昨年のお盆のときのことです。一家で実家のある町のお寺さんに

行きました。なに、実家といっても車で1時間少しなんですが。

自分らのところでは、墓に参る前にお寺さんに寄って、

位牌堂でお経をあげてもらうんです。20畳の部屋が開放され、

そこで参拝者が待っていることができるようになっていました。

部屋にはエアコンもありましたが、それは使用されておらず、
かわりに大きな池に面した縁側のサッシがすべて開け放たれ、
風が通って気持ちがよかったのを覚えています。
読経が終わり大広間に戻って、私たち家族はサイダーをいただいて、
住職から実家のある町の知り合いの近況などを聞いておりました。
それから、来年3回忌となる母の法要の打ち合わせをして、


お布施をお渡しし、さておいとましようとしたときのことです。
縁側の庭木のほうから一匹の大きな足の長いヤブ蚊が、
フーンと音を立てて部屋の中に入ってきたのです。
それはふらふらと飛んで住職の顔の前を横切ろうとしました。
住職が両の手のひらを宙に出してパンと強く打ち合わせました。

そのとき私の耳に「あぎゃあっ!」という大きな悲鳴が聞こえたように

感じました。聞き覚えのある声でした。・・・末期ガンで亡くなった母が、

病院で麻酔が切れかかったときに、何度も漏らしていた悲鳴に

そっくりだったんです。「ああっ」と住職が驚いたような声を上げました。

「ああ、わたしとしたことが蚊を打ちつぶしてしまいました。今とっさに・・・
これまでこんな殺生はしたことがなかったんですが・・・」

住職は困惑したように声を落とすと、手を洗うと言って席を外しました。
私は妻に「今、何か声が聞こえなかったか?」と聞きましたが、
妻は「いいえ、何にも」と、まったく気づいていない様子でした。
それでそのときは自分の空耳だと思ったんです。
住職が戻ってきたので、あいさつをして席を立ちました。
車に乗り込もうとしたとき、小学6年生の息子が小さな声で、

「お父さん、さっき和尚さんが蚊をつぶしたとき、

死んだおばあちゃんの声がしたよね」と、ささやいてきたんですよ。


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