これは俺が大学のときのことだけど、自分の話じゃないんですよ。
Sって同じ研究室の友人についてのものです。
Sは四国出身で、家はずいぶん古くから続いている血筋だそうです。

俺は関東の出身だから当然それまで接点はなかったわけで、大学に入って

初めて口をきいたのがこいつなんです。まあ、親友と言っていいと思います。

でね、そのときは雀荘に入って4人でセット麻雀をしてたんです。
土曜の夕方から初めて、半荘8回ほどやって日付が変わろうとしてたときです。
Sがトイレに立ったんです。で、俺もと思ってトイレに行ったら、

Sが店外に出て行くのが見えたんですよ。ああ、風にあたって

頭を冷やそうとしてるのかと思ったら、こっちに背中を向けた状態で、

両手を背中の方に回して、そうすると腰のあたりにきますよね。

その位置で手のひらを合わせて、指先を上に向ける。ちょっとやってみてください。
ね、筋が攣りそうになるでしょ。かなり無理な体勢なんです。
黙って見てたら、Sはその格好で、合わせた手のひらに力を入れてるらしく、
全身が小刻みにプルプル震えてるんですね。

最初はストレッチかと思ったんですよ。ところが、何かを大声で

しゃべってるのが、ガラス越しに俺のところまで聞こえてきたんです。

「あん、わうん、おおん」こんな感じでしたね。
ははあこれは、麻雀でツキを呼ぶための呪文だろうって考えたんです。
Sはそのとき負けてましたからね。俺がトイレに入って出てきたときに、
ちょうどSも外から戻ってくるところでした。それで、「さっきやってたのは何だ?
 麻雀で勝つためのまじないか何かか?」って聞いたんです。

そしたらSは、照れたように笑って、
「何だよ、見てたのか・・・うーんまあ呪文は呪文だけど、
麻雀とは直接関係ない。俺の家に古くから伝わっているやつだ」って答えまして。
これ気になるでしょう。Sの家が旧家で、
宗教みたいなことに関係があるのは聞いて知ってましたから。
そのときは、仲間が待っていたので雀卓に戻りましたが、気になるので数日後、
学食で一緒になったときにあらためて聞いてみたんです。
そしたらこんな答えが返ってきました。「うーん、信じないと思うけど、
あれは家に代々伝わってる呪事(まじごと)の一種で、
何と言えばいいかなあ、そうだ、パソコンの復元ポイントってわかるか?」
「ああ。使ってるうちに不具合が起きたら、システムの回復で、

パソコンの中身を前に設定したポイントまで戻すってやつだろ」
「そうそう、それ。あれを人生について行うものなんだ」 「???」
「意味わからないだろうな。・・・例えば、前に麻雀やってたとき、

俺がトリプル役満を振り込んだとする。こりゃえらいことだろ。

そういうときに、別の呪文を使えば前に設定した復元ポイント、

あの手を後ろで合わせてた時点に戻ることができる。役満を振り込む前に」

「・・・嘘だろ、それ」 「いやまあ、そう思うのは当然だが、

俺は小さい子どもの頃から親にあれをやらされてるんだ」 「うーん、

お前の家がそういう家系なのは聞いてるけど・・・百歩譲って信じたとして、

例えばお前が事故で死んじゃったら、もう復元はできないんだろ」
「そうだな。死んでしまってはダメだ。それ以外ならどうにかなる」
 

「うーん、これまで使ったことはあるのか?」 「いやないよ。さっきのは

ポイントを作っただけ。俺の家系の当主直系だけが使えるんだが、

うちの親父も使ったことはないそうだ。なんでかっていうと、副作用があるらしい」
「どういうことだよ?」 「使うと寿命が20年近く縮まる」
「うわ・・・意味ないじゃないか」 「まあそうだけど、もしもだよ、
自分が殺人とか犯してしまったらどうだ。バレバレですぐに警察に捕まって、
長期の刑務所暮らしや死刑もあるかもしれないってときなら、
20年寿命を損したほうがマシだろ」
「うーん、あれはどのくらいの頻度でやってるんだ?」
「月一だな。新月の日の真夜中。ちょうどこないだ麻雀やってたのがそれ」
こんな話を聞いたんですよ。信じたかどうかって? それは・・・

でもねえ、あんまりそういう冗談を言うやつじゃないんですよ。顔も

大真面目だったし。考えてみたんですけど、そういうすごいドラえもんに

出てくるような能力があったとしても、まず普通は使わないと思いませんか? 

だって寿命20年というのはでかいですよ。それに死刑になるような犯罪を

犯すのはごく少数の人間でしょうからね。使ったほうがいい場面なんて普通の

一生ではないような気がしますが、もしかしたら、事故で寝たきりになったり、

重度の後遺症がある場合なら、寿命20年を捨てる価値があったりするのかも

しれませんね。あのポーズは俺もやってみましたけど、マジで体がおかしく

なりそうでした。やっぱ小さいときから慣らしてないと厳しいですよ。
ああ、呪文は教えてくれませんでした。・・・話を続けますね。
大学3年になって、俺もSも遅ればせながら彼女ができたんです。

それで友人としては少し疎遠になってしまいました。
でね、俺の彼女はまあどこにでもいる、こう言っちゃなんだけど、
自分に釣り合った人でした。卒業前に別れちゃいましたけど。
でもSの彼女というのが、これがスゴイ美人でね。
それだけじゃなくバンドでボーカルをやってて、芸能事務所から

スカウトが来てるような人だったんです。Sは背は高かったけど、
顔立ちは普通で、釣り合ってるとはとうてい言えなかったんです。それに

Sは、卒業後は実家に戻って、家の宗派を継ぐことが決まってたみたいだし。
3ヶ月くらいしたら、やっぱりというか、Sがその彼女と別れたっていう
噂が広まりまして。まあこれはそうだろうなあと思ってはいました。
それからですね。Sがその子にストーカーみたいなことをやり始めたんです。

どこに行ってもついてまわり、メールを何百も送りつけるっていう、
典型的な形で。当然警察沙汰にもなりましたし、俺のところにもSを止めてくれ、
って話が来たくらいなんです。でねえSのところに話に行こうかと思ってた

矢先に、Sが大学をやめたんです。それとその彼女もです。
なんと急転直下、その子はバンドもやめ、芸能界入りはせずに、
Sと結婚して四国の実家に入ることになったんですね。
・・・どう思います。これ、やったなって思うでしょう。
そうそう、前に話した復元をですよ。でなきゃこういう展開には

ならないですよね。ええ、半信半疑ながらも俺は疑っていましたよ。
まあこれで、だいたい話は終わりなんですが・・・
Sとその子がね、実家に入る前に俺んとこにあいさつに来たんですよ。

2人とも幸せそうには見えましたが、Sが一人になったときに、思い切って

こう聞いたんです。「お前もしかして、あの復元をやったりしたか?」って。
そしたら、しばし言葉に詰まってましたが、「ああ」って答えたんです。
「やっぱり本当に20年寿命が縮むのか?」  「ああ、そうだよ」
「うーん、まあなあ、かなり関係がこじれてるって話だったけど、
こういう結末になるんなら20年は惜しくないのかもな」
「いやそれが、2回やった。つまり40年だな」 「えっ・・・・」
「俺の寿命がどれくらいかわかんないけど、もうあんま先はないんだよ。
早く跡継ぎをつくんなくちゃいけない。家系を絶やすわけにはいかないから。
息子が生まれたらこの能力のことを教えて、
もちろんできるだけ使うなって言うつもりだ」って。
 
はかいあか