以前に時空がずれる、タイムスリップするという話をしましたが、
怪談の時空物のパターンというのはまだありますよね。
子どもの頃とか昔の記憶と現在がつながっていない系の話です。
例えば小学校の遠足で山にいき、不思議な出来事が起きた記憶があるのに、
その頃の友だちも親も「お前はあのとき熱出して休んだだろう」と言う・・・


自分の記憶だけが周囲の人と合わないんですね。
こういうのは、その遠足のときに世界がずれて、並行した別の世界、
遠足に発熱して行けなかった世界の自分と入れ替わってしまった、
と解釈することもできます。

 



平行世界、パラレルワールドとも言いますが、これも元はSFの小道具でした。
アイデア自体は量子力学、ヒュー・エヴェレットⅢの、
「多世界解釈」から来ているのだと思います。
「シュレディンガーの猫」という話がありますね。量子力学の思考実験です。


ある原子が1/2の確率で崩壊するとして、崩壊したときに毒ガスを出す

ような装置をつくる。そしてその装置を入れた箱に猫を一匹閉じ込める。
原子が崩壊しているかどうかは、箱のフタを開けて観測しないとわからないので、
フタ開けない状態では、箱の中の猫は半分死んで半分生きている状態になる・・・

 

でも、そんなはずはないですよね。ここでエヴェレットは、猫を箱に

閉じ込めたときに世界が2つに分かれると考えました。
箱の中の猫が死んでいる世界と生きている世界とです。
そして箱を開けた瞬間に、2つに分かれていた世界がヒュッと収縮して、
どっちかに決まるというわけです。

 

ここで重要なのは、観測して結果が出たときには、分かれていた世界は

一つに戻るということ。世界が分かれている間、死んだ猫の世界と

生きた猫のいる世界は干渉できないということになります。これが物理学でいう

多世界解釈ですが、それだとお話をつくるのが難しいですよね。

 



せっかく別の自分のいる世界がたくさんあるのに、絶対行き来できない

のはツマラナイ。そこで作品に取り入れられる場合は。なんらかの方法で

行き来できるようにされています。
また、世界が分かれるきっかけも、量子的なミクロのものではなく、
もっと人間的な選択によることが多いようです。

 

例えば、進路選択で地元のA大学に入るか、それとも東京のB大学に入るか、

あるいは、Aさんと結婚するBさんと結婚するか。これは確かに、

どっちにするかでその後の人生はだいぶ変わってくるでしょう。しかし、

そういう重大なものだけではなく、日常には無数の選択肢があるはずです。

駅に来てベンチで一休みした。立ち上がって足を踏み出すとき、右足から

出るか左足から出るか。喉が渇いていたので自販機で飲み物を買おうとして、
ダイエットを考えてお茶にするか、疲れているから糖分の入ったものにするか・・・
そういう選択というのはいくらでもあるでしょう。

 

無限大の記号


足を踏み出すのは無意識でしょうが、右からか左からかで結果が変わる

かもしれません。こう考えれば、もし選択によって世界が分かれるのならば、
平行世界というのは無限に枝分かれしていくことになりますよね。

右足から踏み出した世界のお茶を買った自分、
左から踏み出した世界の缶コーヒーを買った自分、という具合にです。
しかし無限の世界があるということは、数学的にはかなり都合が悪いんですね。

無限大の記号は∞ですが、これは「ウロボロスの蛇」自分のしっぽを

飲み込んでいる蛇のモチーフから取られているようです。

 

とにかく無限大が式に出てきてしまうと、その式は

成り立たなくなってしまいます。無限大に何を足したり引いたり
掛けたり割ったりしても、やはり答えは無限大になりますし、
しかも∞÷∞=1ではないし、∞×0=0でもないんです。

(そもそも無限大∞は限りなく大きいという意味の記号であって

数字ではない)

 



ここらあたりは数学的に難しいので、説明は省略しますが、
物理学では、式に無限大が出ると意味をなさなくなってしまいますので、
出てこないよう、だましだまし計算することが多いのです。


朝永博士がノーベル賞を取った「くり込み理論」も、そのだましテクニックの

一つでしたが、あのホーキング博士が、宇宙は特異点から始まるとする、
「特異点定理」を証明してしまいました。特異点というのは、圧力無限大、

温度無限大の状態ということで、そこではあらゆる法則が通用しません。

少し余談をしますと、温度の場合、下限は決まっています。絶対零度

−273.15℃です。これより温度が下がるということはありません。
ある気体で中の分子が動いている状態が、温度がある状態です。

 

朝永振一郎博士


活発に動いていればいるほど高い温度になります。その気体を冷やして、
どんどん温度を下げていくと、分子どうしがぎゅうぎゅうにくっついていって、
最後には隣とのすき間がなくなって動けなくなります。

これが絶対零度ということですね。逆に温度の上限というのはないようで、

無限大まで高くなると考えられています。

さてさて、ある日Aさんが家を出るときに右足から出ましたら、
しばらく歩いた先で車に轢かれて死んでしまいました。別の世界では、
Aさんは左足から家を出て、そしたら庭の敷石につまずいて転び、
家を出るのが遅れてしまいました。

 

ウロボロスの蛇

 

このときAさんは「ああ、なんて今朝はついてないんだ!」
と思いましたが、この遅れのために事故に遭って死ぬことはなかったのです。
ただしAさん自身はもちろんそのことを知りません。仮に、Aさんが右足から

家を出る確率と、左足から出る確率を同じ50%としましょう。


ではAさんが事故で死ぬ確率も50%なのでしょうか。ここは勘違いしやすい

ところです。一つの世界に限定すればそうも言えるでしょうが、
もし平行世界が無限にあるとすれば、∞×0.5=∞ になります。


とすれば、Aさんが生きている並行世界は無限大にあり、死んでいる

世界も無限大にある、ということになってしまわないでしょうか。

この無限大の意味を理解してパラレルワールドものを書いている

作者は少ないんです。では、今回はこのへんで。