軽くなって、ずっと続いてた

偏頭痛もなくなってましたが、それもそのはずで宙に浮いてたんです。

頭がホームの屋根近くまできていたと思います。
そして、下のベンチに自分が頭を垂れて座ってるのが見えたんです。
そうですね、そのときまず思ったのが「ああ、やっちゃった」ってこと。
いえいえ、これまでそういう状態になったことはありません。

ただほら、仕事がそういう関係ですから、
自分が幽体離脱してるんだってことはわかりました。この次に来る

電車に乗らないと、霊能者さんのお宅に約束の時間まで着けないな。
初対面の方だしどうしよう。そんな考えが頭の中にありました。
え、そのとき着ていたものですか? 下にいる自分と同じだったと思います。

連絡しなきゃと思いましたが、スマホはバッグの中で、それは幽体の私は

持ってなかったんです。だから、体をかがめて降りてこうと思いました。

そしたら、ドーンという強い衝撃があったんです。痛みではありません。

そうですねえ、自分の身体全体が太鼓の皮みたいになってて、
それが叩かれてピリピリ震えるような感じです。
痛くはないけどショックが走ったんです。
 

しばらくもがいているうちに、どうやってもそこから動けないってことが

わかりました。そして怖くなってきたんです。下の私の身体もピクリとも

動かないし、これは死んだんだろうって。でも、これまで聞いたところだと、

幽体離脱したときには、何ともいえない安心感や幸福感があるという話が

多かったんですが、全然違いました。「あ、ヤバい、やっちゃったなあ」

仕事で何かとてつもない失敗をしちゃったときの感じに似てました。
あと「これからどうなるんだろう?」って。
これも体験者さんの手紙などを読んだところでは、空中の一点に穴が開いて、
そこから光が溢れてきて・・・ってことだったんですが、
いつまで待ってもそんな兆候はありませんでした。
そうしているうち、電車が2本来て出てしまったんです。

そして2本目の電車が走り去った後、線路から黒い影が出てくるのが

見えました。2ついました。黒い影としか言いようがないですね。

手や足があるようには見えなかったし、全体が30cmほどの

幼虫みたいなものでした。それがホームへと這い上ってきて、

ベンチでうつむいている私の身体の足元に這い寄ったんです。
そのとき、それらのだと思います。考えていることが頭に入ってきました。
「これは抜け殻か?」 「主のいない抜け殻」 「食べてもいいのだろうか?」 

「いいのではないか」 「いいものに違いない」こんな感じです。私が漫画雑誌に

かかわっているせいでしょうか。漫画の吹き出しを見ているようでしたし、

少しコミカルな調子でもあったんです。黒い影の一つが

にゅーっとのび、私の幽体でないほうの体の右足のすねに吸いつきました。


巨大なヒルという感じでした。そしてもう一匹が左足に・・・
その気持ちの悪いこと。もしみなさんの足にヒルが吸いついてて、
落としたりスプレーを書けることもできず、ただ見てなくちゃならないとしたら。
まさにそれなんです。もどかしいけど、どうにもできないっていう。
こいつら、黒ヒルって呼ぶことにします。黒ヒルは波うっていて、

私の身体から何かを取り入れてるってことがわかりました。
そのとき3本目の電車が入ってきたんです。何人かの人が降りドアが

閉まった後に、そのドアを通り抜けて、真っ白い犬が降りてきました。
耳がピンと立ちしっぽの丸まった・・・秋田犬に似ていたと思いますが、
よくはわかりませんでした。犬はとことこ軽快に黒ヒルのところに駆け寄ると、
一匹を咥えて私の足から引きはがしました。

そして何度か振り回すと、ホームの下へぽいっと。
もう一匹も同じでしたね。「やったザマミロ」と思いましたが、
そのとき初めて、犬は幽体の私のほうを見上げてから、
「ゲッ、ゲッ」とえずくような動作をして、白い玉を吐きだしたんです。
そうですね、ゴルフボールより少し大きいくらいでしょうか。
白い色をしてたんですが、そのときは光を映して虹色に光ってました。
すっ、と私の幽体の身体が玉のほうに向かって動き出しました。
一瞬玉の中に吸い込まれちゃうんじゃないかと思ったんですが、
そうではなく、幽体の私の身体は後ろ向きになり、座った姿勢をとって・・・
ええ、ベンチの私と重なって一つに戻ったんですよ。犬はまだ足元にいましたが、
人間のようにこくんとうなずくと、白い玉の中に吸い込まれていきました。

私は・・・高熱が出たときのように、あちこちの関節が痛かったです。
それと、さっき黒ヒルに吸いつかれてた両脚のすねには、
また別のなんとも言えないいやな痛みがあったんです。
立ち上がったら立ち上がれたので、下に落ちていた白い玉を拾いました。
そう重いものではなく、石なのか陶器なのかよくわからなかったです。
それをバッグに入れ、次の電車に乗って霊能者さんのお宅に向かいました。

表に白黒の巴模様の看板が出ている家の前に出て、テレビで知っている

霊能者さんが待っておられました。遅れたおわびをしようとしたら、

「いいから、いいから。あんたもたいへんな目にあったようだが、
無理なダイエットはいかんよ」こんなことを言おっしゃいました。
それから「大事なものだから、玉を返しなさい」

手を出してこられたので、バッグから出してお渡ししました。
「さっきのご存知でしたか? 私はどうなっていたんでしょうか」
霊能者さんは、玉を和服の袖にしまい込まれ、
「いや、あれだけなら死ぬまでいくようなことじゃなかったけど、
魍魎がついたみたいだったからね、あの黒いの。シロを使いに出したんだよ」

庭を通る最中に指さされましたので、見ると、さっき電車から現れたのと

よく似た白犬が、気持ちよさそうに昼寝をしてたんです。

「助けていただいたんですね。・・・どうお礼をすればいいか・・・」
「いやあ、わたしはたいしたことしてないからいいけど、
気持ちがあるなら後で、シロにドッグフードでも買ってきてよ」
霊能者さんは鷹揚な感じでこうおっしゃいましたが、ふと真顔に戻って、

「取材は今日はいいから、あんたの足、皮膚科に行ったほうがいいよ」
ええこの足です。ほら、全体にできものができて・・・
これでも治ってきたほうなんですよ。
この後、霊能者さんはわざわざ編集部までこられて、
そこでいろいろとお話をうかがったんです。
私がなったのは「死」の少し手前の「虚」というもので、
黙ってれば自然に抜け出した魂は戻るけど、
その間にいろいろ悪いものが入り込んでしまう状態ということでした。
ええもちろん、シロにはたくさんのお礼を買って送らせていただきました。

それにしても、こういうことってあるものなんですね。とにかく、ダイエットは

もうやめました。体だけでなく心にも影響が出るということでしたから。