板金業 三輪洋平さんの話
これな、うちのじいさんの話ではあるんだが、俺にも関係してるんだよ。
俺の実家は長野の山間部の田舎で、今も残ってる。
藁葺き屋根の農家で、築何年になるのかもわからないほど。
誰も住んじゃいないんだが、親父が年に数回行って、
朽ち果てないようにいろいろ手入れをしてるんだ。
なんでそんなムダなことをしてるかっていうと、納戸の奥に瓶をしまって
るからなんだ。何を入れてる瓶かって?それをこれから話すんだよ。
あれはもう、30年も前になるかな。じいさんは大腸癌で死んだんだが、
具合が悪くなったときには、すでに癌が腹の中いっぱいに広がってて、
手がつけられなかった。手術もできなかったんだよ。
で、腸閉塞を起こして物が食えなくなった。

今だったら、バイパス手術とかステントを入れるとか、それなりの対処法が
あるが、当時はどうにもならなかったんだ。で、物が食えなくても
胃液や胆汁は出るから、それが腹の中に溜まって1日中吐く。
緑色のものをドロドロ吐くんだよ。俺が病院に見舞いに行ったのは1回だけだな。
ああ、じいさんの様子があんまり酷いんで、両親が俺に見せたくなかった
んだと思う。でな、こっからは俺の親父から聞いた話なんだ。
親父がじいさんの病室についていて、痛みで丸まってるじいさんの
背中をさすっていたときに、じいさんは、「もう無理だ、苦しゅうてならん。
いよいよわしも終わりだから、瓶を割ってくれ」こんなことを言ったんだよ。
親父はそのときには瓶の話を聞いていたから、もうこれ以上じいさんが苦しむのを
見たくないと思って、「わかった」って言ったんだよ。

それで、実家の納戸に行って瓶を割ったんだ。そしたら、じいさんはその夜から
昏睡に陷って、翌朝に眠るように息を引き取った。
え、意味がわからないって? まあそうだろうな、説明するよ。
実家の納戸の奥には、古いが頑丈なつくりの棚があって、そこに20cmほどの
瓶が置かれてる。青い色をした焼き物だが、高価なものではない。
その瓶に何が入ってるかは、まだ俺にはわからないんだ。
でな、その瓶には、じいさんの名前を筆で書いた札が貼ってある。
親父はそれを外に持ち出して、横に倒して掛矢を何度も振り下ろし、粉々に割った。
ああ、そう。それを割るとな、安楽死というか、苦しまずに息を
引き取ることができるんだよ。何でそんなものが、いつからあるのかわからない。
今、瓶は二つあるんだよ。一つは親父ので、一つは俺のもの。

親父の瓶をつくったのはじいさんで、俺の瓶をつくったのは親父。
これはな、長男にだけつくるんだよ。理由はわからねえが、
女の子のものはない。そうだな、女は嫁に行くからかもしれない。
親父に頼まれてるんだよ。もし、苦しむだけで治らない病気にかかったら、
実家に行って瓶を割ってくれって。ああ、もしそうなったら、やるつもりでいるよ。
でな、何でこの話をしたかっていうと、この間親父から連絡があって、
瓶のつくり方を教えるってことだった。俺に男の子が生まれたからだよ。
ああ、もちろん承知した。まあ今は、緩和ケアとかの技術が進んで、
そんなに苦しまずに死ねるようになってるみたいだが、それはそれとして、
瓶の中に何が入ってるか、すごく興味がある。あんたたちだって知りたいだろ。
別に秘密ってことじゃないようだから、わかったらまたここに来て話すよ。

清掃会社勤務 佐藤正武さんの話
あの、わたしね、清掃用具のレンタルの仕事をしてるんです。
その日も仕事中で、社用車で県道を走ってたら、脇の植え込みから白い猫が
飛び出してきて、避けようがなくてはねてしまったんです。
車の通行の少ないとこだったので、車外に出て確認したら、
猫は対向車線の端までふっ飛んで、白い体が真っ赤になって死んでました。
そのままにしておけないんで、保健所に連絡し、場所を話して
処理してくれるように頼みました。それから、ガソリンスタンドに入って、
車の下回りを見てもらったんです。へこんだりしてるとこはなかったけど、
猫の血がかかってたので、洗車してもらったんですよ。
はい、黒猫は祟るって言いますけど、白猫でしたからねえ。
それでも1日中、そのことを考えて後味が悪かったですよ。

でね、翌日です。朝、出勤しようと車庫に入ったら、車の後ろに子猫がいたんです。
それも3匹、全部白猫でした。目も開かない生まれたばかりの子猫。
前日のことを考えてゾッとしたんですよ。あの、わたしが轢いた猫の子どもなのか
って思って。でも、そんなはずはないんです。自宅と現場はずいぶん

離れてますので。うちの車庫のシャッターは錆びてきて完全に下まで下りないから、
そっから入り込んだんだろうと思いましたが、親猫の姿はない。
これも保健所に連絡して引き取ってもらおうかと考えたんですが、
それだと子猫たちは処分になっちゃうでしょ。そうすると、2日で
4匹も猫を死に追いやったことになる。それは嫌だったんで、
妻に、子猫の保護をしてるところを調べてくれって頼んで、出勤しました。
ほら、ボランティアで猫の里親探しをしてる団体ってあるじゃないですか。

その日は、わりと早く仕事から帰ってきたんで、妻にどうなったか聞いたら、
里親団体とは連絡がついてるって言いました。それでね、住所を聞いて、
車で行ってみたんです。子猫たちは、ダンボール箱にタオルを敷いたのに
入れて車に積んで。3匹ともずっと眠ってましたね。
でね、行った先はわりと近くの民家で、チャイムを押すと女の人が出てきたので、
事情を話したら、「それはわざわざご苦労様でした。里親は私どもで、
責任を持って探させていただきます」こうおっしゃったので、
ほっとして子猫たちを箱ごと渡して、帰ろうとしたんです。
そしたら、その女の人は1匹ずつ子猫たちのお腹をさわってましたが、
急に顔を上げてきつい目つきになり、「この子たち、みんなあなたを恨んでます」
って言ったんですよ。怖くなって、何も言わずに逃げ帰ってきました。

団体役員 大村光輝さんの話
先週の日曜日にあったことです。その日は仕事が休みなんで、
午後から今で映画のビデオを見てくつろいでたんですよ。そしたら、
買い物から帰ってきた妻が、あわてた様子で入ってきて、
「和室にお侍さんがいるけど、あなたのお客さん?」って聞いてきたんです。
最初は何を言ってるんだかわかりませんでした。
「え? おさむらいさんって何だ?」 「武士よ、昔の武士」
「???」 話が噛み合わなかったんで、ビデオを止めると、
妻が私の袖を引っぱって、いちばん家の奥の、
来客用の和室に連れてったんです。「ほら、あれ」
そこは引き戸で、ガラス障子が上にはまってるんですが、そっからのぞくと、
たしかに和テーブルに、黒い羽織の武士が正座してたんです。

あっけにとられました。それでおそるおそる入っていって、
「あの、どちら様ですか?」こう聞いたんです。そしたら武士はおもむろに
刀を腰から外して脇に置き、正座のまま私のほうに向き直って、
深々と礼をしたんです。それでとりあえず私も座りました。
ここからはその武士の言ったことですが、なにぶん昔の言葉で話してましたので、
たぶんこうなんじゃないかって思った内容です。
「お屋敷の主人殿でいらっしゃるか。申しわけない。拙者、特別のお役目の

最中でござったが、手違いでこの屋敷に迷い込んでしまったでござる。
ただ、前にもあったことなれば、戻る手段は存じております。
つきましては、姿見と水を一杯お貸しいただきたく」わけがわからない

ですよね。でも、刀を持ってるし、言うとおりにしようと思って、

妻の姿見と、茶碗に一杯の水を持ってってテーブルに置いたんです。
その武士は「かたじけない」とまた頭を下げ、懐から昔の長財布を出し、
「これは些少なれど、御礼として」って小さいものをテーブルに置きました。
それから姿見に向き、しばらく映ってる自分の姿を見つめてたんです。
5分ほどもそうしてましたか、やがて、「よしや!」という声とともに、
腰に刀を差し直し、茶碗の水を口に含んで、姿見にぷーっと霧状に吹きかけました。
そしたらですね。ぼうっと武士の姿は薄くなり、ふっと消えてしまったんです。
びっくりしましたよ。ええ、鏡は水で濡れてましたし、後で鑑定してもらったら、
テーブルにあったのは四分銀ってやつだったんです。どういうことなんですかね。
あの武士、頭もかつらとかじゃなく、ほんとに剃ってたように見えましたよ。
それと、お役目の最中って言ってましたが、いったい何をやってたんでしょう?