あ、どうも。俺、田中っていいます。去年の5月、連休を利用して、
東北のほうへ釣り旅行に行ったんですよ。俺、自動車の整備と
車検の会社に勤めてるんですけど、そこの同僚と3人でです。
まあ、こんな仕事だから、3人ともみんな車好きでね。自分の愛車を
いろいろいじってるんですよ。といっても走り屋とかそんな感じじゃ
なくて、みんなミニバンを持ってて、それを車中泊用に改造して
るんですよ。エンジンをかけてなくてもエアコンが使えるようにしたり、
大容量のバッテリーを積んだり、シャワー用の水タンクを屋根に
取り付けたりとか。俺もね、ボーナスや給料のほとんどを車の改造費に
使ってるんで、30歳を過ぎてもいまだに独身というありさまでね。
でもね、この趣味をやっててよかったなと思える出来事が

こんときの旅行であったんです。釣りは渓流釣りで、ルアーで岩魚とかを
狙うんですが、車中泊をするためにやってるようなもんで、そんなに
上手じゃないんです。まあでも、自分で釣り上げた魚を焚き火で
炙って、酒に入れて飲むのはたまらないですけどね。でね、行った先は
東北の青森と秋田の県境のあたりなんですが、場所は詳しく言わない
ほうがいいですよね。何かさし障りがあるかもしれませんから。でね、
車中泊は道の駅の駐車場ですることにしてたんです。もちろん駐車場は
無断使用じゃなく、ちゃんとそこの道の駅に断ってますよ。
ゴールデンウイーク中だから日中の混雑はすごいですが、夜から朝までは
閑散としてます。その駐車場の、トイレや自動販売機に近いとこに
車を停めてね。車の中のベッドに体を伸ばして眠る。

これがね、なんとも開放感があっていいんですよ。ええ、車は各自
自分のを運転していきました。3人くらいなら、無理すれば1台の車に
入れるんですが、せっかく車中泊が趣味なんだから自分の車を持って
いきたいでしょ。新装備を仲間に自慢したいし。でね、日が暮れて
道の駅の職員も自分の家に戻った頃から、3人で車の陰で酒盛りを
始めたんです。暑いってことはなかったですね。山間部だから
むしろ寒いくらいでした。焚き火は、グリルは持ってきてたんですが
やりませんでした。万一火事を起こしたら大変ですし。酒盛りは

7時ころから飲み始めたんですが、今にして思えば、このときの酒盛り、
あんまり盛り上がらなかったんですよね。なんだか陰鬱な感じがして。
それで11時ころには切り上げて車に戻ったんです。

あたりの闇は深く、町の中心部から外れてたせいで、街灯もあんまり
ありませんでした。で、俺は防虫ネットを取りつけた窓を開け、
しばらく車のテレビを見てたんですが、スポーツニュースでひいきの
野球チームが負けたのを知って見るのをやめて寝ることにしたんです。
疲れてたんでしょうか。すぐに眠ってしまいました。ふだんならこれで
朝まで目を覚まさないんですが、車中泊ですからねえ。そのの日は
夜中に起きちゃったんです。でね、ぼうっとしているとドン・ドンという
太鼓を叩く音が聞こえてきたんです。外からです。あれ、お祭りでも
やってるのかな。でもまだ5月だし、昼間、道の駅ではそんなこと
どこにも書いてなかったぞ。そう思って外をのぞいたんです。
そしたら、車のない、だだっ広い駐車場の真ん中あたりに櫓が組まれ、

盆踊りみたいに輪になって踊ってる人たちがいたんです。でね、たくさんの
提灯が灯されてて、かなりの明るさになってたんですが、踊ってる
人たちがなんか異様だったんです。それでね、車から降りてよく見てみました。
そしたら、踊ってる人たちの背がみな異常に低かったんです。遠目からでも
はっきりわかりました。5,6歳の子どもみたいでしたね。でも子どもが
こんな夜中まで起きてるはずがない。それとその人たちはみな、とりどりの
色の浴衣を着てたんですが、顔がなんか変だったんです。人間とは思えない。
でね、酔いを覚まそうと思って自販機からコーラを買って、そしたら仲間の
一人が車から降りてきたんです。「あれ、何だろう?」 「さあ、盆踊りに
見えるがまだ盆じゃないよな」 「ああ、あとあいつら小さいな。顔も何だか
変だし」こんなことを言い合ったんです。もう一人の仲間は車から

降りてきませんでした。「武田のやつ、どうしたんだろ」 
「熟睡してるんじゃね」でね、2人で近づいていくと、違和感の正体が
わかりました。踊ってるのは20人ほどでしたが、どの人も奇妙な面を
つけていたんです。真っ白な地に、笑ってるような半月型の目、耳まで

裂けた口・・・そして音楽に合わせて不可思議な踊りを踊ってるんです。
音楽は中央の櫓から聞こえてくるようで、お囃子の人たちもやはり
同じお面をつけてました。でね、僕らのほうを見てもまったく態度を
変えず、相変わらず手足をでたらめに振り回す奇妙な踊りを続けてたんです。
30分も見ていたでしょうか。飽きることはなかったです。動きがこの世の
ものとはとても思えませんでした。やがて、音楽止み、踊っていた
小さい人たちはその場に凍りついたように静止して・・・

そしたら櫓の上に、立派な和服を着た人が出てきたんですが、他の人とは違い、
この人は身長が2mはありそうに見えました。でね、この人もお面を
かぶってたんですが、真っ赤で鼻の長い天狗のようなものでした。
でね、踊っていた人たちは一人ずつ櫓の下に行き、その天狗面の人が
しわがれた声でその人に、「お前は今年よく働いた。よって寿命を130年
やろう」とか「お前はまずまずだった。よし、寿命ではなく金の栗を30粒
やろう」とか「お前は足りんなあ。あれでは褒美はやれん」とか
「よく町長の家にあんな厄玉を送り込めたな。寿命200年」とか。
でね、そのたびに歓声が上がりましたね。で、全員に褒美を与え終えたところで、
その赤い面の人は俺らに「そこの人間、よくこんなところに来たな。せっかく

だから、お前らにも何かやろう。ただ、お前らの寿命はどうしようもないから、

そうだな、明日釣りをするときは胴長をはいて川に入ってやれ」って言ったんです。
そして一瞬ですべてがかき消えたんですよ。あんなにたくさんあった提灯も全部。
でね、こりゃどうしたって驚きますよね。その仲間といっしょに櫓のあった
あたりを歩き回ってみましたが、何も落ちてないし、下のコンクリには
痕もついてなかったです。今のは何だったんだろうと2人で話し合いましたが、
結局何もわからず、しかたなく車に戻ったんですが、まったく眠れませんでした。
でね、翌日は快晴になり、山の麓に車を置いて沢を登っていったんです。そうして
計画していた釣り場に着き、竿を出したんですが、ふっと昨晩のことを
思い出して、ふだんはあんまりやらないのに、胴長靴を出して川に入って竿を
出したんです。そしたら、昨夜起きてこなかった武田が、「お前ら、

めずらしいな。何で今日に限ってそんな釣り方をするんだ?」と聞いてきて、

でも、俺らは答えることができなかったんです。だって証拠も何もないし、
あんなことを話しても、信じてもらえるとは思えないですしね。でね、1時間も
釣ってたでしょうかね。突然空が暗くなるとともに、ドーンという山鳴りが
したんです。地震かと思うほど地面が揺れ、それは川の中でもわかりました。
そしてね、いきなり近くの岩が崩れたんです。それは冷蔵庫よりも大きい
塊で、岸で釣ってた武田の背中を直撃したんです。武田は岩に押しつぶされて、
助け出そうにも不可能だったんです。川の中で釣ってた俺らは怪我はなし。
スマホが通じたんで警察に連絡したんですよ。まあ、こんな話なんです。
武田は内臓破裂で病院で亡くなりました。あとね、あの奇妙なお祭りのことも
警察には話しましたが、まったく相手にされませんでしたね。それから、

釣りのほうは全然ダメでした。一匹も釣果なしでしたよ。