アルバイト 佐々木健一さんの話
3週間前の金曜日のことだったんですよね。俺、カラオケボックスで
バイトしてるんです。その日、かなり強い雨が朝から降ってて、
ふだんはチャリでバイト行ってるのが、傘さして歩いてったんです。
それで、帰りが深夜の2時ころになって、雨はやむどころか
傘さしてても濡れるくらい激しくなってました。側溝から
ゴボゴボ水があふれ出て、道路に数cmくらいまで溜まってたんです。
そんときは駅前の大通りの一つ裏の道を通ってて、
早くアパートに帰って寝たいとしか考えてなかったです。
で、そんな時間だから車も人も通ってなくて、どの信号も黄色の点滅。
交差点を渡ろうとしたときに、足元がぐらっと揺れた気がしたんです。
最初、地震かって思いました。道路が斜めになって、

俺は道の真ん中のほうへよろけていったんです。
立っていられなくなって、傘をほうり出してしまいました。
そのとき、強い雨の中でも「ゴゴゴオッ」てすごい音が聞こえて、
俺、よつんばいになっちゃったんですよ。そしたら、目の前 数mの
ところのアスファルトが、ボコッとへこんだんです。
はい、道路が陥没したってことです。で、俺のいる場所も傾いてて、
そのままだと穴に落ちそうだったんで、とにかく穴から離れるように
這ってったんです。幸い、その穴に落ちることはなかったけど、
全身びしょ濡れになりました。それで、だいぶ離れた店のアーケードの下まで
行ってから、スマホで警察に通報したんです。「道に穴があいた」って。
そしたら、警察から、その場で待ってるように言われまして。

で、しかたなくそこにいたんです。穴はそうだなあ、直径2mくらいかな。
前に九州のどっかで、大きな道路の陥没があったでしょ。
あんな大規模なものではなかったんです。雨はやや小降りになってました。
「あーあ」と思いながら穴のほうを見てたら、
何か動くものが顔を出したんです。はい、虫、芋虫だと思いました。
ただね、長さが1m以上あって、太さは人のふくらはぎくらい。
「え、え、え?」それで、虫は1匹じゃなかったんです。
最初の1匹がアスファルト上に登ると、次から次からわらわらと出てきて。
全部で20匹近くいたと思います。それで、2種類いたんですよ、
黒い芋虫と白い芋虫が。白いのは大根みたいだったし、黒いのは、
形も大きさも同じなんだけど、色だけが違う。

そうですね、数は半々くらいだったと思います。でね、その芋虫たち、
斜面を登って平らなとこまでくると、道路の水たまりに沈むようにして、
どれも消えちゃったんです。また「え、え、え?」ですよ。
そうしてるうちにパトカーの音が聞こえてきたんで、
道に出て両手を上げて振ったんです。パトカーが停まって出てきた警察官に
穴のほうを指差すと、事情はすぐわかったみたいで、
通報したことを感謝されました。で、住所と名前を聞かれて俺は放免。
そんときには雨はやんでましたね。でねえ、虫のことを言おうかどうしようか
迷ったんですけど、結局言わなかったんです。だって、あんなのこの世に
いるわけがないし。そのままアパートに帰ってシャワー浴びて寝ました。
道路の陥没は、翌日、地元のテレビで報道されてましたね。

介護士 岸和田優子さんの話
地元の介護つき老人ホームで働いています。うちのホームは有料で、
寝たきりの入居者の方が多いんですが、車イスで動けるという人もいます。
で、佐藤さんっていう男性の入居者の方なんですが、
年齢は82歳、完全な寝たきりなんですが、酸素とか胃瘻とか
そういうのはつけてないし、頭はそんなにボケてなくて、
意思疎通もできるんです。それで、その日は私が早番で、
朝の7時半ころに、それぞれのお部屋にあいさつに回るんです。
私が入っていくと、佐藤さんはもう起きてられたんですが、
私の顔を見てほっとしたような様子で、床を指さしたんです。そして、
「ほらそこ、黒い穴が空いてるだろ、あんた落ちないようにしなさいよ」って。
でも、見ると、カーペットが敷いてある普通の床でした。

まあ、そういうことをおっしゃる入居者の方はいますし、慣れてるんですが、
佐藤さんが言うのは初めてでした。それで、そういうとき、
入居者の言うことを頭ごなしに否定したりはしないんです。
「ああ、穴ですか」私がそう答えると、佐藤さんは、
「朝方だなあ、4時か5時ころちょっと雨が降ってただろ。そんときに、
ぼこぼこっという音がして目が覚めて、そしたら穴になってたんだ。
変だなあと思って見てたら、中からでっかい白い虫が出てきたんだよ。
あれはキャベツとかによくついてる芋虫だなあ。その大きいやつ」
「それで、どうなったんですか」 「いや、芋虫はそのあたりを這い回ってたが、
いつの間にか姿が見えなくなった」こんな話をされたんです。
それで、このことは朝の打ち合わせのときに主任に話しました。

認知症の兆候かもしれませんし。とりあえず様子を見ようということになり、
その後、朝食を部屋に運んだんですが、佐藤さんはもう
穴のことは言い出しませんでしたね。それで、9時過ぎです。
ホームは郊外にあるんですけど、隣にホームと同じ法人がやってる病院が
建つことになってまして、工事が始まったんです。ガンガン音がして、
入居者の方は、さぞうるさいだろうなあと思ってましたら、
突然、ガガーンとものすごい音がして、ホーム全体がぐらぐら揺れたんです。
何が起きたかわかりませんでしたけど、工事で使ってたクレーンがホームに
倒れてきたんです。はい、直撃されたのが佐藤さんの部屋でした。
部屋は大破して、佐藤さんのベッドの足元にクレーンの先がきたんですが、
天井の破片が少しかかったくらいで、奇跡的に佐藤さんにケガはなかったんです。

主婦 山根美香さんの話
先日主人を不慮の事故で亡くしました。主人はある団体の役員を
してたんですが、その日は日曜日でゴルフのコンペがあったんです。
子どもたちはそれぞれ独立してまして、私たち夫婦で2人暮らしでした。
それで、寝るときは別々の部屋にしてたんです。私は早く寝るほうですし、
主人は映画が好きで、毎晩のように有料配信チャンネルで見てたものですから。
で、その朝です。朝食のときに、主人が妙なことを言ったんです。
「昨日な、変な夢を見たんだよな。映画見終わってベッドに入って
電気を消そうとしたら、天井に真っ暗い穴があったんだよ。
そうだなあ、直径2mくらいのかなりでかい穴。
立ち上がって確かめようとしたら、体が動かなかった。目を開いたまま、
金縛り状態になってたんだな。どうしようもなく、その穴を見つめてたら、
 
中から動くものが出てきたんだよ。芋虫だと思った。真っ黒い、
人の脚くらいあるようなでっかいやつ。それが天井からぶら下がって、
頭を左右に振るんだよ。それがちょうど俺の頭の上でな。
そのままだと、俺の顔に芋虫が落ちてくる。どうしよう、どうしようって
考えてたら、そのうちにふっと意識が途切れてな。気がついたら
朝になってて、電気をつけたまま寝てたんだよ。
天井に穴なんかなかったし、部屋に芋虫もいなかった。だから夢だと
思うしかないんだが、はっきり覚えてるし、すごい現実感があったんだよな」
その後、主人は自分で車を運転してゴルフ場へ行く途中、高速道路の
対向車線を走ってたトラックのタイヤが外れたのにフロントガラスを直撃され、
車はガードレールを突き破って路肩から転落したんです。即死ということでした。

市役所職員 三島浩さんの話
僕、○○市役所の道路管理課に勤めてまして。こないだあった道路の陥没の
ことなんです。幸い、陥没が起きたのが深夜で死傷者はなかったですし、
そんなに大規模なものでもなかったんです。
そこの道路を通行止めにして、急いで復旧工事をしたんですが、
3日くらいで完成しました。ですけど、通行止めはもう1日解かれ

なかったんです。はい、これは県からの指示だったみたいです。
何をしたかっていうとお祓いですよ。大きな神社の宮司さんたちが何人も
うちの市に来まして、合同でお祓いをしたんです。僕は、そのうちの
一人の方を駅まで迎えに行きました。ほら、役所が神主さんなんかを呼ぶと、
政教分離ってうるさいじゃないですか、でも、このときは1日がかりの

お祓いをして、それから道路の開通になりました。理由はわかりません。

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