あ、じゃあ話していきます。一昨年の秋、娘を交通事故で亡くしました。
8歳になったばかりでした。日曜日に妻と買い物に行って、
妻がちょっと目を離したすきに、道の端に出て、宅配会社のトラックに
引っかけられたんです。それ自体はたいして強くぶつかった
わけじゃないんですが、倒れて頭を打って・・・
はい、それが始まりというか、どんどん人生が狂っていっちゃったんです。
娘の葬儀がすんでしばらくして、妻と毎日言い争うようになりました。
妻だけに責任を押しつけてはいけないことはわかっていたんですが、
どうしてもよけいな一言が出てしまって・・・
結局、関係は修復できないまま、離婚することになったんです。
それから、わたしは鬱になりました。何もする気にならず、

会社にも出ていかず、辞めることになったんです。
わたしは外資系の証券会社に勤めていまして、ああいうところは、
1年契約なんですよ。ですから、馘になる前に自分から退職を申し出ただけ、
まだしもよかったと思います。それと、自分ひとりだけなら、
食べていくあてはあったんです。退職前から株などの個人取引をしてまして、
そこそこの利益は出てましたから。鬱のほうは、心療内科にかかり、
薬を飲んで、少しずつよくなっていきました。
だんだん身の回りのことができるようになり、その時点で、
娘、妻と暮らしていた家を出ようって思いました。
何を見てもよかったころの思い出ばかりで、苦しくてしかたなかったんです。
田舎の町へ行って、誰もわたしのことを知らないところで暮らしたい。

ほら、今は過疎の町で、空き家をわずかな賃貸料で貸してるところが
あるじゃないですか。古民家移住ってやつです。
ネットでいろいろ調べてみたら、南関東のほうにいい物件があったんです。
そういうのって、ほとんど一軒家なんですけど、
わたし一人で暮らすんだから広くないほうがいい。ほんとうは一部屋あれば
十分なんですが、自然の中で生活を立て直したかったんです。
そしたらね、ある町の林の中にある平屋建て一軒家ってのが見つかりまして。
賃貸料は東京からしたら、タダみたいなものでした。
見に行ったら、敷地は広く、庭にちょっとした畑の跡があって、
前の住人が、家庭菜園で野菜をつくってたみたいでした。
その家の右手に、もう1軒 家がありましたが、

案内してくれた町役場の人の話では、そこも空き家で誰も住んでないって
ことだったんです。それはそれでよかったって思いました。
で、そこに住むことに決めて引っ越しをしました。
持っていったものはわずかです。デスクトップのパソコンと、
身の回りの品、それと娘の位牌。電気・ガスなどを入れてもらい、
光回線も引いてもらいました。スーパーなどには遠かったので、
それまで持ってた大型車を売り、中古で軽を買いました。
そうして、私の新しい生活が始まったんです。
家は築40年ほどということで、古いんですが、雨漏りなどもなく、
当分はもちそうでした。家にはときおり郵便配達がくるだけ。
そこに住んで、少しずつ心が回復していく感じがしたんですよ。

投資のほうもまずまず順調で、お金の心配はしないですみそうでした。
それで、去年の春、家の敷地にある家庭菜園を復活させようと思ったんです。
はい、昔からそういうことにあこがれていたこともありました。
ネットで調べて、畝をつくるところから始めたんですが、
これが思ってた以上に難しい。悪戦苦闘して、クワを持つ手にマメができました。
そんなある日のことです。いつものように午後に庭に出ましたら、
垣根でへだてられてる草ぼうぼうの隣の家の庭に、人が立ってたんです。
若い女の人でした。あ、なんていうか、そのときはそう思ったんです。
その人は、こちらに気がついたようで、わたしを見て会釈してきました。
それで、わたしのほうでもお辞儀を返して、こう声をかけました。
「そちらのお宅、空き家だって聞いてましたけど」そしたら、

「はい、長い間、人は住んでおりません。ですけど、井戸があるので、
ときどきお祀りしているんですよ」って。「お祀り?」
「はい、井戸には神様が住んでて、お祀りをかかすとよくないので、
お塩とお米をお供えして。よかったら見にこられませんか」
「ははあ」それで、表を回って敷地に入っていくのは不躾だと思って、
垣根の近くまで寄りました。そしたら、たしかに丸井戸の縁らしきものが見え、
その上に白いものがあがってたんです。その人は、
「井戸を残しておくなら、定期的に捧げものをしないといけませんから。
また1ヶ月ほどしたら来ます」そんなことを言ってたと思います。
そのときはそれで終わったんですが、奇妙なのは、畑仕事が終わって
家の中に戻ったとき、女の人の顔をまるで覚えてなかったことです。

それだけじゃなく、着ていたものについてもあいまいでした。
白い着物だったような気がするけど違うかもしれない。正面から姿を見てる
はずなのに。まあでも、それほど気にはしてませんでした。
それからも毎日数時間は畑仕事をしましたが、何も起きず、
1週間後くらいですね。4部屋あるうちのひとつだけを仕事場に使って、
そこで寝起きもしてたんですが、夜、夢を見たんです。
それが、久しく見なくなっていた亡くなった娘の夢です。
その中で、娘は時間がとまったように微笑んでいて、わたしはそっちに行って、
娘を抱き上げたいが、何か間に透明な壁のようなのがあって、
どうしても行けない。夢なのに、自分が涙を流しているのがわかるんです。
娘の名前を呼びながら、唐突に目が覚めました。

そのとき、わたしの体の上に何かが乗っていたんです。
白い丸いものでした。うまく説明することができないんですが、
サンショウウオっていますよね。あれを人間ほどに大きくして、
真っ白にしたようなものの頭、とでも言えばいいんでしょうか。
そしてそれは、私が目を開けるとすぐ、何かに引っぱられるように、
びゅんと消えたんです。これ、いい例えじゃないかもしれませんが、
ゴムを引いてから手を離すと、すごい勢いで飛んでいきますよね。
あんな感じだったんです。そのときは、自分で覚めたつもりでいても、
それも夢の一部だったんだろうと思いました。娘のことを思い出してしまい、
朝まで眠れませんでした。明るくなって起き上がると、
床の畳がぬめる気がしました。指をつけるとべとっとした感触で、

何か粘液のようなものがこぼれているんだと思いました。
それと、棚の上に置いてある娘の位牌と写真、そのどちらもが倒れていたんです。
奇妙に思いましたが、もう一度立て、バケツを持ってきて
床を掃除しました。水にもぞうきんにも、色がつくことはなかったです。
そのことがあって気味が悪くなり、寝る布団だけを一つ奥の部屋にしました。
ええ、それからはおかしなことは起きませんでした。
ただ、娘の夢を続けて見るようになり、だんだん体調が悪くなっていって、
この町の病院に行かなきゃいけないと思いました。
ですが、それもおっくうで、1日のばしにしてしまいました。
それと家庭菜園のほうも、ずっとやる気が起きず、そのまま放り出して
しまって。で、あの井戸を祀ってる女の人を見てから、ちょうど1ヶ月目くらい。

真夜中でした。また娘の夢を見て目を覚ましました。「〇〇」布団の中で
娘の名を呼んだとき、「なあに、お父さん」という声が聞こえたんです。
驚いてそっちを見ると、隣の部屋のふすまが開いていて、
そこから娘が顔を出していたんです。いえ、これは夢じゃありません。
がばっと起き上がり、「〇〇!」名前を呼びながらふすまに駆け寄りましたが、
その前にふすまはタンと閉じられ、わたしが開けると、娘は笑いながら、
「お父さん、こっちこっち」と玄関のほうに駆けていきました。
それを追って、履き物もはかずに外へ出ました。外は真っ暗でしたが、
娘の体は白く光ってて・・・このあたりで、おかしいと思い始めたんです。
「これは現実じゃない、娘はもう死んでるんだ、位牌もある」って。
娘は隣家との堺の垣根を飛び越え、「お父さん、こっち来て」

と呼び続けます。わたしが垣根の前までくると、娘の体をとりまく白い光は
ますます強く、井戸の縁に腰かけて脚をぶらぶらさせました。そのとき、
「これは娘じゃない、この世のものじゃない」って、もう一度思いました。
わたしは強く垣根の竹棒を握りしめ、「わたしはいかない、
娘はもう死んだんだよ」叫ぶようにそう言ったんです。
そのとたん、娘の顔がぐじゃっと崩れました。体も色と形を失って、
そこにいたのは、人の大きさがある、細い手足のついたナメクジのような
ものでした。前に言ったサンショウウオに似てた気もします。
その体は伸び縮みし、光も失って、ぐらりと傾いて井戸に落ちました。
ややあって、くぐもった水音がかすかに聞こえました。はい、こんな話なんです。
今はまた東京に戻って、アパートに住みながら病院に通っています。

タイトルなし