よろしくお願いします。私は、2年前に小学校の教員に採用されまして、
今勤めている小学校に赴任したんです。うちの県では、
新採用の場合、自分の住んでいる地域と離れた場所に配置されることが多く、
私もそうでした。初めて親元を離れてアパートで生活しています。
ですから、いろいろ心配なこともあったんですが、町の人はみな親切、
子どもたちも素直というか純朴で、困ったことはほとんどなかったんです。
昨年度、初めて担任したのは5年生でした。クラスの人数は18人。
はい、過疎化が進んで、その小学校は学年1クラスずつ、
20人をこえるクラスはありません。それで、私のクラスの学級委員長は
山田くんという男子生徒でした。元気がよく、リーダー性があり、
さまざまな行事で他の子たちを引っぱっていってくれました。

スポーツ少年団は野球部に入っていて、まだ5年生なのにエースピッチャー
だったんです。女の子たちにも優しく、とても人気者だったんですが。
年が改まった2月のことです。その小学校の学区は大きく2つに分かれていて、
仮に上郷地区と下郷地区ということにさせていただきます。
山田くんは上郷地区で、小正月には、「おりえぎ様の祭礼」がある
ということでした。私が「どんなお祭り?」と聞いたら、
「地区の裏手にある山の神社でお神楽をやります。今年はうちが
回り番で、ご祭礼の幹事をやるんです。先生もぜひ見に来てください」
こんなふうに言ってたんですが、その日は土曜日で、
私はちょうど大学の同級生の結婚式にあたっていたんです。それで、
「ごめんなさいね、先生、その日は大事な用があって行けないの」

こう答えたら、すごく残念そうな顔をしていました。
それで、その祭礼があった次の月曜日のことです。私は結婚式の2次会まで
つき合ったため、その日は朝一番の電車で戻ってきたんですが、
あぶなく学校に遅刻しそうでした。自分の教室に行ってみると、
子どもたちはもう来ていて読書をしていましたが、
山田くんだけ姿が見えなかったんです。「あれ、山田君がいないね、
 誰かお休みの連絡を受けてる?」他の子にそう聞いたら、
みな黙っていましたが、ややあって、山田くんと同じ上郷地区の子の一人が、
「たぶん休みだと思います。山田くんの家、祭礼でしくじりをしたから」
こんなことを言いました。「え、しくじりってどういうこと?」 

「わかりません、僕は上手だと思ったんですが、うちの親がそう言ってました」

その子が困ったような顔になったので、「ありがとうね」そう言って
職員室に戻りましたが、やはり休みの連絡は来てませんでした。
のんびりした地域ですので、そういうことはよくあるんです。
こちらから山田くんの家に電話したんですが、何度かけても話し中で。
困ってしまって、机を並べている6年生の担任の先生に相談をしました。
その先生はベテランの女性教師で、その町に住んでたんです。
「うーん、私は上郷じゃないのでよくわからないけど、祭礼の片づけをしたり
してるんじゃないかな。給食まで待って、それでも連絡がつかなかったら
家庭訪問してみたら」こんなふうに言われました。心配でしたけど、
1時間目の授業を始めました。それで、2時間目の終わり頃、
山田くんが「遅れてすみません」と、登校してきたんです。

髪がボサボサで顔色が悪かったです。私が、「大丈夫?」と聞いたら、
「大丈夫です」と答えたんですが、いつもは活発に手を挙げて発表する子なのに、
ずっとノートに目を落としたままで、給食も半分以上残したんです。
放課後も、野球の練習に出ないでそのまま帰ってしまったので、
心配で家に電話してみました。でも、ずっと話し中のまま。
翌日も、山田くんはやや遅れて登校してきて、元気はないものの、前日よりは
よくなってる気がしました。それで、祭礼で疲れてるのかなと思ってたんです。
それから2週間ほどたって、山田くんの様子は少しずつもとに戻ってきました。
ですが、あれほど熱心にやってた野球の練習には参加せず、
ホームルームが終わるとすぐに帰ってしまうんです。気になって、
帰り際に聞いてみたんです。「どうして野球の練習に出ないの?」って。

そしたら、言いにくそうにしてましたが、「うち、祭礼の当番でしくじったので、
毎晩神様に謝らなくちゃいけないんです」そう言い残して走って

出ていったんです。また1週間ほどして、その日は朝から粉雪が舞っていました。
温かい地方ですので、雪が積もることはめったにないんですが、
午後の授業になるころには、10cm以上にはなっていたと思います。
風も強く、窓のサッシがガタガタ鳴り出したので、窓際の列の子たちに、
「カーテンを閉めて」と言いました。そのとき、立っていった子の一人が、
「あっ、おりえぎ様が来ておられる」と言ったんです。その子は上郷地区でした。
すると、クラスのだいたい半分の人数の上郷地区の子たちが、
いっせいに机に顔を伏せたんです。「え、え、どうしたのいったい?」
ガタンとイスの音がして、そっちを見ると山田くんが立ち上がっていました。

「おりえぎ様、申しわけありません!不心得でございましたあ」
山田くんは、子どもらしくない口調でそう叫ぶと、小走りに

窓際まで進んで、土下座したんです。それから、額を床にこすりつけながら、
「おりえぎ様、おりえぎ様、申しわけございませんでしたあ!」と、
何度もくり返しました。「ちょっと何? 山田くん、やめなさい!」
山田くんに近寄っていくと、顔を伏せていた子の一人が、
「先生、止めないでください!」と強い口調で言い、それ以外の上郷の子たちも、
「山田、もっと謝れ!」 「まだ足りん、もっと謝れ!」
「心から謝りなさいよ!」口々に叫び始めました。
私はもうどうしていいかわからず、とにかく山田くんを立たせようと思いました。
そのとき、窓の外で何かが飛び回っているのに気がついたんです。

風にあおられたビニール袋? 糸の切れた凧? そんなふうに見えましたが、
それはくるくると回転しながら窓に近づいてきて、べたりと貼りつきました。
お面・・・でした。人の顔の倍くらいある薄いお面、それがサッシ窓の一つに
くっついて、教室の中をにらんでる。目が縦に2つずつ。
4つあるのがわかりました。そのお面は、窓にくっついたまま
するすると移動して、山田くんが土下座しているすぐ上にまできました。
「あああ、ごめんなさい、ゆるしてください」山田くんが半泣きの声を上げると、
お面は、あおられたように、急に窓を離れて高く飛び去っていったんです。
力が抜けてぐったりとした山田くんを立たせると、額をすりむいて、
少し血が滲んでいたので、他の子には自習を指示して保健室に連れていきました。
傷はたいしたことはありませんでしたが、山田くんは放心状態でした。

家に電話したら、このときはすぐに出て、山田くんのおじいさんでした。
事情を話すと、「今から迎えにまいります」ということでしたので、
養護の先生にお願いして教室に戻りました。上郷地区の子たちも、顔を上げて

静かに教科書を読んでいました。その後、軽トラでおじいさんが学校に来、
山田くんを引き渡したんです。どういうことなのか聞きたかったんですが、
なんというか、気後れがして聞けませんでした。降雪のため、
放課後のスポ少は中止になり、ほとんどの子は親が学校に迎えに来ました。
翌日から、山田くんはお休みになりました。保護者からは、「熱が出ている」という
連絡があったんです。休みは3日続き、机にたまったプリント類を整理して、
それを持って家庭訪問に行こうと思いました。プリントを中から出していると、
見ていた掃除当番の子の一人が、「先生、家庭訪問はやめたほうがいいです。

今晩、お神楽のやり直しがあるんです。先生が行っても山田くんの家には
誰もいないと思います。山田くんはもうう失敗しないし、
明日は学校に来ると思います」こう言ったんです。それで、ひとまず家庭訪問は
やめたんです。翌朝、教室に行くと、いつもなら読書している子どもたちのうち、
上郷の子たちだけが集まっていて、中心に山田くんがいたんです。
山田くんはにこにこ笑っていて、他の子たちは、「上手だったね」
「すごくよかった」みたいなことを言ってましたが、私が教室に来たのを見ると、
ぱっと散ってそれぞれの席に戻りました。私が、山田くんに、
「お神楽、上手くいったの?」と聞くと、山田くんは明るい声で、
「はい、許していただきました」と言ったんです。その後はおかしなこともなく、
子どもたちは6年生に進級し、私はそのクラスの担任を離れたんです。

追儺の方相氏