今夜は「手繰る」ということについての不思議な話、怖い話を2つ書きます。
どちらも霊能力者が登場しますが、これはあくまで、
聞いたことをそのまま書いているのであって、
霊能者を称賛しているわけではありません。そのあたりはご理解ください。

山の気
雑誌や本の表紙デザインを依頼されることが多い、
売れっ子のデザイナー、Aさんから聞いた話です。
Aさんと自分は大学の同窓で、古くからのつきあいがあります。
たいそう忙しい方で、いつ連絡しても仕事中という感じなのですが、
ときおり、年に2回くらい山に登ります。これは山頂を極めたいという

登山ではなく、山にある神社にお参りするのが主目的です。ですから

8合目あたりに神社がある場合、山頂までは至らないこともあるそうです。
ご神体山と言いますが、山そのものが信仰対象になっていて、
ふもとに拝殿、山中に本殿がある場合が多いんですね。
そういう場所は、有名なものから無名なのまで全国にいくつもあって、Aさんは、
仕事の疲れが溜まってきたときに、3日ほどの休みをとって登りにいくわけです。

「いや、疲れが吹っ飛ぶときも、そうでないこともあるよ。どうしてだろうなあ。
やっぱり山との相性があるんだろうかね」こんなことを話していました。

去年の春、山陰地方のご神体山に出かけたときの話です。そこは

けっして厳しい山登りではないのですが、かといってハイキングコースでもなく、

天気のよい日なのに、一本道の登山道を行くのはAさんだけでした。
時間の余裕もあり、多少ダラダラとしたペースで登っていると、
下山してくる人の姿が見えたんですが、それは白い着物を着た、60代くらいに

見える男性でした。宗教的な雰囲気はあるものの、修験者でもない。
そして不思議な動きをしていたんです。杖を持っているのに、
それは脇にはさむようにして使わず、両手を右肩の上に回して、
縄でも手繰るような動きをしていたのだそうです。

かといって縄やヒモが見えるわけでもない。「何をしてるんだろう」と、
当然思いましたが、すれ違うときに脇によけて軽く会釈をしました。
するとその登山者は立ち止まって「お参りですか」と聞いてきたので、
「そうです」と答えると「今日はねえ、◯◯様(神社の名前です)からは
いい気が出てるよ」そう言いました。Aさんがきょとんとしていると、続けて、
「あんまり気の力が強いから、こうやって引いてきてるんだ」と、
さらにヒモを手繰るような動作をしたそうです。
「気ですか、もしかして神社から引いてきたってこと?」
「そうそう、こういうとこにお参りに来るような人だったらわかるでしょう。
太い龍みたいになってビクンビクン動いているよ」
「さすがにそんなことがあるだろうか」とAさんは思いました。

みなさんはどう思われますでしょうか。Aさんが疑ったのが顔に出たんでしょう。
年配の登山者は、「ああ、信じられないようならちょっとさわってみるかね」

そう言いまして、両手で見えない縄を引っ張るようにしてAさんの胸の前に

つき出したんです。「ここですか」とAさんがその両手の先に触れてみると、ビビッと

静電気が走ったように思えました。例えが悪いですかね。静電気は不快ですが、
このときにはミントの粉末を吸い込んだような感じだったとも言ってました。
気持ちが晴れ晴れとした。Aさんが「これはふもとまで引いていくんですか。

その後どうするんです?」と聞くと、登山者は、「ガラスの器に水を張って、

その中に伝わせる。この気なら2週間ほども保つだろう」と答えたそうです。

登山者と別れ、本殿に参詣して戻ってくるとさらに爽快感が増し、山から戻った

Aさんは半年近く仕事をバリバリこなして、年末には大きな賞を取ったんです。


死の気

これはけっこう怖い話です。Mさんという水泳インストラクターの女性の方から

聞きました。Mさんは若いころ、オリンピック候補にまでなった短距離泳者

でしたので、もしかしたら名前をあげるとご存じの方がいるやもしれません。
このAさんの妹の息子さんが交通事故で亡くなったんです。8年前のことです。
自転車で下校の途中の交差点で、車と接触して転倒。頭を強く打って硬膜下出血し、

開頭手術したものの意識を戻さず死亡したんですね。事故は夕暮れ時、過疎県の

町の信号はありましたが、農道に近いような辺鄙な道で起きたんです。目撃者は

ありませんでした。車の運転者は近くの市の団体役員で50代。轢き逃げではなく、

きちんと警察にも連絡していましたが、「自分のほうの信号は青だった。

子どもが信号無視して飛び出してきて避けきれなかった」このように

証言したんです。現場には急ブレーキ跡もありましたので、居眠り等でもない。

検証した警察はそれを信じたというか、疑ったとしても証拠がまったくない。
ですから過失致死罪、今の自動車運転過失致死傷罪は適用されるんですが、
逮捕はされなかったそうです。在宅起訴ということなんでしょう。しかし、

Mさんの妹、亡くなった子の母親ですが、息子が信号無視で飛び出したとは、
信じられなかったそうです。というのは、ひじょうに行動が慎重で、
しかも普段から律儀にルールを守る子だったからです。でも、死人に口なし

ですから。納得できなかった母親は、それで霊能者を頼んだんです。
その町の一集落に住んでいた拝み屋、と言われる90過ぎの婆さんで、
昔は赤子の疳の虫をとるとか、失せ物を占うとかで流行っていたそうですが、
すっかり時代が変わって、拝み屋のほうは近所の年寄り連中数人が相手でした。
そこの家にいき、祭壇の飾ってある部屋で事情を話しました。

そうしましたら婆さんは、事故の加害者が妹さんの家に、示談がてら

仏様を拝みに来る日を聞いて、そのときに訪ねていくことを約束しました。
それから、妹さんの車に乗って事故現場の交差点へ行ったんです。
で、現場で降りると、花束が置かれている路肩を中心にして、
前後左右に動いては両手で縄を撚り合わせるようなしぐさをしたそうです。
ひとしきりそれが終わると、もの問たげな様子の妹さんに向かって、
「若いころは仏様の声が聞こえたもんだが、今は力が落ちてできない。
けどもあちこちに散らばっている御残念を拾い集めるのはまだできるから。
それをできるだけ育てて、車の相手のところに当日持っていこう」
というようなことを言ったそうです。それで、いよいよ当日になり、加害者は

所属している団体の会長、保険会社の担当者などと硬い表情でやってきまして。

焼香が終わって、とおり一遍のお詫びの言葉はあったそうです。
それから示談の話になったんですが、妹さんのほうは民事訴訟を起こす
決意を固めていました。ですから「話は裁判の場で」と繰り返すだけでしたが、
加害者の顔を見ると憎しみしかわいてきませんでした。そこへ、

ひょっこりと拝み屋の婆さんが現れまして、両手に見えない縄のようなものを

持って、手繰っている様子でした。そのまま膝で這うようにして、その手に

持ったものを加害者の背中にくっつけたんです。そしたら、それまで虚勢を

張るように伸ばしていた加害者の背筋が急に崩れ、体をぶるぶる震わすと、

表情をゆがめて泣き出してしまったんだそうです。畳に手をついて、「信号を

無視したのは自分だった。子どもは何も悪くない」そう告白したんです。

それから警察に行き、ほどなくして交通刑務所に収監されました。