小学校の6年だったな。父方の祖父の七回忌の法要があったんだ。
親父の車で、かなりの時間をかけて地方の大きなお寺に行ったんだよ。

日程はずらしてあったんだ。直前の日曜に。さすがに平日だと、集まれない

縁者もいるから。その祖父は旧家の当主だったんで、30人以上集まったよ。

内訳は、親戚が20人、それから地元で世話になったという人が10人くらい

だった。でな、お寺に行って親父とお袋が挨拶をすると、年寄りの

住職じゃなく、跡継ぎの息子が出てきた。当時、住職はまだ70台だったんだが、
肺炎でしばらく入院して、やっと退院してきたばかりで法要は務められない、
自分が変わりにやるって言ったんだ。まあね、そういう事情ならしょうがない。
内心みんな、どうせ形だけだからと思ってたのかしらんが、
役不足だって責める人はいなかったよ。

でな、わらわら人が集まってきて本堂に入り、ごちゃごちゃと挨拶をして・・・
跡継ぎ坊主がそれなりに袈裟を着て出てきて、手伝いの脇の坊主も2人いた。
法要の読経が始まったんだ。親父は末っ子だったし、うちはその地方を出てるしで、
末席ってことはないが、参会者の中ほどの位置で並んで座った。
もちろん正座だよ。親父から、お経の間中は膝を崩すなって言われててね。
始まってから10分もすると、もう足がしびれてきて、
そっからは早く終わってくれってそれしか考えてなかったな。
やがてお経が中断したんで、これで終わりかと思ったら、
そうじゃなくて御焼香だった。
親父、お袋の後について足をもつれさせながら何とか済ませて、
席に戻って前を見たら、祭壇の下の布が動いてたんだ。
 

いや、風で揺れてたわけじゃない。何と言うか知らないが、刺繍した

重たそうな布だったし。でな、それがぱらっとめくれて、白い顔が出てきた。

「ええっ!」と思ったよ。だってな、それ俺の顔だったんだ。もちろん

その頃の、子供の俺だよ。それがお経読んでる若い坊さんの膝元にいたんだ。

2重にびっくりだよ。もう一人の俺がいるのと、なんでか祭壇の下に隠れてたのと。
もう一人の俺は、すげえ陰気な顔をしてて、顔色も紙みたいに白かった。
俺以外の誰かが気がついて騒ぎになるかと思ったが、そんなことはなかったんだ。
みな神妙な顔をして、数珠とか鳴らしてたんだ。
そんなとこに子供がいれば普通気がつくだろ。ところがそうじゃないのは、
これは俺にしか見えねえのかな、って思うしかなかった。
それからはもう一人の俺から目が離せなくなった。

でな、その俺は、最初は目を薄目にしてたんだが、だんだんに開いて、
きょろきょろと参会者のほうを見回し始めたんだ。
その姿を見て、俺はいやーな気分になった。
なんでかって? うん、まあ理由は後で話すよ。
その俺は、あたりを見るのも飽きたのか、そろそろと体を半分ほど横に出して、
詰まれてたお供えの果物のほうに手を伸ばしかけた。
そんとき、俺らの後ろのほうがざわついた。
振り向くと、病後で臥せってるはずの老住職が、
若い坊主より一段と立派な袈裟を着て、
よたよたした足取りで、皆の横を回って歩いてきたんだ。
手にはあの座禅のときに居眠りしたやつの肩を叩く棒を持ってた。

若坊主も気がついたらしく、「父さん何です・・・」と言いかけたんだが、
住職は気にする風もなく、棒で若坊主の肩をぴしゃっと叩いたんだ。
そしたら、祭壇の下にいた俺は首をすぼめて、
ザリガニが下がっていくような感じに後ずさって祭壇にもぐっていった。
老住職は「みなさま失礼いたしました。
ここからわたくしが代わって務めさせていただきます」
そう言って、若坊主の言葉には答えもせず、
おしのけるようにして経を唱え始めたんだよ。
参会者はあっけにとられいたが、否も応もなかった。

老住職の読経は声も小さく、かすれていたが、たしかに威厳はあって

有難さが違う感じがした。みなもそう思ったんじゃないかと思うよ。


・・・こんなことがあったから、小1時間ほどで終わるはずだった法要が、
さらに30分程度も伸びちまった。
祭壇の下のものは、終わるまで一回も顔を出さなかったよ。
で、やっと終わって、別の間で会食があったんだが、
その前に、俺と父親が老住職に別の間に呼ばれたんだ。
近くで見る老住職はやっぱり病み衰えている感じだったが、
目だけはきりきりとしてて、近くで見つめられると怖かった。
老住職は「〇〇」ときつい調子で俺の名を呼んで、

「わしの息子は修行が足りず気がつかなかったようだが、〇〇は祭壇の下から

出てきたものを見ただろう」って聞いてきた。「・・・はい」

と答えると、何事かといぶかっていた父親が「何を見た」って重ねて聞いた。


老住職は一言「鏡だよ」と言い、
「わしが入院してた間に、ご本尊の近くによくない気が溜まっておって、
それが見えたんだ。息子も勤行の真似事はしてたみたいだが、
あんなものが溜まってしまうようでは話にならん。
いつまでたっても成仏はできんようだ」そう続けた。
それからまた俺のほうに顔を向け、
「ああいうよくないものは、悪い気を映す鏡のような役割をする。
何か心当たりがあるんだろう」こう言われたんだ。
でなあ、恥ずかしい話であまり言いたくはないんだが・・・まあ、昔のことだ。

その頃、近所の中学生の万引きグループに混ざってて、

見張りをさせられてたんだよ。ああ、10回以上はやってた。


観念してそれをしゃべろうとしたが、
老住職は「言わなくてもいい。いいが、もうやめなければいかんぞ」
厳かな調子でそう言ったんだ。
後に家に帰ってから、親父に問い詰められたんで白状したけどね。
それからいろいろすったもんだがあり、中学に入ってから、
そんときのやつらに嫌がらせも受けたけど、

悪いことは、まあしてねえよ。こんな話なんだ。
お寺のほうはなあ、老住職はあの後、持ち直して、
今は90近くなってるけど、いまだに住職を務めてるよ。

気の毒なことに、やめるにやめられないんだな。何でかって?

息子が5年前、乗ってたBMWで、信号無視で事故起こしちまったから。