大学生 石脇洋一さんの話
あ、どうも、じゃあ話していきますね。俺、実家が長野県の片田舎で、
今は東京の大学で歴史の勉強をしてるんです。
それで、この間ですね、実家で親父が庭いじりが趣味で、
業者に頼んで、新しく山から松の木を移植しようとして、
穴掘ったんですよ。そしたらね、壺が出てきたってことでした。
それもかなり大きなもので、見に来ないかって電話が来たんです。
もしかしたら甕棺かもしれないって言ってました。
うーんと思いました。甕棺なら北部九州が本場だけど、
長野でも出てないことはないんですよね。俺も興味を持ちまして、
土日をかけて帰省したんです。で、実物を見てびっくりしたんです。
何とも言えない異様なものでした。

甕棺じゃないのはひと目でわかりましたが、瓶とも壺とも言えない
不思議なものだったんです。ちゃんとデータとってあります。
長さが1m82cm、ほぼ6尺です。口の直径が41cm、
つまり細長いってことですね。しかも、胴の部分が、
ミミズがのたくるような形でうねってたんですよ。色は飴色で
光沢がある。釉薬をかけて焼いてあるんだと思いました。
だから、古代のものじゃないんです。底は丸底で立てることができません。
ふつう、丸底の土器ってのは、灰に埋めて火にかけるのに使うんですが、
そんな長さのものを煮炊きに使うわけがない。はい、どんな本にも
あれと同じ物は載ってないですよ。口には蓋・・・というか、
栓がしてありました。硬い木を削ってピッタリはまるようにして。

うーん、うちの実家のある地域は、特に古代の遺跡が多いってことは
ないです。ただ、そのあたりは江戸時代に庄屋屋敷があったとこなんですね。
いや、うちの祖先が庄屋ってことじゃなく、戦後の農地開放のとき、
広い敷地を分割したのを買ったみたいです。
だから、江戸時代の庄屋屋敷のときに埋められた可能性はあります。
壺の栓は俺が開けてみました。ぴったりはまり込んでたので、
壺を割らないように注意しながら、少しずつノミで削ってったんです。
そんなに難しくはなかったです。栓の厚みは10cm程度だったので。
でね、最初にノミを打ち込んだとき、ボーッという船の汽笛みたいな
音が響いたんです。いや、たぶんですけど、穴が空いて、
中に溜まってたガスがもれた音なんじゃないかと思います。

それでね、中は空だったんです。これはちょっとがっかりしました。
まあでも、壺を転がしたりしたとき、何の音もしなかったんで、
空の可能性は強いと思ってましたけど。はい、中には液体も、
粉みたいなものも入ってませんでした。ただ、茶色に変色した和紙が
一枚だけ見つかったんです。なんか筆字が書いてたみたいだけど、
劣化してて読むのは不可能でしたね。それ以上は僕じゃどうにもならないんで、
地元の教育委員会に連絡しました。後日、その人たちが調査に来て、
掘った穴の地層なんかを見たけど、遺跡じゃなかったんです。
その壺だけが単独で埋まってたってことですね。他に気がついたこと?
うーん、あ、そうだ、これ関係あるかどうかわからないですけど、
壺の栓を開けてるときに、近所の石田くんって小学生が見に来てたんです。

6年生ですが、そういうのが好きみたいで、壺を開けるとこが見たいって言って。
うちの庭から壺が出たってのは、近所じゃけっこう評判になってたんですね。
でも、石田くん、その後すぐに病気になっちゃったみたいなんです。
僕は大学に戻ってたので詳しくはわかりませんけど。何か関係がある

のかもしれません。壺はまだ教育委員会のほうで保管してます。

農業 石田浩一郎さんの話
ああ、うちの息子のことですね。あの日曜日の午後からどうも元気が
なかったんです。夕食もほとんど食べなかったんじゃないかな。
「どうした?」って聞いたら、ただ「ムカムカする」って言うだけで。
「医者に行くか?」って言うと、「だいじょうぶ」そう答えたので、
一晩様子見て、朝になっても具合いが悪かったら、学校を休ませて病院に
連れていこうと思ってたんです。そしたら、起きたときはケロッとしてて、
朝食もふつうに食べました。だから大丈夫だと思って学校に出したんです。
それがまさか、あんなことをするとはねえ。はい、午後の授業中に急に
暴れだしたんです。暴れたっていうか、担任の先生は踊ってたって言ってました。
突然立ち上がって、手足をゆっくり動かしながら担任の先生に近づいてって、
手首に噛みついたんです。はい、全治1週間ってことでした。

いや、うちの息子は歴史に興味があってね、その先生も大学で社会を専攻してて、
息子は大好きなんですよ。なんであんなことをしたのか自分でもわからないって
言ってました。息子は取り押さえられまして、先生はだいぶ出血したみたいで、
救急車で病院へ。ただ、縫うまでの傷でもなかったんです。
いやもう、うちとしては学校に飛んでいって平謝りですよ。
もちろん病院の費用も全額負担させていただきました。学校側としては、
事を荒立てる気はないって聞いて、心底ほっとしたんです。先生も笑って

許してくれて・・・だから、あの先生があんな事件を起こすとは信じられ

ませんでした。息子はまだ、病院の心療内科に検査入院してますが、病院でも、

息子が突然取り乱した原因はわからないみたいです。え、壺ですか?そういえば、

近所の家で妙な壺が掘り出されたのを見に行ったって息子が言ってました。

小学校教員 石本健治さんの話
何から話をしたらいいんですかねえ。まず、学校で授業中に石田くんって生徒に、
突然手首を噛まれたんです。ああ、その話は聞いた。じゃあ自分の事件のことだけ、
説明していきます。ただ、何であんなことをしたのか本当にわからないんですよ。
警察でも、そう話すしかなかったんです。石田くんに噛まれて3日後のことです。
その日、1学期の評価をまとめてまして、遅くまで学校にいたんですよね。
ただ、遅くと言っても、小学校は部活動はないですから、
せいぜい9時くらいまでです。時計を見て、そろそろ帰ろうかって思って、
その後の記憶がないんですよ・・・うちの学校は、警備保障システムに

なってまして、月に何回か、契約してる会社の警備員さんが見回りにくるんです。
時間は深夜、12時前後ですね。もし、その時間まで学校に残ってる場合は、
警備会社に電話を入れることになってたんです。まずそんなことはないんですが。

で、ここからは聞いた話です。自分の行動なのに、ほんとに記憶がないんです。
職員室にいた私は、警備会社の車が来たとき、玄関から踊りながら出ていって、
2人組の警備員さんが近寄ってくると、その一人の腕に噛みついたってことで。
すぐにもう一人のほうに引き離されたんですが、私が噛みついた方は
手の甲に裂傷を負って、病院で数針縫うことになりました。そのあたりで、
私は正気に戻ったんですが、自分で何をやったのかまったく覚えてなかったんです。
はい、生徒の石田くんと同じです。警備会社のほうでは、
警察には知らせなくてもいいと言ってくれたんですが、傷害事件ですからね。
校長や教育委員会と相談して、自分から警察へ出頭したんです。
はい、警察で取り調べを受けて書類送検されました。現在は謹慎中です。
担当の刑事さんは、おそらく不起訴だろうと言ってましたが・・・

まあ、不起訴であっても教育委員会からの懲戒はあります。
それは、慎んて受けるしかないです。え、壺ですか、ああ、石脇さんの庭から
出たっていう。はい、石田くんからちらっと話を聞いてます。
何なのかはわからないですね。ただ、私は地方史を少し勉強してまして、
石脇さんのお宅のあるあたりは、江戸時代の庄屋屋敷の跡なんですね。
で、そこの庄屋には義民伝説があるんです。はい、過酷な年貢に耐えかねて、
一揆の首謀者になって処刑されたっていう。たしか20何名かが処刑されて、
その人たちを祀った義民塚というのが、近くにあるはずです。
それにしても不思議です。石田くんといい、私といい、人の腕に噛みつくなんて。
もしかして、何か伝染病のようなものかもと考えたりもしたんです。そう思った
ほうが心が落ち着くというか。でも、病院の検査では異常はありませんでした。

警備員 松本裕司さんの話
うちの同僚の石峰のことだろ。さんざんマスコミの取材を受けたけど、
会社から箝口令が出てるんだよ。だから何にもしゃべれない。
新聞やテレビに出てるとおりの殺人事件。石峰が突然駅前で、
石富さんって老人の首に噛みついて出血多量で死亡した。それ以上のことは
俺にもわからねえから。ただ、一言だけ言っておくと、石峰は真面目で
温和な性格、あんなことができるやつじゃないんだよ。
え、壺? いや、何のことか知らねえな。そんな話は聞いてない。

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