あの、山根と申します。よろしくお願いします。一連の出来事の最初が、
4年前の夏なんです。俺、当時、期間工として某県の会社に勤めてました。
ラインに入って乗用車を組み立てる単純作業で、寮生活でした。
でね、8月になって、夏休み期間があったんですが、
俺には帰るような実家もなくて。うちの両親は離婚していて、
俺は高校出てから、どっちとも会ってなかったんですよ。寮にはそういう、
どこも帰るあてのない若いやつらが何人か残ってて、毎日どっかの部屋に集まって
酒飲んでたんです。そこに、峰田ってやつが顔を出しまして。
峰田はそこの工場の正社員で、家から通ってるんです。そいつが、
「何だよお前ら、ヒマそうだな。そんな昼から酒ばっか飲んでるとアル中になるぞ」
と言って、「盆だから、心霊スポットめぐりでもしねえか」って誘ってきて。

面白そうだし、皆すぐに承知したんです。ほら、峰田は地元だから、
近辺の廃屋とか墓地とか、幽霊の噂のある場所をあちこち知ってて、
車も持ってたんで、一晩に2ヶ所くらい夜中に行ってみたんですよ。
俺は、幽霊なんていないと考えてたし、全然怖いとは思わなかったです。
実際、スマホで撮った写真にもおかしなものは写ってなかったしね。
でね、盆休みが終わる2日前の日です。その夜も、心霊スポットに行ったんですが、
その前に峰田が、「これまで行ったとこはいまいちパッとしなかったが、
今回は怖ええぞ。そこのホテルはな、ある部屋で女が焼き殺されて、
その黒いススみたいな影が壁に焼きついてるんだ。スゲエだろ」こう言って、
俺が「峰田さん、これまでそこ、行ったことがあるんスか?」って聞いたら、
「いや、始めてだけど、俺のダチが何人も行って確認してる」って。

で、皆でビール、チューハイを飲んで11時ころに、峰田が乗ってきた
ワゴン車に乗ってね。ああはい、峰田ももちろん飲んでました。だから、

飲酒運転ってことになりますが、当時はそういうことあんまり気にしなくて。
場所は国道が山に入ったすぐにあるラブホテル。寮から1時間くらいでした。
着いてみると、ホテルそのものが黒く焼け焦げてて、中に入るのが

危険に見えました。なんか天井とか崩れ落ちてくるかもって感じで。
「峰田さん、これ大丈夫なんスか?」 「いや、入ったやつらがいるって言ったろ。
ほら見てみ、スプレーの跡があるだろが」確かに、黒くなった壁の上に、
いろんな落書きがあったんですよ。あ、そんときはホテルの前に車停めたんですが、
やっぱお盆のせいか、俺ら以外に来てる物好きはいないみたいでした。
で、ガラスの割れ落ちた入り口から、そのままどんどん中に入っていきました。

はい、数日前からのスポット探索で、みなそれぞれ懐中電灯を持ってて。
で、入ってみると、中の焼け方はそれほどひどくなかったんです。
おそらく、外から放火されたんじゃないかって思いました。ここでね、

峰田の話とちょっと違うなって。だって、女はホテルの部屋で焼き殺された
って言ってたから。まあでも、噂ってそんなもんだとも思いました。
1階は1時間くらいかけて全部見ました。ある部屋には、大人のおもちゃが
何個か転がってて、拾ってスイッチを入れても動かなかったです。
峰田が、「女の影がある部屋は、階段のぼって2階の4番めだから」そう言って、
みなでそれぞれライトで照らしながら上がってきました。
ホテルの中も落書きだらけで、俺は怖いとは思ってなかったです。
たぶん皆も同じ。「ここだな」峰田が言って、4番目の部屋のドアを開けました。

中はせまくて、ベッドのある部屋とバスルームしかなかったです。
それに、焼けた跡もなかった。「峰田さん、どこスか、その女の影って?」
「ちょっと待てよ。うーん、あれじゃねえか」指さしたのが、
ベッドの枕側の壁。「いや、きれいなもんじゃないスか?女なんてどこにも」
「いやほら、あれが頭だろ、あれが腕で、ひざまずいた格好に見えるだろ」
「えー、普通の人間よりかなりでかいですよ」 「そう言われれば、

そう見えなくもないけど、俺らがライトで照らした影なんじゃないスか。
じゃなきゃ、前に来たやつが描いたとか」 「いや、俺どこだかわかんねっス」
「ほら、これが頭だろ」峰田がイラついた声を出して、落ちてた電気スタンドの笠を
拾って、思いっきり壁の頭の部分に投げつけた・・・そしたら、
俺には、その黒い大きい頭が急に動いて、壁から突き出す形で、

峰田の胸にぶつかったように見えたんですよ。「ぐへはっ!」峰田が変な声を上げ、
それから「うわーっ」と叫んで部屋から逃げ出して行ったんです。
俺らが後を追って飛び出すと、転げるような勢いで階段を降りてって、
ホテルから出て自分の車に向かって走ってってね。これ、峰田に一人で逃げられちゃ
困るでしょ。だって俺ら足がないから。タクシーだって、こんな盆休みの深夜に
来るかどうかもわからない。だから、峰田がリモコンで車のドアを開けたとき、
みなで取りついて乗り込んだんです。「大丈夫っスか?」そう聞いても、峰田は

まっすぐ前をみたまま車のスピードをどんどん出して、そのほうが怖かったですよ。
でね、街に近くなって24時間のファミレスが見えたんで、皆で峰田に車を停める

ように言い、そこに入ったんですよ。その頃には、峰田もだいぶ落ち着いて

きてました。「ああ、さっきはびっくりした。ドスンと胸に何かがあたったんだよ」

で、皆で軽い食い物を注文したんです。あ、ほら、こういう話って、よく店員が
人数より多い水のコップを出したりするじゃないすか。でも、そんなことは

なかったです。さっきの部屋での話をして、壁の影が動いたように見えたってのが

俺を含めて2人。何もわからなかったのが2人。峰田自身は、「確かに女の大きな

頭が俺に向かってきたんだよ。顔には目もあった」こう言ってました。でもね、

俺はそう見えたのは、誰かが懐中電灯を動かしたせいだろうと思ってました。で、

峰田が俺らを寮に送って、「胸が痛え」って言いながら帰ってったんです。で、

俺らはほら、まだ明日も休みだからって、また一部屋で酒飲みを始めたんです。

それから小一時間して、俺のスマホに着信が入って、峰田からでした。ひどく

おびえた声で、「今 家にいるが、俺の部屋に女の影が来てる。お前らすぐ来て

くれよ」って言うんです。「峰田さん、俺ら足ないっスよ」そう答えると、
「金払うから、今すぐタクシーで来てくれ」ってことで。

まあね、相手は先輩の正社員だし、皆、なかばバカバカしいと思いながら

行ったんです。俺は前に峰田の家には行ったことがあるんで、場所は知ってました。
わりに近いんだけど、こんな時間にタクシー来ないと思ったんですが、
一社、来てくれたところがあって、皆で峰田の家の前で降りたんです。
2階の峰田の部屋の窓に明かりがついてました。でねえ、峰田の家には両親が

いるんだし、中から開けてもらおうと思って、窓に向かって小石を投げたんですよ。
そしたら、ドッシャーンって窓が割れたんです。いや、石で割れたんじゃなくて

中から。窓を破って下に峰田が落ちてきたんです。これはびっくりしましたよ。
まあでも、普通家の2階だから、そんな高さがあるわけじゃなく、足から

落ちたんで、峰田は足首をネンザした程度でした。峰田は自分の部屋の

窓を指さして、「女がいる、部屋の壁に黒い影の女がいる」って言って。

俺らで救急に連れて行こうかとも思いましたが、峰田の両親が音で起きて

出てきたんで、事情を話して医者に連れてってもらうよう言いました。
でね、工場が始まって、峰田は出てきたんですが、足にギブスをはめ、松葉杖を

ついてました。峰田は、「全部俺の勘違いだった、お前らには迷惑かけたな」
って殊勝にも菓子とか配ったんですよ。それからは忙しくて、峰田とも会いません

でしたけど、社食で、峰田が不機嫌で誰とも口を聞かず、つき合ってた女とも

別れたって噂を聞いたんです。はい、やつは社食にも出てこなかったんで。
それから2週間後、峰田が自殺したんですよ。それもね、俺らが行ったラブホテル

の廃墟。あの中に夜中に一人で入り、ガソリンをかぶっての焼身自殺・・・
まあ、警察ではそうと決めつけてるわけでもなくて、ホテルの建物が全焼して、
中から黒焦げの焼死体が発見された。それが峰田と判明したんで、

事件の可能性も考えてたみたいです。結局、真相はわからなかったです。
で、そんな死に方で、地元の新聞にも大きく出たんで、峰田の葬式は

やらなかったんですよ。でもね、その週の土日、俺が何人か誘って、峰田の家に

お線香をあげに行こうって言ったんです。俺は両親も知ってましたし。でね、

前みたいにタクシーで行って、降りて峰田の部屋を見上げました。窓は修理

されてましたが・・・なんというか、家の壁に、巨大な女の体の影があるように

俺には見えたんです。窓のところがちょうど頭。でも、それを言ったら、他の

やつらは「そうかなあ、見えないよな」ってね。まあ、俺の気のせいでしょう。
両親は憔悴してて、皆で峰田の遺影に手を合わせて帰りました。これで終わり

なんですが、ほら、ラブホテルで焼き殺されたっていう女ね。調べたんだけど、
そんな事実はなかったんですよ。そうだろうと思ってたとおり、

まったくのガセネタでした。

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