通信会社勤務 種田道彦さんの話
あ、さっそく話していきますけど、僕、水が怖いんです。
はい、海や川も怖いし、あと雨が降った日の水溜りとかもです。
それだけじゃなく、蛇口から出る水道の水、
コーヒーや味噌汁も全部怖い・・・まあ、すべての液体が怖いなんて
言ってたら生きていけませんから、つとめて気にしないようには
してるんですけど。え、どうして怖いのかって?
それが、信じてもられないと思うんですけど、
水の中には龍がいるからです。僕、龍に祟られてるんです。
いえ、こんなこと誰にも言ったことはないです、
頭がおかしいと思われますから。はい、龍は実際に見ています。

全部で4回、ただそのうち、1回目のことはほとんど記憶にないんですが、
どうもそれがすべての原因みたいで。ああその、龍は西洋のドラゴン
じゃなくて、中国の細長い龍です。あの、角やひげがあって、
空を飛ぶっていう。・・・中学2年生のときです。8月のことでしたね。
僕は剣道部に入ってて、夏休み中の練習に出た帰りです。
田舎だったので、農道みたいな舗装してない道を歩いてたんですが、
急に空が曇って稲妻が光りだしたんです。それからゴロゴロゴロって。
土砂降りになりました。みるみるうちに道にも水が溜まって、
僕は傘を持ってなかったんで走り出したんですが、
家まではだいぶ距離があったので、あきらめて濡れながら歩いたんです。
そしたら、目の前の水溜りから、どーんと太く長いものがのび上がったんです。

いや、驚いて尻もちをついてしまいました。
で、それ、龍だったんですよ。龍は2階屋の屋根くらいの高さまで
水溜りから出てて、それからゆっくりと頭を下げ、
びしょ濡れになってる僕の正面に顔を出したんです。
はい、頭は50cmくらいはあったと思います。
真っ青に光る目をしてました。それで、腰を抜かしてる僕に、
こんなことを言ったんです。「見てのとおりの龍だ。お前を恨んでいる。
お前は5歳のときに、幼かったわたしの許嫁を無残にも殺した。
ずっと復讐を考えていたが、まだわたしの霊力が足りなかった。
しかし今、こうやって姿を現せるようになった。
お前を簡単には殺さない、少しずつじわじわといたぶり、

人生を滅茶苦茶に壊してやるから、覚悟しておくがいい」
これ、龍の口から音として出た言葉じゃなく、意味だけが頭に流れ込んで
きたって感じです。びびってしまって、口をきくこともできませんでした。
で、どのくらいの時間がたったか、気がつくと龍の姿はかき消えてて、
雨もあがってたんですよ。風が強くなって雨雲を吹き飛ばし、
切れ間から太陽と青い空が見えてきました。
呆然としたままなんとか立ち上がると、全身が泥だらけだったんです。
自分が見たものが信じられませんでした。みなさんだったらどうです、
実際にあったことって信じることができますか?
幽霊とかじゃなくて龍なんですよ。そんなものが現実にいるなんて。
うちに帰ったら母がパートから帰ってきてましたが、

「あの雨じゃしかたないね」と、泥まみれなのは怒られませんでした。
もちろん、龍を見たって話は誰にもしてません。
だって、言ったところで信じてもらえるわけがないですよね。
で、僕は翌日から高熱を出しまして、剣道部の稽古を3日休みました。
医者に連れてかれて、風邪だろうということで薬をもらって、
その間ずっと寝てました。寝ながら、龍の言ったことを思い返して
みたんです。僕が5歳のときに、龍の許嫁を殺した?!
でも、そのとき中2といっても小学校前のことなんか覚えてないですよね。
あきらめてうとうとしてたら、夢を見たんです。
公園で一人で遊んでいる自分。それを上から見下ろしてる感じで。
その小さい頃の自分は、水飲み場の水道からおもちゃのバケツに水をくみ、

砂場にぶちまけて。でも、砂だからすぐしみ込んじゃいますよね。
夢の中の僕はそれを何度もくりかえし、砂をまるめて団子をつくってて、
少し水が溜まってるところから、何かを引っぱり出しました。
ドジョウよりも少し大きいくらい。でも蛇ほどじゃない。
それは手の中でくねくうねと動き、手の甲にがっと噛みついて、
はい、そのときに生き物の頭がクローズアップのように大きく見え、
龍だ、と思いました。幼い僕は立ち上がり、龍の尾をつかんで引きはがし、
持ったままふりまわして、近くのコンクリの支柱に何度も叩きつけ、
それから地面に落として踏み、遊び遠具を放り出して、
泣きながら公園を出てったんです。そこで目を覚ましました。
「・・・龍を殺した?」それで、夢の中で噛みつかれた

手をよく見てみたんです。そしたら、左手の親指のつけ根に、
色が1cmほど変わってるとこがあったんです。ただそれは、
傷とも言えないもので、噛まれた跡かどうかはわからなかったんです。
それから・・・僕は高校を卒業して、現在勤めている携帯電話の会社に
就職したんですけど、もう龍を見ることはありませんでした。
だから、あの中学のときのことは、突然の雷に驚いて、
幻覚を見たんだろうと考えたんです。というか、長い年月の間に
すっかり忘れてしまったんですね。それから、仕事の取引先で知り合った
女の子とつき合うようになり、結婚が決まりました。
その結婚式のときのことです。僕らの地域では、
結婚式はかなり派手にやるんですが、ほら、お色直しなんかないとき、

前に座ってると友人たちがお酒をつぎにきますよね。
でも全部は飲んでられないので、足元にバケツを置いて、
つがれた酒をそれに捨てるんですが、袴をはいてた足に何かが
あたったんです。何気なく下を見ると、バケツから龍が首を伸ばしてました。
はい、前見たのとは違って小さい姿でした。ぎょっとしました。
そのとき、また頭の中に声が響いたんです。
「お前はわたしの許嫁を殺した。幸せになれると思うなよ」って。
とっさに、バケツを足で蹴り飛ばしました。中の酒がこぼれ、
龍はもうどこにもいませんでした。その後、新婚旅行に行ったんですが、
このことを思い出して、気持ちが晴れ晴れとはしなかったんです。
でも、結婚生活は順調でしたよ。ただ、龍のことはときおり頭をよぎって

不安になることもあったんです。3年間、何事も起きず、
ある日、妻から妊娠したことを告げられました。もちろんうれしかったです。
それが1月のことで、エコーやその他の検査から、胎児は順調に育ってる
ということだったんですが・・・春に入り、その日、僕は会社にいまして、
午後のことです。トイレに入って手を洗おうとしました。
手を伸ばしたとたん、蛇口から緑色のものが出てきたんです。
それは重力に逆らって天井のほうへ上っていき、
急に太くなって龍の頭になったんです。あの真っ青な目をした龍でした。
龍は僕を見すえ、「お前の血を引くものは、今 死んだぞ」
また頭の中に声が響いてきたんです。そして龍は蛇口へと吸い込まれていき、
そのとき、上着の内ポケットでスマホのバイブレーションが・・・

よろよろとトイレの外に出て、電話に出ました。
相手は、妻のために来てもらっていた義母で、妻がお腹が痛いと言って
病院に運ばれたってことだったんです。上司に事情を話してすぐに駆けつけ
ましたが、妻は鎮静剤で眠っており、担当の医師から完全流産だったことを
告げられました。はい、子どもが死んだ状態で分娩されたってことです。
医師に連れられて別室に行き、ガラス瓶に入った胎児を見せられました。
話では、検査では以上はまったく異常はないはずだったが、
奇形が生じており、それが流産の原因になったということでした。
ガラス瓶の中のものは、まだ人間の形をしておらず、
カエルのような形で、ところどころに鱗のようなものが見えました。
ありえない、きわめて珍しい症例だって言われたんです。